軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

いただきへ登る⑤

彼らが議会堂の玄関ホールへたどり着くと、そこにはずらりと貴族たちが居並んでいた。

「化け物どもめ……」

と、アレクシアは毒づく。苦笑いとともに、血に酔った鼻腔がようやく静まってきたのを感じる。

「これはこれは、とんだご挨拶ですな」

と笑ったのは、ブレインフィールド伯爵。代々宰相位を務める名家の家長であり、タリオン前王が退位して最も権勢を取り戻した男だった。

群衆と呼ぶにふさわしい数の貴族たちは、顔を見分けられるようになれば皆、各家の当主たちだと知れた。はるか向こうに、祖父レイヴンクール公爵の姿もある。

「あなた様はみごと陰謀を打ち倒し、王位にふさわしいことを証明なさった。もっと誇ってよろしいのですよ」

「そしてあなたたちはそれを高みの見物していたわ。私たちがリュイスで、テトラスで何をしていたかなど、とうにお見通しだったわね?」

誰も、応えない。貴族たちはにこやかに、晴れやかに、いっそ誇らしげにアレクシアを見守る。血みどろの彼女を。背後に傭兵たちを従えて、玉座を暴力によって手に入れた王家の血筋の娘を。

「まあいいわ。私のことなんてどうでもいいもの。どう思われようが、何を企もうが。――ただ、あなたたちがリュイスの玉座に疑念を抱くことは許さない。叛意などもちろんのこと、私にこの立場を譲り渡した以上、ふさわしい扱いを受けることを要求します。よろしくて?」

貴族たちはまるで示し合わせていたかのように、一斉に膝をつき首を垂れた。フィリクスが軽い口笛を吹き、囁くくらい一糸乱れぬ動きだった。

「見物だな」

貴族たちは、唱和する。――万歳、万歳。

――女王陛下、万歳!

アレクシアは知る。

王とは突き詰めていえば、その場そのときに王冠と王杓を保持していられた者のことであると。彼女は目を瞑り、歓呼を受ける。治世の中でへまをすれば、きっとすぐにでも取り上げられてしまうだろう声を。歓迎を、味わう。

――かつて王と父親によって命からがら逃げ出した祖国へ、彼女はこうして凱旋した。

女王アレクシアはここに誕生する。

新しい王朝が始まる。

***

テトラスのグリムヴァル第一王子は反逆を成功させ、バルドリック王とキュリアナ王妃を辺境に隠居させた。いなくなったヴィヴィエンヌ王女のことは、徐々に人々の記憶から消えるだろう。

ミフトル男爵はリュイスの情報をテトラスおよび金払いのいい者に売ったことが発覚し、相応の罰を受けることになる。

少女セリナの身辺は調べ上げられ、彼女がただの孤児であり、王家の血筋の者ではなかったことが判明した。そこそこ裕福な尼僧院に送られた彼女は、祈りと平穏の日々を過ごすだろう。

フィルセナ前王妃は王家の血筋を詐称した罪により、辺境の塔へ生涯幽閉。奇しくもその塔の窓からは、彼女の夫タリオン前王と、息子マリウス元王子の幽閉された塔が遠目に見えるという。

アレクシアはデルマンスとフィリクスを護衛騎士として手元に置き、彼らの能力と人脈を最大限に活用することになる。

それ以外のことは、まだ闇に包まれたままだ。ムズはどうなったのか。ジョードメル協会は、クラックは次にどこへ取り入るのか? 時期がくれば、アレクシアも知ることになるだろう。

そして、春が来た。貿易風が吹いた。

白い帆を膨らませた帆船に、荷運び人夫たちがもくもくと荷物を積み込んでいた。南国ファーテバへ向かう、コトル運河の船着き場のひとつ。白い太陽を受けて、何もかもがまぶしく輝いていた。

ヴィヴィエンヌの薄い黄緑色の外套の裾が風で膨らんだ。彼女は顔を赤らめ、はためきを押さえつつ振り返った。期待と不安が混ざった緑の目が不思議な魅力を持ってきらきらとアレクシアを見つめる。

「本当に……ここでお別れなんて、実感が湧きません」

シルヴァンはじっと、妻ヴィヴィエンヌとアレクシアを眺めている。

「なんと言っていいか、わからない。もっとお礼ができたらよかったんですが」

アレクシアはその言葉に小さく息をついた。

「二人が元気で無事でいてくれれば、私はそれで十分よ。みんなだってそういうと思うわ」

ヴィヴィエンヌは隠しきれない寂しさが滲む笑みを浮かべる。

「くれぐれも無理をして倒れないようにしてくださいませ、アレクシア様――いいえ、女王陛下」

アレクシアはおどけて肩をすくめた。

「気を付けるわ。誰かさんもうるさいし」

誰かさんことフィリクスがクッと喉だけで笑った。女王の護衛として常にそば近くに控えるようになって、彼には心配性という特徴が出た。黒髪を河の風になびかせ、兜の下から見え隠れする黒曜石の目だけで笑うと、はっと息を呑むほど綺麗な男である。

アレクシアはそんな彼から無理やり視線を引き剥がし、その様子にヴィヴィエンヌとシルヴァンは声を合わせて笑うのだった。港の喧騒。かけ声、風の音。その笑い声は短くとも温かかい。

やがて船員が甲板から合図を送り、出航の準備が整ったことを示した。タラップを踏み、出航へ向かう二人の後ろ姿にアレクシアは胸が詰まる。

女王は片手に持った白いハンカチを掲げ、ぶんぶん振り回した。

「行ってらっしゃい、行ってらっしゃい。元気で。いつまでも、お元気で!」

彼女の声は船上まで届いただろうか? 若く澄んで愛情に満ちた、この世に二つとない声は?

船から身を乗り出したシルヴァンが振り返り、右手を大きく振る。彼に支えられながら、ヴィヴィエンヌも笑顔で手を振った。どちらもなにごとかを叫んでいる。だが風が強くて、聞こえない。

船は静かに船着き場を離れ、コトル運河を進みだした。南国ファーテバへ。その先の南大陸へ。幸せへ。

アレクシアは船が見えなくなるまで見送ると、振り返って一行へ微笑む。彼女が守り、導かなくてはならない国そのものにそうするように。

「さあ、戻りましょうか。次の会議の時間も迫っているし」

リュイスは変革期を迎えている。

国王に即位したグリムヴァル率いるテトラスとの開戦は間近であるし、ドレフ帝国の内乱はそろそろ国境を越えて飛び火してくるだろう。傭兵たちの権力勾配にも変化があり、交易路に野盗が出るとの噂もある。

何もかもに、気が抜けない。いつだって毎日は忙しいばかりだ。

「アレクシア、手を」

「ええ」

馬車のタラップくらい一人で登れるけれど、フィリクスが差し出した手をアレクシアは取った。籠手ごしに感じる指先の感触が心地よい。

先に馬車の中で待っていてくれたエマが、女王のヴェールを持ち上げ、冷たいハンカチを渡してくれた。

念願の玉座はすでにこの手にあり、愛さなければならない人々がいる。責任は重大で、肩代わりしてくれる者は誰もいない。貴族も平民も油断ならないし、大切な友達は今、二人、立ち去ってしまった。

だがアレクシアは大丈夫だ。信頼できる人々が側にいてくれて、家族は平穏無事で、日々は明るい。

もう、泣くばかりの無力な子供ではない。

【第二部 完】