作品タイトル不明
69話「禁じ手、王女洗脳」
「フロリネフは本日の夕刻、貴様に面会に来るそうだ」
「ありがとうございますわ、ハンネ女王」
誓約姫フロリネフ。彼女は事実上、現在のアイギスランドの『王』である。
すでに現王族はハンネ以外に死に絶えた。
そして同性婚である以上、ハンネ女王は子を産めない。
フロリネフが男と結婚し、子をなして次世代の王とするのだ。
それは『王の血筋』の簒奪に他ならない。
「……君の弁舌の健闘を期待する」
「はいですわ、ハンネ女王」
しかしハンネ女王は、それを受け入れた。
アイギスランドを守るために、フロリネフに国を明け渡した。
その決断に葛藤がなかったはずがない。
きっと迷いに迷った末の、フロリネフとの婚約だったはずだ。
ただ俺は、その判断に口を挟むつもりはない。
他国のお家騒動に口を挟んだところで、ろくな結果にならない。
「必ず、説き伏せて見せますの」
俺がフロリネフと話すべき内容は、ただ一点。
サリパとヤイバンの同盟を敵に回す、そのことの無意味さだ。
「では、余は部屋に戻る。あとで、その成果を聞きに来よう」
「了解ですわ、ハンネ女王陛下」
ハンネ女王の話を聞いて、俺は一つの違和感を覚えた。
それは、フロリネフが俺の服装に激怒した理由だ。
彼女は雪精に避けられる、 焔族(ホムリアン) の出身。つまり彼女は、雪精に思い入れはないはずだ。
デケンとの戦争を避けるために雪精を引き渡そうと主張する 焔族(ホムリアン) もいたとハンネが言っていた。
そんな 焔族(ホムリアン) である彼女が、俺の服を見て激昂するだろうか。
何か、そこに対話の糸口があるような気がする。
例えばデケンへの憎しみから、敵意を向けてきた可能性がある。
だとすれば、我々もデケンを憎んでいると説明すればいい。
どうしてフロリネフが、俺を処刑しようとしているのか。
その真意を今こそ、聞き出してやる。
「きゅっきゅっ~」
「もう、あまり頭で跳ねないでくださいな」
ハンネと別れたあと、俺は夕刻まで雪精と戯れた。
なんだかんだで、雪精との時間は楽しかった。
コイツは俺を舐め腐ってるらしいが、それはそれとして可愛いから仕方ない。
肩に頭にと飛び回る雪精を苦笑しながら眺めていたら……
「すぴきゅっ!!?」
「おや?」
突然、雪精が驚いたように跳ね上がり。
そのまま部屋の隅の穴に、一目散に駆け込んでいった。
「入らせて貰うぞ」
まもなく、冷たい女性の声が聞こえてきて。
同時に、ガシャンと重苦しい金属音が部屋に響いた。
「私に何の用だ、サリパの姫」
「お待ちしておりましたわ、フロリネフ様」
真っ赤な髪を逆立てた、アイギスランドの『本当の王』。
誓約姫フロリネフが、険しい顔で檻に入り込んできた。
「良ければ少し、お話をしていただきたく」
「私は貴様に話などない。ハンネ女王の頼みだから、仕方なく来てやったが」
「それで充分ですわ」
改めて、フロリネフと向き合う。
年頃はおそらく、二十から三十代。
凛々しく、雄々しく、それでいてどこか寂し気な女性。
「フロリネフ様に、聞きたいことがありまして」
「ほう? ああ、何も言わずとも良い。言いたいことはわかる」
人となりは見ている限り、直情的で短絡的。
そして傲岸で不遜、お世辞にも善性とは言い難い。
俺がどんな意見を述べても、聞く耳も持たないだろう。
「どうしてお前を殺したがっているのか、そう聞きたいのだろう?」
「……」
「簡単だ。お前が気に食わないから、それだけだ」
彼女は、俺を殺すことをもう心の内で決めている。
俺がどんな弁舌を尽くしても、それがひっくり返ることはない。
「命乞いなら聞く気はない。震えて待ってろ」
そしてフロリネフが事実上、アイギスランドの最高権力者だ。
王の資格無き者が権力を握ってしまった、そういう状態。
「いえ、違いますわ」
「違うのか。では何が聞きたい」
また彼女は頑固な性格だ。
いかに議会で反対意見が出ようと、きっとゴリ押しで主張をするはず。
フロリネフ以外の全員が反対しようと、意見を曲げることはない。
「ちょっとフロリネフ様と、コイバナでもどうかと思いましてね」
「はぁ?」
だがたった一人だけ、フロリネフにも無視できない存在がいる。
それは現在の王であり、彼女の婚約者でもあるハンネ女王だ。
もしハンネが婚約を破棄すれば、フロリネフはその権力の後ろ盾を失う。
「ハンネ様と婚約していると聞きまして、気になったのですわ」
「……そんな話をするために私を呼んだのか?」
「ええ、大事な話ですの」
フロリネフに、俺の命乞いを聞けとお願いするのではなく。
ただハンネの意見を尊重するよう、説得すればいい。
「お前が、私とハンネ様の婚約に何の関係がある」
「それが実は大アリですの。まぁ、ちょっと話を聞いてみなさいな」
「むむぅ、意味が分からんな」
ニコニコと笑顔を作って、フロリネフにちょっと座れよと促してみる。
すると彼女はドカっと胡坐をかいて、檻の前に座り込んだ。
「で、お前は何が言いたいんだ」
「ハンネ様への結婚、フロリネフさんから申し込んだと聞きましたわ」
「まぁそうだが」
まずは、フロリネフとハンネ女王の関係性を推測する必要がある。
フロリネフはただ王位が欲しくて、ハンネに婚約を迫ったのか。
多少なりとも、情はあるのか。
まず、そこを見分けないと……。
「そこで少し、気になったことがありまして」
「気になったこと?」
なぜそんなことを知りたいのかといえば、『禁じ手』を使うための準備だ。
それは知力に差がある場合のみ使える、俺の交渉技術の奥義。
その名も相手の不安を煽って要求を飲ませる、 王女洗脳(プリンセスフォース) 。
やってることが悪役だから封印していたが、処刑されるとなれば使わざるを得ない。
「ええ、今の状況だと『フロリネフ様が王になれない』可能性がありますわ」
一般的に王位継承は、王族であるハンネの血筋が重視される。
なのでフロリネフが王位を継ぐには、ハンネに子供が出来てはまずい。
「私が王に、なれない?」
「はい」
どんな約束があろうと、ハンネに子供ができた瞬間に王位継承権は割れる。
だからフロリネフの子を王にするためには、フロリネフが王位を継いだ後にハンネを殺す必要がある。
そこを突いて、フロリネフの気持ちを探る。
「大丈夫ですわ、私の言うとおりにすれば問題はありませんから」
彼女はハンネを殺す気なのか、それとも信頼関係があるのか。
それによって、洗脳のための文言は変えねばならない。
「つまりハンネ様がこの先、ご懐妊された場合ですね……」
「お前は何を言ってるんだ」
人の心は不安に弱い。いかに身体が強くとも、心が折れれば動けない。
フロリネフの不安を煽り、信頼を掴み、そして懐柔を……
「私が何で、王様にならなきゃいけないんだ?」
「おっと?」
フロリネフから帰ってきた答えは。
心底、よくわかっていないという微妙な顔だった。
……あれ?
「王様は、ハンネだろ?」
「フロリネフ様は、ハンネ様が女王で構わないんですの?」
「ああ、あのお方こそ王に相応しかろう。私はそう思ってるぞ」
フロリネフの口ぶりに、嘘の気配はない。
彼女は微塵も、王様になれないと言われて『動揺していない』。
何とこの女……。王位簒奪を成し遂げておいて、王になる気がないのである!!
「あ、じゃあどうしてハンネ様に求婚を? もしかして、その」
「……綺麗だって、思ったんだ」
じゃあどうしてフロリネフが、ハンネと婚約したのかを聞くと。
あの傍若無人なフロリネフが、顔を真っ赤にして……、
「えー、いや、な。ハンネのこと、最初は、見てられないなって、くらい可哀そうで」
「はい」
「家族とか失ってな、もう、すごく哀しいはずなのに。気丈に振る舞って、凛と背筋を伸ばす、そういうところが凄く……」
俺に向かってしどろもどろに、惚気始めた。
「……ハンネ女王、とても可愛らしいお顔立ちですものね」
「そう、だが可愛らしいだけではなくて。格好良さを内包しているというか」
「フロリネフ様は、ハンネ女王を愛しているのですね」
「勿論だ」
ああ、思っていたのと違う。
どうやらフロリネフは王位の簒奪を目的に、ハンネ女王と婚約を結んだわけではない。
「……どうして、フロリネフ様が婿になられたのですか?」
「当たり前だ、あのハンネ様が他人に汚されるなど耐えられない!」
「あぁ」
確かに、妙だと思ったのだ。
単細胞な彼女が、王位簒奪などという野心を抱くだろうか。
「あの美しいハンネ様と結婚できるだなんて、夢のようだ……」
結果的に、王位を奪ってしまってはいるが……。
彼女の思考回路はもっと単純で分かりやすかった。
「私は、彼女に婚約を交わした時に決めた。一生、何としても彼女を守り抜くと。彼女の笑顔のために生涯を捧げると」
この女はただ、ハンネに惚れたから求婚しただけ。
何の策謀も下心もない、純粋な好意からの婚約だった。
「素晴らしい覚悟ですわ」
「それが臣下として、夫としての責務だろう」
フロリネフに『自分が最高権力者だ』という意識はない。
彼女はハンネ女王に、従っているだけだ。
……さっきまでの俺の、真っ黒な思考回路が恥ずかしくなってきた。
「ありがとうございます。話したいことは、これで終わりですわ」
「……こんな話がしたかったのか?」
「ええ、その。すごく大事な話でしたわ」
だけどこれは、一気に話が簡単になった。
というか勝ち確ですわ。何も難しい交渉はしなくていい。
「例えばハンネ女王が、私を殺すなと言ったら?」
「もし、そんなことを仰るなら従うが。ま、ありえないだろう」
俺はただ、ハンネ女王に『真意をフロリネフに伝えてくれ』と言えば解決する。
……ふぅ、良かった。 王女洗脳(プリンセスフォース) を使わずに済みそうだ。
「お前を処刑すれば、さぞハンネ女王も喜ぶだろう」
「……どうして、そんな風に思うのですか?」
「ハンネ女王は、デケンに復讐がしたいと、仰ったんだぞ」
フロリネフは、俺を処刑すればハンネが喜ぶと思っているだけだ。
おそらく、サリパとデケンを 同一視(ごっちゃに) しているのだろう。
よくもわるくも彼女は、一途で単純のようだ。
「私はまだ、笑顔を見たことがない。家族を処刑されて以降、笑わなくなったそうだ」
「……」
「心神喪失、というのだろう。彼女は感情らしい感情を失ってしまった」
ハンネ女王が無感情なのは、俺も気になっていたが……。
どうやら彼女は家族を殺されたショックで、感情を表に出せなくなったらしい。
会話中、まったく感情が読み取れなくて不気味だった。
「そんなハンネ様も、時折感情をあらわにする時がある」
「それは?」
「私が、デケン軍を倒したと報告する時だ」
しかし、ハンネ女王がすべての感情を失ったかと言えばそうではなく。
デケン帝国に対する昏い感情─────復讐心は、グツグツと煮えたぎっているらしい。
フロリネフがデケン軍を圧倒し、その戦果を報告したその時。
『─────そうか、よくやったフロリネフ』
人形のように無表情な彼女に感情が差し込んだ。
「笑ったんだ、少しだけだけど確かに笑った」
「……」
「だからお前を処刑する時も、きっと笑ってくれるさ」
そう呟くフロリネフの顔には、複雑な感情が詰まっていた。
こいつ、頭は弱いだけで忠誠心は本物というタイプか。
「好きになった女の笑顔のためなら、私はなんだってやってやる」
「なるほど、分かりましたわ」
こいつはハンネを愛するがゆえに、俺を殺そうとしている。
そしてハンネ女王は、同情したくなるような辛い境遇。
ようし、俺が一肌脱いでやるか。
「別に私を殺さずとも、女王を笑わせることはできると思いますわよ」
「何?」
解決の道筋は見えた。俺がハンネ女王を笑顔にして、フロリネフを満足させる。
そうしたら、俺を殺す理由もなくなる。
「面白いこと言うじゃねえか、テメェ。どうやるってんだ?」
「簡単です」
彼女のトラウマを完璧に消し去るのは、難しいだろう。
しかし、少し笑わせるくらいならできるはず。
「……真心ですわ」
俺は自信満々に、フロリネフにそう宣言をした。