作品タイトル不明
482.合格ですっ!
レンとマリーカは、廊下のモップ掛けに取り掛かっていた。
「5分後に確認に来ますので、それまでに終わらせておいてください」
そう言い残してメイド長は、ホールから2階へと上がって行った。
「これは割と簡単に終わりそうね」
なかなかに広い一階ホール。
レンとマリーカは協力して、モップ掛けを施していく。
拭いた場所には分かりやすく光沢の演出が出るため、一目で確認できる。
ホールのモップ掛けが9割ほど終わったところで、レンは振り返った。
「どういうこと……?」
しかしすでにモップ掛けをしたはずの箇所に、謎の水濡れ。
そしてそこには、イタズラな笑みを浮かべるお嬢さまの姿。
「もしかして」
レンの予想は正解。
短杖を手にしたお嬢さまが、床に狙いを定める。
「野蛮な冒険者は出ていけーっ! 【ウォーターバレット】!」
これをレンはすぐモップでにふき取るが、振り返れば新たな水たまりができている。
どうやら床掃除も、お嬢様が障害として立ちふさがるようだ。
「そういうこと。それなら捕まえるしかなさそうね、いくわよマリーカ!」
「……了解した」
さっそくレンとマリーカは、二人がかりでお嬢様を追う。
「【ダッシュ】」
しかしお嬢さまは、移動スキルで二人の隙間を軽々と抜けていく。
「足は私たちより速いみたいね!」
「【ウォーターバレット】」
なんとお嬢さまは移動スキル持ち。
二人をあざ笑うかのように、魔法で水たまりを作り出していく。
「……あっ」
そんなお嬢さまを追うマリーカが水たまりの上に乗ると、その足がつるりと滑った。
「ああああああああー」
すっ転んだマリーカは気の抜けた声をあげながら床を滑り、壁にぶつかって止まった。
「……っ」
身体の大きなマリーカが『ついー』と床を滑って壁にぶつかる図に、思わず笑いそうになるレン。
「シ、シンプルだけどやっかいなクエストね!」
近くの水たまりをモップで拭きつつレンは、お嬢様を追いかけ続ける。
「【ウォーターバレット】」
目の前に作られた水たまりを、モップで拭きつつ疾走。
伸ばした手はしかし、お嬢様の服をかすめるにとどまった。
「もう時間がないってのに……っ。こうなったら多少の強硬は仕方ないわよね! 【ブリザード】!」
レンはここで勝負に出る。
氷嵐の壁を張り、直接攻撃をせずにお嬢様の移動を制限した。
「【分霊】」
行き先を奪ったところに、マリーカが自身の『分霊体』を置く魔法スキルで道を塞ぐ。
「助かるわ! そのまま止めておいて!」
「……了解した」
「――――床掃除は終わりましたか?」
2階のドアが開く音と共に、聞こえたメイド長の声。
気が付けば、残り時間はもう数秒。
「早く吹き取っちゃわないと!」
レンは大急ぎでモップを持って駆け回る。
幸い水たまりの数は多くなく、ギリギリでどうにかなりそうだ。
「終わったーっ!」
「――――時間です。床掃除は済みましたか?」
まさにちょうどのタイミングで現れたメイド長は、床の状態に視線を向ける。
時間ちょうどでどうにか床掃除を終わらせ、安堵の息をつく二人。
お嬢さまは小さく息をついた後――――かすかに笑った。
嫌な予感に、レンとマリーカは大慌てで辺りを見まわす。
「「ッ!?」」
見れば一か所、拭き残しの水が残っている。
大慌てで駆け出す二人。
「……やるしかない」
「そういうことみたいね! せーの!」
二人はメイド長の視線が拭き残しの方に向く直前にダイブ。
そのまま床をメイド服姿でスライディング。
自分自身を雑巾にするくらいの勢いで、最後の水たまりに飛び込んだ。
「「…………」」
二人の背後から、伸びる影。
ゆっくりと振り返るとそこには、メイド長の厳しい目。
思わず二人、息を飲む。
「――――お見事です」
しかしそう言ってメイド長は踵を返し、お嬢様は「ふん」と息をつく。
見ればしっかりと、最後の水たまりも消えていた。
「「…………」」
レンとマリーカは思わず、倒れ込んだままハイタッチを決めたのだった。
◆
「それではお散歩に行きましょう!」
そう言ってメイは、モンスター愛犬のリードを握る。
そこに忍び寄るのは、グレイシア家のお嬢様。
「ふん、せいぜい無様な悲鳴をあげるといいわ! ラブリ、全速力でいきなさい!」
「グルォォォォォォ――――ッ!!」
お嬢さまの言葉に、犬とは思えない獰猛な叫びで応えたラブリは勢いよく走り出す。
このクエストはラブリがお嬢様の命令に従う形となり、【動物値】は活きない。
安易に従魔士に任せたのでは、苦戦必至のクエストだ。
さっそくラブリはその強烈なパワーで、メイを引きずり回しにいく。
「それではいってきます! 【バンビステップ】!」
猛烈な勢いで駆けるラブリと共に、走り出すメイ。
プレイヤーの選択を間違えると、この時点でめちゃくちゃに引きずられてしまうのだが、メイなら問題ないようだ。
だが当然、これだけでは終わらない。
商店の並ぶ街に入ったところで、牙をむくのは障害物たち。
「おわっと!」
行商人NPCが崩した木箱の山。
触れればバランスを崩し、最悪転倒に追い込まれる木箱と中身のオレンジが、辺り一面にこぼれ出した。
「よっ、はっ、それっ、【アクロバット】!」
しかしスカートの裾を軽く持ち上げたメイはオレンジを避け、転がる箱を側方宙返りで軽々飛び越える。
「大丈夫ですかー?」
しかも着地後に振り返り、行商人NPCに声をかける余裕ぶり。
「なんだあのメイド! すごいな!」
メイドが見せる華麗なアクションに、思わず興奮する通行人。
するとラブリはここで速度上昇、猛スピードで角を曲がる。
速度を下げられないこの状況では、壁に直撃してしまうという設計だ。
「【モンキークライム】!」
しかしメイはここで壁を蹴り上がって、衝突を回避。
「【アクロバット】!」
そのまま壁を蹴って空中回転、余裕の着地をしてみせた。
「すげー! エルダーブリテンってこんな面白いメイドがいるの!?」
巨大な猛犬と一緒に街を駆けめぐるメイド姿のメイは、思わずプレイヤーたちが立ち止まってしまうくらい目立っているようだ。
まだまだ巨犬は止まらない。
真っ直ぐに走るメイの先に現れたのは十字路。
そして右側から直進してくるのは、たくさんの積荷を乗せた荷馬車だ。
ここでの正解は『駆け抜ける』こと。
ラブリの横について駆け抜ければクリア可能だが、下手に止まろうとすれば止まり切らずに衝突してしまうという形だ。
「すとっぷ!」
よりによってメイが選んだのは停止。
ラブリはそのまま、荷馬車を横から突き飛ばしてやろうと気合を入れて――。
「ギャウウウウウウ――――ッ!?」
首が取れるのではないかというほど、強烈な力で首輪を引かれて急停止。
片手でリードを引くメイに力負けしてすっ転んだ。
「あぶなかったね」
事故を防げて安堵のメイは、地図を確認。
どうやら馬車との衝突が、往路最大の難関だったようだ。
店はもう目前。
「すみませーん、グレイシアさんのお家から来ましたー!」
だが、問題はここからだ。
店員が出てくるまでの時間、ラブリはその強靭なパワーでプレイヤーを振り回そうとする。
「あ、メイちゃんだ! メイド服可愛いーっ!」
通りを挟んだ向こう側の女性パーティが、メイを見つけて手を振る。
メイもこれに「ありがとうございますっ!」と、手をブンブン振って応える。
背後で死に物狂いで暴れるラブリになんて、まるで気づかない。
「なんだか、オシャレな街だなぁ……」
暴れ狂うラブリ。
しかしメイは一ミリも動かない。
紋様を描く石畳と並ぶ街路樹と魔法石灯をのんびり眺めていると、やがて店員が紙袋を持ってきた。
「おまたせしましたっ! お屋敷に帰りましょうっ!」
すでに諦め模様のラブリに笑顔で声をかける。
ここからは帰り道。
これまでの成績が良いと、ラブリはさらに速度を上げてくる。
【敏捷】と【腕力】だけではなく、場合によっては【ファイアウォール】のような攻撃魔法を駆使してでもラブリを止めなくてはならないという最後の難関だ。
「グルルルルァァァァ――ッ!!」
ラブリは今度こそメイを引きずり回してやろうと、気合の咆哮を、全速力で走り出す。
「【装備変更】っ!」
メイは頭装備を【鹿角】に変更。
難なく速度を合わせて、元来た道を軽快にひた走る。
最後の難クエストだが、悲鳴どころか楽しそうだ。
「メイドさーん!」
「はーい!」
ただただその速さに振り回されるように設計されている後半戦は、大した障害物もない。
プレイヤーたちからかけられる声に、メイは跳躍しながら笑顔で手を振るという余裕を見せつつお屋敷へ。
「ただ今戻りましたー!」
このクエストは、お屋敷に戻ってきた時点でラブリの『破壊』ポイントが一定以下の場合に達成となる。
「猛犬ラブリを連れて買い物を済ませるとは、どうやらなかなかやるようですね」
ぐったりと倒れ伏しているラブリを見て、メイド長は感心の息をつく。
「猛犬……? すっごく元気な良い子でしたよ! ねっ?」
死ぬほど暴れて疲れ切っている魔獣犬ラブリの肩を、ポンポンと叩くメイ。
「楽しかったね!」
どうやらメイには、ラブリが暴れ回ったという感触すらなかったようだ。
「ラブリを手懐けたっていうの!? このメイド……やるじゃない……っ!」
「お嬢さまにまで認められるとは……どうやら貴方たちを、メイドとして認めるしかないようですね」
完璧な仕事を見せたメイたちに、メイド長は驚きを隠すかのようにメガネの位置を直してみせる。
どうやらこれで、一通りの試験は終了したようだ。