作品タイトル不明
1116.聖女のお仕事
「それでは、まずは患者さんの治癒から向かおうと思いますっ」
聖女リーシャは気合を入れて、住居でもある教会のような建物を出る。
「ん?」
すぐにメイが、顔を上げる。
するとそこに、一頭の小さな白い竜が降りてきた。
「フルーネ!」
リーシャが手を上げると、その肩口に白竜がとまる。
「かわいいーっ!」
「あっ、気をつけてください! この子はとても警戒心が強くて、噛みつかれたり引っかかれたりしてしまいま――フルーネが警戒しないなんて、めずらしい」
「『警戒心が』の時点でもう懐いてたから、全部言い切る瞬間に次のセリフがつながってきたわね」
リーシャの表情が一瞬で変わって、レンはさすがに笑ってしまう。
本来は動物値が高ければ恐る恐る距離を縮めて、ようやく頭を撫でさせてもらえるくらいの相手だ。
「これが野生児の力か、おもしろい」
「こっ、これは野生ではありませんっ」
「ほう、ならばなんだというのだ?」
「闇の……動物愛」
「げほっ、ごほっ!」
もう『闇』とつける以外に思いつかなかったのだろうメイの回答に、スキアはむせながら顔を隠す。
「魔物に追われる私を助けてくれたフルーネは、傷を負っていたんです。それを治癒した時から、ずっと一緒にいます」
「そうなんだね」
「前に住んでいた町を、妖しい力を持つ者と不吉な竜と呼ばれて追い出された私たち……見つけて『ぜひ』と呼んでくれたのが町長さんなんです」
「リーシャさんにとって、フルーネさんは大変な時期を支えてくれた仲間なのですね」
「はいっ。だからこそ私たちを受け入れてくれたこの街の皆さんの、力になりたいんです!」
リーシャがそう言うと、肩のフルーネが小さく鳴く。
どうやら意思の疎通も、できているようだ。
「……っ」
聖女の素直な姿勢、そして横で「よかったねぇ」とうなずくメイという光景に、あやうく浄化されそうになるレン。
「今日のお仕事は、こちらですね」
たどり着いたのは、一軒の民家。
「失礼しますっ」
リーシャがドアを開くと、そこは広めのワンルーム。
「聖女様……来てくれたのか」
ベッドには、苦しそうにうめき声をあげている青年の姿。
リーシャは青年の前に立つと、さっそく二本の指を立て、そっと空中に印を描く。
そして胸元に手を乗せ祈ると、青年の頭上に現れたのは輝く透明な水滴。
「【アナクティシー】」
落ちて、美しい波紋を描く。
すると青年が、その目を見開いた。
「身体が、楽になった……」
「おおーっ! すごーい!」
聖女の使う力は見た目にも美しく、まさに奇跡だ。
「ゴホッゴホッ」
「病は取り去りましたが……しっかり回復するには、早く効く強壮のお薬が必要ですね」
力を使った聖女は疲労があるのか、その場にそっと腰を下ろした。
「それなら、ごほっ。道具はそろってる」
青年はそう言ってテーブルを指さすが、聖女は残念そうに首を振る。
「それが、魔法薬師さんが隣町に出てしまっていまして……」
「なるほど、ここでクエストがくるのね」
「ミッションのような展開だな、おもしろい」
「もしかして、調薬をしていただけるのですか?」
「ええ、やらせてもらうわ」
魔法石を使った火の器具は、アルコールランプのような形状をしている。
小型の台に銅製のカップが置かれていて、そこに素材を入れて火加減を調整するようだ。
それは理科実験室の機材で、実験をするかのような形式だ。
「では、よろしくお願いします」
聖女の言葉と共に、始まる調薬。
「制限時間?」
レンは始まったカウントダウンの意味を計りかねながら、レシピ通りに調薬を開始。
まずは白い粉末を小匙で必要な分量だけ取り出し、こぼさずカップに入れる。
【技量】に左右される細かな操作を、レンは問題なくクリア。
そこに指定量の専用液を注ぎ、火をつける。
ここからは【知力】を元にした魔力によって、火力の安定を図る必要がある。
ステータスが本人の技術を底上げしてくれる、調薬クエスト。
もちろん、これも安定だ。
「……この後、火を保ったまま次の溶液を入れろ。これが難所ね。スキアはいける?」
「ああ、問題ない」
そう言ってもう一つの調薬台に火をつけると、粉末を必要量だけ取り出して溶液を作る。
「できたぞ。これを混ぜればいいのだな」
「いい感じね」
スキアは完成した溶液を、レンのカップに混ぜて一つ息をつく。
「んっふふ。めずらしいねェ、緊張してるように見えたけど?」
「無様な姿は、見せられないからな」
レンとスキアの共同作業。
やってみて驚いたのは何より、レンの上手さだ。
しかしここで、恥ずかしい失敗をできないのがクールキャラの抱える問題点。
あくまで冷静なフリをしながら、どうにかやり遂げたのだった。
「さて、最後の【人魚の鱗の粉末】は……どっち?」
調薬の流れは、完璧だった。
しかしレンの視線の先には、同じような薄青色の粉が入ったそっくりな二つの瓶。
そして、貼られたラベルの文字が消えている。
「ここに来て二択は厳しくない?」
「そういうことなら、フルーネが判別できると思います!」
どうやらここは、フルーネに確認すれば、どちらのビンが正解なのかを教えてくれるようだ。
しかしフルーネは、警戒心が強い。
「なるほどな。ここで制限時間と距離の詰め方に、振り回されるというわけか」
早く教えてもらえれば、最後の調薬時間に余裕ができる。
しかし遅くなれば当然、間に合わない可能性も出てくる。
そして慌てて迫れば、フルーネは逃げてしまう。
走る緊張感に、スキアは息を飲む。しかし。
「フルーネちゃん、どっちがいいの!?」
「っ!?」
メイは一切の躊躇もなく、二つのビンを持ってフルーネのもとに駆け寄る。
普通に考えれば、この時点で逃げるか威嚇されて大きく時間をロスする流れだ。
これにはさすがにスキアとクルデリスが、目を見開く。
しかしフルーネは、驚くことすらない。
二つのビンに鼻を寄せ、すぐに正しい方を選択した。
「ありがとーっ!」
「これが、闇の動物愛か……」
時間を十分に残して選別に成功したメイは、瓶をレンにパス。
「助かったわ、これだけ時間があれば余裕ね!」
最後の粉末は、まず2杯。
溶液の色が変わってから3杯という、難易度高めの調整が求められる。
それでも時間的に余裕がある事で、レンはしっかりと落ち着いた状態でこれをクリア。
「できたわ!」
さっそくできた魔法薬を、飲ませる。
「……身体が、軽い」
すると青年は、すぐに完全回復を果たした。
「ありがとうございました! すごい、身体が自由に動きます!」
「無事でよかったです! 皆さんの助力が大きく活きました!」
「やったー!」
その効果に驚き、何度も感謝の声をあげる青年を見て、聖女はうれしそうに笑う。
「人助け。まさに聖女って感じのクエストだったわね」
「はい、やはり誰かを助けるというのは達成感があって良いですね」
「は、はひっ、良いクエストです」
満足そうにうなずくレン。
こうしてメイたちは見事に、最初のクエストを達成したのだった。