作品タイトル不明
620.準備を始めます!
「本気で、この子の飼い主を連れ帰ってくるってのか?」
鍛冶師の男は、驚きの声を上げた。
「本気ですっ!」
うなだれる犬を前に、メイは両拳を握って応える。
「錬金術師の子を連れて脱獄しなきゃいけねえんだぞ? しかも場所はあのアンジェール大監獄、逃げ出すなんて不可能だ」
「それでも、なんとかして飼い主さんを連れてきますっ!」
「でもどうやって監獄に入るのかしら。何かやらかして捕まるっていうのは……少し気が引けるけど」
「……そういうことなら、一つ案がある」
レンの言葉に、鍛冶師の男が応えた。
「どうするの?」
「錬金術師の時と同じ手を使うのさ。お前さんたちは『禁止薬に似た粉』の所持で逮捕されればいい。薬の中には、警官じゃ見分けのつかないものもあるからな」
「今度は私たちが冤罪を誘発するってことね」
「盗賊だったら、何かを盗みに入って捕まるパターンとかもあるのでしょうか」
「ありそうね。別ルートはその形かもしれない」
フランシスの鍛冶師からアンジェールに向かう場合、冒険者が『犯罪者』になってしまわないようになっているようだ。
これで『悪事を行わずに監獄に入る状況』が作られることになる。
「簡単じゃねえとは思うが、【ウサギの前歯】を手に入れるような冒険者なら、奇跡を起こすことも可能かもしれねえな」
「頼むよ。ああやって健気に待たれちゃ、俺たちも気が気がじゃなくてよ……」
気が付けば、この一帯に住む鍛冶師や錬金術師が心配そうに集まってきていた。
その視線は、今も飼い主を待ち続ける犬に向けられている。
「おまかせくださいっ!」
気合を入れて、拳を握るメイ。
「本格的な脱獄ですか……初めて挑むクエストです」
「私もよ。これまでとは少し趣が違うわね」
「なんだかドキドキしちゃうよー!」
「さて、それじゃどうする? 警官隊を呼べばいつでも始められるが……準備は良いか?」
「『準備はいいか?』って聞かれるのはゲームの定番ね。これは大きな展開になると考えていいわ」
「そーなの?」
「よく見られますね。準備をした方がいいというお知らせでもあります」
「そうなんだー」
「少し時間をもらえる?」
「分かった。準備ができたらいつでも言ってくれ」
これまた定番の言葉で、『待ち』状態になる鍛冶師。
「大監獄なんて呼ばれてるところに、自ら飛び込む……少し情報を探しておくわ。あとメイにお願いがあるの。前の『世界樹』はもう消えてる頃だと思うし、監獄の場合おそらく『あの展開』があると思うから」
「りょうかいですっ!」
「あと鳳の報酬ももらいに行かないとね。思ってもないクエストの発生で、少し遅くなったけど」
「まずは鳳に。その後準備をして再会という形ですね」
「りょうかいですっ!」
こうしてメイたちは、ここで一度散会。
大監獄へ向かうための準備を始めるのだった。
◆
「この辺りなら大丈夫かしら」
三人がやって来たのは、フランシスの南部にある森。
木々の密度が高く、後方に山を背負っているため、とても都合がいい。
「監獄用の準備とのことでしたが、ここで何をするのですか?」
ツバメが問いかけると、レンはぽつりとつぶやく。
「――――スティール」
「ッ!?」
途端に慌てて両手をわたわたさせながら、木の枝に頭をぶつけるツバメ。
その『あわあわ具合』は、普段なかなか見られない一面だろう。
「大監獄なんて場所だし、【スティール】が絡むシーンが必ず出てくると思うの。そしてそれが大事な場面の可能性もある」
「た、確かにそうですね」
「対応しようにも、装備品で幸運値が大きく上がるものになんてアテはない。だから思い切って『世界樹の実』で対応しようと思って」
「そういうことですか」
「おそらく装備品やアイテムなんかは取られちゃうでしょうけど、大事な場面なら装備を奪い返した後に起きると思うから。それじゃメイ、お願い」
「それではいきますっ! 大きくなーれ!」
メイは【密林の巫女】を発動。
『世界樹の芽』は、指定のステータスを大きく上げる実をつける。
ただ原状復帰によって樹が消えたところで新たな『芽』を残すため、無数に生やして収穫とはいかない。
そのため今回は、【幸運】上げの実を持っておこうという算段だ。
森までやって来たのは、しばらくその場に残る世界樹が悪目立ちしないように。
「これでかなり楽になると思うわ、まあリアルラックにまでは影響しないでしょうけどねって……ツバメ?」
笑いながら言うレンに、しかしツバメは身体を震わせる。
「こ、これで【スティール】が成功しなかったら……それはもう私自身が呪われているからということに……っ」
「むしろ余計に緊張し始めてる!?」
「わー! ツバメちゃん大丈夫! きっとうまくいくからっ!」
すくすく育つ世界樹の横で、ツバメはとんでもない緊張を見せ始める。
「そもそも【スティール】が絶対必要になるとも限らないから! これはあくまで念のためよ!」
「い、いえ。【スティール】は私にとって宿命のライバル……今回こそ、勝ってみせます!」
「ツ、ツバメちゃんが燃えてるっ!」
「プレイヤーでもボスでもなく、スキルの成否が宿命のライバルって……そんなの初めて聞いたわ……」
白目のまま、気合を入れるツバメ。
【幸運】上げの実を手に入れた三人は、続けて鳳へと向かうのだった。