軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68 歌劇場

歌劇場のきらびやかなエントランス。

並んで中へ入っていく二人を、離れたところから追う二つの影。

「おいおい、良いねえ。良い感じだねえ」

瞳を輝かせるガウェイン・スタークに、レティシアはため息をつく。

どうしてこんなことになってしまったのか。

きっかけは、ノエルがガウェインに言った一言だった。

『今週末ですか? ルークと歌劇場に行く予定なんですけど』

この話にガウェインは興味を持った。

ただのデートなら特に関心もないが、これは明らかに特別なイベントである。

ルーク・ヴァルトシュタイン。

入団以来機械のように優秀で無表情だった後輩が、別人のように表情を変えるようになった理由。

学生時代からずっと片思いしてる想い人。

大切にしようとするあまり余計なことばかり考えて踏み出そうとしなかったあのへたれが、遂に一歩踏み出してデートに誘ったというのだ。

これはすさまじく興味深い。

魔法不適切使用取締局の局長から、闇取引を摘発する仕事の助っ人として歌劇場のチケットを手配されたところだったのも災いした。

折角仕事で歌劇場に行くなら、あいつらのデートを見物しよう。

そんなデリカシーの欠片もないガウェインの考えを知って、絶句したのはレティシアである。

うっかり見つかりでもすればもはやデートどころではない。

どんなにがんばって良い空気にしても、ガウェインとノエルはそういう甘い感じと最も遠いところにいる二人だ。

交わってしまえばもう取り返しはつかなくなってしまう。

(変なことにならないよう、私が止めないと)

自分がたきつけたデートでもある。

生真面目で責任感の強い性格ゆえ、使命感に駆られたレティシアは、ガウェインに同行を申し入れた。

結果二人は並んで後輩のデートを追跡している。

(どうして私がこんなことを……)

こめかみをおさえるレティシア。

「意外と良い感じだな、あいつら」

楽しげな声に、深く息を吐いて言う。

「普段からあんな感じですよ、あの二人は」

「なるほど。まったく意識されてないがゆえに距離が近い、と」

「悲しい現実を言葉にするのはやめてあげてください」

人込みに紛れ、二人の後を追う。

距離感の近いノエルに対し、普段通りの態度で接するルーク。

「絶対必死で取り繕ってるぜ、あれ」

面白くて仕方ないという様子で言うガウェイン。

やれやれ、と息を吐きつつ隣にいるその姿をレティシアは見上げる。

同期として王宮魔術師になって以来、優秀だった二人は何かと関わる機会が多かった。

ガウェインが 聖金(アダマンタイト) 級に昇格してからは 相棒(バディ) の関係。

周囲からそういう目で見られることも少なくない。

『わたしはお似合いだと思いますよ先輩!』

しかし、レティシアは知っているのだ。

面倒見が良く、部下たちに慕われているこの人が、奢りすぎて破産寸前までいったとんでもない甲斐性無しであることを。

色恋好きの同僚から言われるたびに、レティシアは思っている。

(たとえ他の男がすべて死滅したとしてもこの人は絶対無いな)

◇ ◇ ◇

テアトロ・アーデンフェルドには四種類の座席がある。

馬蹄形の劇場の中で最も値段の高い地上席に座ってルークは劇が始まるのを待った。

隣ではノエルが警戒中の野生動物みたいに周囲を見回している。

「むむ。あの人あやしそうな気がする。ああいう爽やかそうな人が意外と闇取引してたりみたいな」

意外と闇取引してそうってどういう状況だよ。

心の中で思いつつ、横目で彼女を見つめる。

どうやら、取締局の連中の言葉を気にして、お仕事モードに入っているらしい。

「オフなんだし、がんばらなくていいよ? 僕らの仕事じゃないし」

と言うと、

「そんなこと言って、自分一人でなんとかしようと思ってるでしょ。まったく、この人は」

とノエルは肩をすくめる。

「気づかってくれるのはうれしいけど、私のことも少しは頼りにしてよね。休みだろうと、力になるよ。ルークのためなら」

当たり前みたいに言うから、びっくりする。

もちろん、彼女は僕のことを友達としか見てなくて。

ただ恩人で親友というだけで、恋愛の対象とかそういうのではまったくないのかもしれないけれど。

それでも、――うれしい。

僕にとっては、仕事なんかよりノエルとの時間の方がずっと大事で。

だけど、ノエルがそう言ってくれるなら、仕事をするのも悪くないか。

公演が始まる。

竜殺しの英雄を描いた叙事詩を元にした四幕からなる楽劇。

世界の生成を表現した美しく力強いメインテーマ。

ファゴット、ホルンがひとつずつ重ねられていく。フルート、ピッコロ、オーボエ、コールアングレ、クラリネット、トランペット、トロンボーン、コントラバストロンボーン、コントラバスチューバ……四管編成の管楽器が奏でる壮大な序奏。

優雅で美しい弦楽器の旋律。

十六ずつ編成された第一バイオリンと第二バイオリンに、十二のヴィオラとチェロ、八のコントラバス。

王国を代表する名手の生み出す音の洪水。

ホールを反響する音。

聴き入る観衆。

煌びやかな橙色のシャンデリアと天井画。

六台のハープが幻想的な調べを響かせる中、ふと隣を見る。

彼女は口を開けて気持ちよさそうに眠っていた。

早い。

まだ主人公も出てきていない。

一度行ってみたかったという言葉は何だったのか。

(ほんと君らしい)

くすりと笑っていたら、小さな身体がこてりと寄りかかってきて、心臓が止まりそうになった。

肩に寄りかかる彼女の頭。

肘置きに置いた手の甲を長い髪がくすぐる。

押し戻した方がいいんだろうか。

いや、でももう少しだけ。

早鐘を打つ鼓動。

肩に触れる体温。

石けんの香り。

すぐ傍で聞こえる安らかな寝息。

ふと我に返って苦笑する。

(楽劇を見てないのは僕も同じか)

王国を代表する楽団の演奏は、本当に質が高い素晴らしいもので。

なのに、ただ寝てるだけの彼女の方が、自分にとってはずっと幸せをくれるのだから。

人の心って不思議だ。

このまま、時間が止まってくれたらいいのに。

美しい調べを聴きながら、彼女の寝息に耳を澄ませる。