軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

とある夜会

二年が経ち、アレクシアは十七歳になった。リュイス南方の都市ドレーの舞踏会に一家で参加していたときのことである。異母弟ザイオスにバッタリ出会った。

人違いかなあとも思ったのだが、意外なことに本人だった。もっとも、アレクシアは小説の挿絵の記憶があったのでそれとわかっただけで、向こうは人から彼女の名前を聞いてようやく思い至ったようだった。

案外、冷静でいられた。これがガイガリオン伯爵家しか知らない小説通りのアレクシアだったら、動揺していただろう。

(ふうん)

と、チラチラこっちを見てくる主人公の煌びやかな金髪碧眼を遠くから観察する。話しかけたそうなので、グラス片手にバルコニーへ出た。はてさて、あの美少年はいったいどうするのだろう? ワクワクとアレクシアは手摺にもたれかかり、暗闇に沈む庭を見る。小さな別荘を借り上げての小規模な舞踏会なので、庭を松明や魔法灯でライトアップするほどの余裕はないのだ。

さて、そんなわけでアレクシアは後ろから声をかけられた。

「おい。――愛人女の娘」

素知らぬふり。まあ、そうね? 確かに母はフュルスト卿の愛人ではあるが、そんな呼びかけをされるいわれはない。

ゆえに、アレクシアは微動だにしない。宵闇に沈む手入れされた庭園の白い花々を見ている。そんな彼女ともう一人を、物陰から上の部屋の窓から下の庭木の陰から、無数の貴族と商人と使用人が見ている。

(馬鹿な子。ここは舞踏会で、情報戦の最前線だというのに)

内心、肩をすくめる。わざわざ忠告してやる気はない。

「聞こえないふりをするとは本当に下品だな、アレクシア。ふん、商人の娘ごときが」

アレクシアはわざとらしく目を丸くして振り返った。

「わたくしを呼んでいらっしゃるの?」

異母弟ザイオスは物語の主人公らしい金髪碧眼の美しさだった。だがなんとなく、覇気がないように見えた。目が濁り、口元はだらしなく頬杖の形に歪み、オールバックが一筋ほどけている。

「どちら様ですか? お会いしたことがあったかしら?」

とアレクシアは首を傾げる。手を差し出し挨拶を乞わないあたり、迷惑がられていることにまともな紳士なら気づくべきである。だがザイオスはそうしない。まともではないのだ。

「俺はザイオス。ガイガリオン伯爵家の跡取り息子」

ふん、と彼は胸を張る。アレクシアは儀礼的に微笑む。

「それはそれは、はじめまして」

実際、初対面である。異母弟はカッと赤く気色ばんだ。貴族に向かない男だ……あ、そりゃ半分しか貴族じゃないものね、ゴメンゴメン。

にっこりしたままのアレクシアをどう思ったか、ザイオスは顔を赤くして口を開閉する。ここが舞踏会でなければ怒鳴りたかったのだろう。室内では賑やかな音楽が奏でられ、複数のカップルが踊る影がここまで届く。

「おい、婚外子。お前こんなところに出てきていいと思ってるのか? ここは選ばれた高貴な人間だけが集えるパーティーだぞ。俺は父上に直接認知されたれっきとしたガイガリオン伯爵家の一員だが、お前なんてどこの籍にも入ってない癖に……」

すべて事実なので何を思うこともない。ある程度まで話を聞いてやり、室内の音楽が変わったのをきりにしてアレクシアは頷いた。

「ザイオス様、とっても興味深いお話でしたわ。それでは失礼いたします」

「待てっ。話はまだ終わってないぞ。お前の母親は俺たちの父上を裏切ってぬけぬけと金持ちと一緒にいる。恥ずかしいと思わないのか?」

「中でパートナーが待っておりますの」

「――ふんっ。駆け落ち者の婚外子なんぞと一緒にいるだなんて、よっぽど物好きな男だろうよ!」

くす。アレクシアは肩越しに嘲笑をひとつ、投げかける。

衆目が固唾を飲んで二人の対決を睥睨しているのを感じるが、はたしてザイオスは本当にこれに気づかないものだろうか?

「何をおっしゃっているのか理解に苦しみますわ。ごきげんよう」

ザイオスはまだ何かわめいていたが、さすがに舞踏会で淑女に掴みかかるわけにもいかない。元気な子犬のような罵声を背中に、アレクシアはバルコニーを立ち去った。

正直、失望した。彼は主人公である。世界に選ばれた美青年である。小説は、物語は、運命は、彼の成長と同時に動くのだ。なのに、なんで? なんであんな――小者っぷりで。

(あんなんでやっていけるのかしら?)

まあ、いっか。

あれは敵だ。それに変わりない。再確認できてよかった。

アレクシアは顔見知りの商人やその夫人に近づいた。ザイオスはどうやら、ガイガリオン伯爵に行儀見習いの名目で各地のパーティーに出向かされているらしい。

「なんだか難しいお話をされていたようねえ。アレクシアさん、ザイオスくんとお知り合いでしたかしら?」

なんて、そらっとぼけて聞いてくる中年の貴婦人の流し目が面白い。アレクシアはとびきり可愛く、未婚の令嬢らしく笑ってみせた。

「ええ。どうやらあちらは私をご存じだったようですけれど、こっちはとんと覚えがなくて」

「よくあることですわよ。気にしちゃダメよ」

「私ったら物覚えが悪くって。アハハ」

そうしてその場は、和やかな微笑にて占められるのだった。

そろそろ小説のストーリーが始まる頃だ。だが目の上のたん瘤であるアレクシアも母も、すでにあの家にいない。いじめられてねじ曲がった少年が傭兵になるストーリーのうち、序盤のいじめられる経験がないわけで。さてさて。どうなるのかしら? まったくもって、楽しみなことである。