作品タイトル不明
67話「……すごい、こんなの初めて見る」
「……へっくち!!」
再び、真っ暗な檻の中。
冷たい霜が浮かぶ金属の檻で、俺は波に揺られてブルブル震えていた。
「あばばばばば、さ、寒い……ですわ。想像以上の……寒さ……」
これは、人が死ぬ環境だ。ガチガチと歯が鳴って、両腕の血管が縮み上がっている。
檻の床、お尻の素肌が触れる部分がしもやけで赤く腫れてきた。
「うう、うぅぅぅぅ……」
だけど、だとしても。俺は服を着るわけにはいかない。
倉庫に置かれた檻の中、俺はただ一人で下着姿で体育座りしていた。
すぐ傍らに、奇麗に畳んだ防寒ドレスを置いて。
「この度の非礼、どう謝罪をしても足りません。お赦し頂けるとは思いませんが」
アイギスランドの事情を聴いた俺は、ドレスを脱いで平伏した。
俺がしでかしたことは、無礼というラインではない。絶許レベルの大失態である。
俺にとって『サリパの領民をぶっ殺し、その皮でドレスを作って着ている』ようなもの。
温厚で冷静な俺でも、怒り狂ってしまうだろう。
「……その謝罪を受け入れよう、サリパの姫」
「ハンネ様!?」
「謝る気持ちがある、というのは大事なことだ」
そんな俺の態度を見て、女王ハンネは抑揚のない声でそう言った。
あっけにとられるフロリネフの前で、俺の肩に手を置いて、
「リシャリ姫の処遇は、重臣会議で決める」
「この女のために、会議を?」
「他国の姫の処分だ。他の臣下の意見も、問わねばならない」
寒さに凍える俺を、励ますようにそう声をかけた。
「反対されるやもしれませんが、よろしいのですか。ハンネ様」
「いい」
「だって貴女の親友の雪精は、デケン軍に無惨に─────」
そんなハンネの対応に、フロリネフは不満そうではあった。
しかし、自らの女王の行いに文句は言えない。
「余は女王。だから余に意志は必要ない」
「……」
「臣下たちがどう考え、どう判断するか。余はその決定を下すための機構にすぎぬ」
ハンネ・ヴィ・リトリオーラは、流れるようにそう宣言したあと。
怒りも、憎しみも、喜びも、何も浮かんでいない瞳で俺を見つめた。
「リシャリ姫の処遇を決めるのは、余ではない。アイギスランドという国家が決める」
と、いう話をされたあと。
俺は再び、この暗い倉庫の檻に取り残されたのだった。
「……ふぅぅ」
そんな話を聞かされ、あのドレスを着ていられるはずもない。
俺は自らドレスを脱ぎ、冷たい檻の中で体育座りをして待つことにした。
「ガクガクガクガクブルブルブルブル」
……そこまでは良かったのだが、俺はアイギスランドの寒さを舐めていた。
ドレスを脱いだ瞬間、凍り付くような空気が俺の肌を切り裂いたのだ。
部屋の隅には露が出来ていて、吐く息は白く曇っている。
気温はおそらく、氷点下に近いだろう。
風のない屋内ですらこの有様だ、外に出たら数時間で凍死してしまう。
「ハァーハァーハァ-、ガチガチガチガチ」
そんな中、俺は下着姿で両足を抱えて震えていた。
仮にも敵船の中で下着姿になっているのに、羞恥を感じる余裕はなかった。
寒い、死ぬ、助けて。その三つの言葉しか考えることができなかった。
しかし、我慢せねばならない。こんな状況に陥ったのは、俺のミスが原因だ。
一つ、アイギスランドの文化や事情を知らず、外交の席に立とうとしたこと。
アイギスランドのことを知らないなら、調べてから応対するべきだった。
二つ、安易にデケン産のドレスを着ていったこと。
ヤイバンもアイギスランドも、デケンの敵対国である。
そこにデケン産の服を着て話し合うってこと自体が、過ちだった。
せめてヤイバン産の礼服に着替えるなどした方がよかった。
「これは自業自得、これは自業自得、これは自業自得」
俺は自分に言い聞かせるように、何度もそう呟いた。
ふと気を抜けば、寒すぎて心が折れそうになる。
このまま意識を投げて、眠ってしまいそうになる。
そうなったら、凍死してしまう。
「……ガクガクガクガクブルブルブルブル」
チラリと雪精の皮を剥いで作られた、防寒ドレスに目が行く。
あの服はとても暖かかった。着れば、この寒さからは解放される。
さすがはデケン産の防寒ドレス。製造方法こそ残酷だが、便利なものには変わりない。
そして今、誰も俺を見ていない。
少し服を着て、体温を取り戻してもいいんじゃないか。
そうしないと死んでしまう。仕方がない。
あのドレスのために使われた雪精の命は、もう戻ってこないのだ。
だったら、有効活用してやる方が弔いになるんじゃないか。
「……ガチガチガチガチ、カタカタカタカタ」
────ああ、また心が折れそうになっていた。
駄目に決まっているだろう、そんなこと。
アイギスランド人が、雪精という生き物をとても大切にしていて。
あのドレスは、その雪精を犠牲にして作られたものであると。
あのドレスを着ている限り、俺はまともに話を聞いて貰えない。
これが友好の第一歩。会話ができるかどうか、最初の土台。
俺は着ない。何があっても、どんなにつらくても。
再びドレスを着たら、きっと取り返しがつかないことになる。
そう考えた、直後。
「きゃあ!?」
左の太ももを、何かザワっとしたものが走り抜けた。
「ひ、ひ、ひぃ!?」
また出た、たぶん鼠だ。小さい毛玉のようなソレが、走り抜けていくのが見えた。
鼠は、非常に恐ろしい生き物だ。
鼠そのものに殺傷力はない。だが、恐ろしい感染症を媒介する。
噛まれたら、怖い病気に感染してしまうかもしれない。
「……」
それを防ぐには、やはり服を着るしかない。
鼠の歯は、決して強くない。厚手のドレスであれば、防ぐことも可能だ。
やはり、着るべきか。意地を張らず、ドレスに袖を通すべきか。
「う、う、う」
ああ、改めて実感する。
衣類とはなんと頼もしく、心強いものだったのだろう。
そして何も着ていないということが、こんなにも心細いものなのか────
「……はえ?」
「……キュ?」
世界の厳しさと寒さに絶望し、ドレスに手を伸ばそうかと思い悩んだ直後。
暗い檻の中、俺は謎の毛玉と 目が合った(・・・・・) 。
「……」
「……キュ!」
目がある。お手玉サイズの白い毛玉に、目が付いている。
ソレは謎の鳴き声を放って、すりすりと俺の太ももをさすって来た。
「???」
え、ナニコレ。鼠かと思ったが、鼠じゃない。
くすぐったいが、不思議と追い払う気になれない。
「もしかして……」
ポーン、と。その毛玉が小さく飛び跳ね、俺の肩に着地した。
そして遊んでいるように、俺の首筋をくるくる走り回った。
動物特有の、ちょっと毛皮臭い匂いが鼻についた。
「あなたが、雪精ですの?」
「キュー」
雪精はまるで返事をするかのように、俺の頭の上で鳴いて跳ねた。
「……暖かいですわ」
雪精は、とても不思議な生き物だった。
俺の身体を走り回ったり、ぴょんと跳ねてぶつかったりと様々な行動を見せた。
「雪精に触られた部分が、じんわりあったかいですの」
そしてなんと、雪精が走った部分が寒くなくなったのだ。
あのドレスの防寒魔法と同じように、俺を寒さから守ってくれた。
「なるほど。これは確かに、人間の友ですわ」
こんな生物がいたなら、そりゃ友達とみなすだろう。
それにどうやら雪精とは、本当に意思疎通ができるらしい。
足がとても寒いですわとお願いしてみたら、ヒューっと両足の上を走りぬいてくれた。
最後は得意げに、ポンポンと頭の上で飛び跳ねていた。
「ありがとうございます、雪精さん」
「キュッキュ」
お礼を言うと、当たり前のように返事が返ってきた。
そして甘えるように、俺の髪の上でゴロゴロ転がり始めた。
……最初は面食らったが、慣れるとめちゃくちゃ可愛いな。
「この船には、あなたの他にも雪精はいますの?」
「キュキュ」
「おお、いらっしゃるのですね」
話してみると、なんとなく雪精の言葉もわかった。
鳴き声のトーンから、肯定なのか否定なのかが分かるのだ。
「キュッキュー!!」
「あらあら」
この雪精は俺の頭がお気に入りのようだ。
ポンポンと無遠慮に、俺の頭上を跳ねて楽し気に鳴いている。
髪型が乱れるのはご愛嬌と思ってあきらめよう。
「よしよし、ですわ~」
「……その」
雪精は奇妙な声で鳴き、歌うように飛び跳ねる。
俺は苦笑して新しくできた友人、雪精に頭を貸してやっていると。
「時間をもらっていいだろうか、リシャリ姫」
「……あっ! は、ハンネ女王様、失礼しましたわ」
いつの間にか、ハンネ女王が檻の前に立っていた。
「君の処遇についてだ」
「は、はい!」
「今日の重臣会議で、結論が出なかった」
俺はハンネ女王に跪き、言葉を返した。
雪精は俺の頭から離れてくれず、ピョンピョン跳ねているが。
「君を処刑する派と、敵を作りたくない派で割れている」
「な、なるほど」
「そこで一度、君から話も聞いてみようという流れになってね」
どうやら満場一致で、俺を処刑する流れにはなっていないらしい。
慎重派と過激派で論戦になり、話の決着がつかなかったようだ。
「街に到着したら、君は裁判にかけられる」
「裁判、ですか」
「君をどう処分するか決める裁判だ」
そして結局、俺の処分は裁判で下されることになった。
有無も言わさず処刑も覚悟していたので、少し安心した。
「君の弁明、健闘を期待する」
「ありがとうございますわ」
ハンネ女王は無感情にそう言った。
彼女は俺に、敵愾心があるわけではないらしい。
「にしても、リシャリ姫。君の頭で跳ねているソレは、野良の雪精だね」
「はい。寒さに震えていたら、この雪精が助けてくれたのですわ」
「そうか。珍しいものを見た」
ハンネ女王は、不思議そうに俺の頭の上の雪精を見た。
雪精を見つめる瞳はどこか、優し気な雰囲気を帯びていた。
「キュー!!」
「……へぇ、そうなんだ」
「キュッキュキュー」
「それは、どうだろうね」
彼女は雪精の鳴き声に、穏やかに応じている。
……初めてハンネ女王の瞳に、感情が浮かんだ気がした。
「なるほど。珍しい。本当に珍しい」
「この雪精が何を言ってるのか、分かるんですの?」
「ああ。余は雪精と話ができる」
キューキューと鳴く毛玉に、ハンネ女王はウンウンと相槌を打つ。
彼女の言葉に嘘はない。本当に、会話できているっぽい。
「リシャリ姫、君は死にかけていたみたいだな」
「え、死にかけですか?」
「放っておいたら凍死するから、この子が助けたらしい」
「私を助けてくれたのですか、その雪精は」
そのハンネ女王の言葉に、雪精はキューと肯定の意を示した。
……この雪精は、俺の命の恩人だったのか。
「ありがとうございますわ」
「キュッキュキュー」
「……すごい、こんなの初めて見る」
俺が感謝の意を示すと、雪精は得意げな声を上げ、俺の頭に飛び乗った。
そして不思議な鳴き声を上げながら、何度もピョンピョンと飛び跳ねる。
そんな雪精を見たハンネ女王は、意外そうに口元を手で覆った。
「何がすごいんですの?」
「だって雪精は普通、こんなことをしないから」
「こんなことをしない?」
ハンネ女王は、やや困惑しているようだった。
俺は雪精の生態を知らないので、何が珍しいのかよくわからない。
「こんなこととは、なんでしょうか」
「それはだね」
……もしかして雪精は、アイギスランド人以外には冷たいとか?
雪精はデケン軍に狩られまくったと聞く。他国の人間に敵対的でも不思議じゃない。
この雪精が特別なだけで、普通は俺なんかを助けてくれないのかも────
「雪精はとても人懐っこい。どんな人にもすり寄る」
「はあ」
「自分たちを殺しに来たデケン兵にすら、甘えようとして近づいたという」
と、いうわけではないらしく雪精は人懐っこい生き物のようだ。
じゃあ何がおかしいのかと聞くと、女王ハンネは、
「だから、こんなに雪精に舐め腐られている人は初めて見た」
「私、舐め腐られていましたの!?」
そう教えてくれた。
「先ほどの会話は、『コイツ超弱いッス! 俺の子分にするッス!』『ハンネ様! 別にいいですよねッス!』って感じだ」
「確かに舐め腐られてますわ!」
本来、雪精は人間を軽んじたりしない。
雪精は人を慕い、よく甘えるそうだ。
しかし、
「雪精は舐めている相手の頭で、飛び跳ねる習性がある」
「舐めている相手の頭で飛び跳ねる習性」
「死にかけたリシャリ姫を救ったことで、下に見ているようだ」
「下に見ている」
この雪精は、俺を舐め腐っているようで。
どうやら俺は、子分と認識されてしまっていた。
「余から説教しておこうか?」
「い、いえ。子分にはなれませんが、命を救われましたし」
ちょっと腹立たしいが、恩人相手に怒るのも情けない。
さっきまでかわいく思えていたのに、小憎らしくなってきた。
「それとリシャリ姫、そのドレスは着ないのか?」
「あんな話を聞かされては、とても着れませんわ」
「そうか、それも一つの選択だ。代わりの服を持ってこさせよう」
俺の頭でピョンピョン跳ねる雪精を眺めながら、ハンネ女王はそう言った。
イキる雪精が珍しいのか、少し口元が緩んでいるように見えた。
「ただ、それでフロリネフの気が済むとは思わない。甘く考えないことだ」
「分かっておりますわ」
「ならばいい」
ハンネ女王はそういった後、視線を外し。
呟くように、話を続けた。
「余は、君を処刑するべきではないと思っている」
「……そうなのですか?」
「敵を増やすだけだ」
ハンネ女王は、俺を殺さない方がいいと思ってくれているらしい。
しかし、
「だけどそれを決めるのは議会だ。余は意思を表明すべきではない」
「それは何故ですの?」
「王の役目は、不正がないか監視することだから」
彼女はそれを議会で表明する気はないらしく。
議会で処刑すると決めたら、処刑になるらしい。
「サリパと、戦争になりますよ」
「余は避けたい。だが、戦争になってもアイギスランドが勝つ」
「えー、あー……」
「フロリネフは一騎当千だから、戦争になっても問題ではない」
どうやらアイギスランドは、『最悪戦争になってもいい』と考えているらしい。
確かにフロリネフは強い。パウリックを一撃でやっつけられるほどの化け物だ。
だけど、
「サリパには、フロリネフさんより強い者もいましてよ」
「ホラを吹かれるのは好きではない」
「いや、その」
─────それでもやっぱり、タケルの方が上と思う。
フロリネフは『パウリックを殺す気で攻撃したのに』殺しきれなかった。
一方でタケルは、『殺さないよう手いっぱい手加減して』殺しかけた。
確かにフロリネフも化け物だろうが、おそらくタケルの方が格上だ。
「フロリネフは、史上最強だ」
「あー……」
だが、口で「どっちが強いか」なんて言い合いをしても仕方がない。
今はまず、俺が生き残ることを集中しないと。
「フロリネフさんってどんな方なのか、教えてもらっても良いですか?」
「構わない」
せっかく裁判という場で、俺に弁明の機会が与えられたんだ。
このチャンスを逃さないために、彼女のことを聞いておこう。
「彼女は、余のお婿さんだ」
「ファッ!!?」
返ってきた返答は、いろいろぶっ飛んでいた。