軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の森と小人さん ~みっつめ~

「わっぷっ」

引かれるまま渓谷へ転落した千尋は、ドルフェンと共に柔らかな何かに受け止められた。

勢いよくバウンドし、フライパンで弾ける空豆のごとく飛び出した彼女は、落ちた衝撃で、ドルフェンの胸に突っ伏する。

大きな体躯を丸めて小人さんを抱え込んでいた彼は、弾けた勢いのまま地面を転がった。

幸い深く繁る草の上だったため大事はなく、数回転げたドルフェンは即座に起き上がり、懐に小人さんを抱えつつ、用心深く辺りを窺う。

「ここは.....?」

完全に日光を遮断する深い森。

見上げてもそそりたつ樹木に覆われ、絶壁も光も何も見えない。

柔らかい足元の草も丈があり、しゃがむドルフェンの身体を半分くらい隠している。

「チヒロ様、お怪我はないですか?」

もぞもぞと身動ぐ幼女を抱き締めたまま、ドルフェンは腰のバッグから小さな玉を取り出した。

それを大地に叩きつけようとした瞬間、その手を押さえる者がいる。

《困るね。王のみを招いたつもりだったのに。灯りも御遠慮するよ》

ドルフェンの手を押さえたのは四方から飛んできた複数の糸。

狼狽える彼を尻目に、目の前の木々が音をたてて軋み、巨大な生き物が現れた。

それは体長五メートルを優に超える蜘蛛。

毛むくじゃらな体躯に、太い手足。爛々と輝く八つの眼は、その全てが小人さんを凝視している。

地球の生き物であれば、タランチュラに似た姿だが、その色は漆黒。闇に溶ける美しい濡れ羽色に朱の差し色が綺麗な蜘蛛だった。

「あんたが森の主?」

《いかにも。ん....?》

巨大な蜘蛛は、眼をしぱたたかせて幼女を見つめる。

《そなた.... 右手を持っておらぬな? 右手はどうした??》

「右手?」

全身で疑問符を浮かべる千尋に、蜘蛛は何とも言えない複雑な顔をした。

ほんと表情豊かだよね、森の主らって。

そんな益体もない事を考える小人さんを余所に、仕方無さげな蜘蛛が、どっしりと身体を丸めて目の前に鎮座する。

《お放し。一応は客人だ。王よ、その者に動かぬよう伝えておくれ》

四方から糸をはいたのは主の子供ら。

よく見れば、鬱蒼と繁る木々の隙間に、主のミニチュア版な蜘蛛が、あちらこちらと無数に潜んでいた。

その大きさは掌サイズから、幼児大。主の子供らは、このサイズに決まっているのだろうか。

ブツリと切られ、たわんだ糸がドルフェンの周囲に散らばった。

驚愕の面持ちで辺りを見ていたドルフェンを見上げて、千尋は苦笑する。

「主と子供らだよ。動くなってことらしいから、じっとしててね、ドルフェン」

ああ、とばかりに状況を把握したドルフェンは、地面にあぐらをかいて座り、そこへ千尋を抱え直した。

こういう時の胆の据わり方は見事である。

彼は小人さんに全幅の信頼をおいていた。目の前に凶悪そうな魔物がおろうとも、小人さんがダメだと言えば、いくら牙を剥かれようと攻撃はしない。

話が早くて助かる従者だった。

「で? 招いたってことは、アタシに用事があるんだよね? アタシもあるんだ」

ドルフェンの膝にちょこんと座る幼女を見つめ、蜘蛛は、やや重そうに言葉を紡ぐ。

《そうさね。事は数千年前に遡るか》

少し遠い眼をした蜘蛛から語られた話は、神々の賭けの話だった。アルカディアが生まれ、その命運を掛けた神々のやり取り。

そして地球の神が助太刀している事。

唖然とする二人に眼を細め、蜘蛛は小さく牙を鳴らした。

《ここまで話せばわかるだろう? 私はアルカディアの者ではない。地球の神々の御先だ。起死回生の一手として送られたカードだよ》

蜘蛛、御先、起死回生の一手。

小人さんの中で、パズルのピースがはまるように、パチパチと音をたてて思考が構築される。

これが示すモノは.......

「滅亡、待ったなしなのね。アレは、もう完成してるんだ?」

凍りついた顔で呟く幼子に軽く驚きながら、蜘蛛は肯定するかのように頷いた。

《博識だね。まあ、だからこそ、そなたが選ばれ送り込まれたんだろうが。完成している。滅亡は免れない》

キッパリと断言する蜘蛛。

千尋は、ありったけの知識をニューロン細胞に巡らせて今を救う策がないか模索する。

考えろ、考えるんだ。

彼女の網が完成しているのならば、もはや手立てはない。

「アンタの話どおりなら、アタシには再生の左手と破壊の右手があったんだよね? で、破壊の右手はファティマが持っていってしまったと。アタシに残されているのは再生の左手だけ」

蜘蛛の話どおりならば、その破壊の右手で主らを殺さないと賭けの敗北が成立する。

神々の魔力を残してはならないのだ。

御先でも御使いでもない主らが神々の魔力を持つのは、本当にイレギュラーなこと。

神々の理にてらすと、許されない過干渉。しかも、その魔力が世界の成り立ちに関わっているとあらば、排除すべき異分子なのだろう。

ああああっ、だから、クイーンやモルトは、あんなに複雑そうな顔をしていたんだっ! ツェットの言葉の意味も、ようやく理解出来たっ!!

彼等は知っていた。神々の思惑を。だけど口には出来なかった。

己が殺されると分かっていても、最後まで人間に寄り添おうとした。

なのにっ、無情にも程があろうよ、神様っ!!

考えに行き詰まり懊悩を隠さぬ幼子を、ドルフェンは言葉もなく見つめている。そして呟いた。

「ファティマ様とやらが破壊の右手を持っていって下さって良かったですね。主らも安堵したことでしょう」

邪気もなく素直に微笑むドルフェンを、小人さんは憮然と見上げる。

良かった?

それが無いばかりに、こちらの敗北は必至なのに?

だが、もし、この右手に破壊の力があったとして、自分にクイーン達を殺せただろうか。

否。出来る訳がない。

知らず殺してしまっていたら、きっと今の自分は無いだろう。

無意識の迷信に惑わされただけだとしても、主らに左手で触れた過去の自分を褒めてやりたい。

「足掻けるだけ足掻こうか。後悔も泣き言も死んでからで十分だ。今は金色の環を完成させて、主らを生き延びさせることが出来ないかやってみようっ!」

そうだよ、アタシは主らを殺すために、ここに来たんじゃない。彼等を生かせないかと考えて来たのだもの。本末転倒だわ。

「取り敢えず、盟約よろしくっ! 後のことは、ゆっくり考えようね」

にぱっと笑う千尋を困惑気に見つめ、それでも蜘蛛は頷いた。

《私は地球に還りたいんだけどねぇ。事が済んだら神殺しの右手で送ってもらう筈だったんだけど》

「神殺しの右手?」

《そうさな。神の御先である私を殺せるのは、同じく神から力を授かった者だけ。破壊の力を神から授かったのは、アンタだけなんだよ。殺してもらえないと、私は地球に還れないんだ。御先は神の末席でもあるからね。寿命はないんだよ》

なるほど。

盟約を済ませた千尋は、鬱蒼と生い茂る森を見上げた。

「どうやって戻ろうか?」

うんざりとした口調で呟く小人さんと同じように、ドルフェンも空を見据える。

《開けるよ。少しだけね。上が煩いし子供らも困ってるみたいだからね》

言われて千尋も気づいた。何やら騒がしい声が上から聞こえてくる。

主の周囲にいた子蜘蛛達が一斉に糸をはき、千尋が見上げていた森の木々の枝をミシミシと曲げて隙間を作った。

厚く覆われた森の木々の間から光がさし、直径二メートルくらいの隙間が真上に開かれた。

《御迎えも来たようだ。さ、お帰り》

蜘蛛が言うが早いか、空いた木々の隙間を劈くように何かが落ちてくる。

「無事かいっ? 千尋っ!」

ざさざざっと、けたたましい音をたてて降りてきたのは桜。その背後には彼女を支える蜜蜂とポチ子さん。

降りてきた桜はポヨンとバウンドし、それを見て、ようやく千尋も周囲がクモの巣だらけなことに気がついた。

木々の間に、幾重にも密で張られた銀の網。これが最初に千尋達も受け止めてくれたのだろう。

陽の光に煌めく繊細な編み目模様は、とてつもなく美しい。

「用事は御済みかい? さ、皆が上で待っているよ。早くしないと、みんな降りてきちまうよ」

桜に促され、ポチ子さんに抱えられた千尋は、ふと巨大蜘蛛を振り返った。

「アンタの名前って、ア...」

「ジョーカーだよ」

憮然とした面持ちで蜘蛛は小さく脚を振る。

《ここでは、私の名前はジョーカーだ。覚えておきな。今回のことで久々の外界なんだ。辛気臭い名前で呼ぼうとしないでおくれ》

ニタリとほくそ笑み、小人さんは大きく頷いた。

「このまま、こっちに居たら良いよ、地球に還ってもつまらないでしょ。またね、ジョーカーっ♪」

蜜蜂に連れられて去っていく小人さんらを見送り、子蜘蛛達は枝を支えていた糸を切る。

途端に大きな音をたてて穴が塞がり、森は再び深淵の闇に包まれた。

またね、か。

次があろうはずもない。世界は滅ぶのだから。

何も無くなった世界に子供らと取り残されるのだろうと、ジョーカーは自嘲気味な笑みをはく。

だが、あの笑顔。

何故か忘れられない、屈託なく澄み渡った晴れやかな笑顔。

すでに絶望は目の前なのに。

《ああ、そういえば似たような笑顔だったな。あの二人も》

ジョーカーの完成させた網に囚われた二つの魂。

滅亡は、まだ序曲なはずなのに気の早い二人だと思っていたが。

《少し遊んで来ようか。アレは来てるかね。子供がグスグス泣いていて鬱陶しいったらありゃしない》

そういうと、大きな蜘蛛は眠りにつく。

たゆとうように、うつらうつらと睡魔に身を委ねた彼女は、深淵の奥深くに泣き声を聞いた。

甲高い幼子の泣き声に引かれ、彼女は深く眠りにつく。

そんな悲観的なジョーカーの思惑を余所に、小人さんは突っ走っていた。

「為せば成る為さねば成らぬ何事もっ、成らぬは人の為さぬなりけりーっ!」

早口言葉か駄洒落かと首を傾げる小人さん部隊を引き連れ、渓谷から飛び出した千尋は、金色の輪を完成させるためにモルトの森を目指す。

頭がショートするほど色々考えるが、結局はいつも通り。猪突猛進、唯我独尊、小人さんクオリティに揺るぎはない。

神々のアレコレなんて、どうだって良い。アタシは幸せになるんだ、そのために、まずは生きるっ! 滅亡なんて、御免被るわっ!

悲壮な神々の煩悶すらも蹴り飛ばし、今日も小人さんは我が道を征く♪