軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

64 密偵

クラレス教国。

女神クラレスが遣わせたとされる聖女を中心とするこの国は、情報戦に長けた国として裏社会では知られていた。

知るはずのない遠隔地の情報をどの国よりも早く掴み、最善の行動を選択する。

それを可能としているのが、西方大陸中に派遣された密偵だ。

ライリー・グレアムもそんな密偵の一人だった。

十七の顔と名前を持つ彼は、麻薬密売組織への潜入任務を終え、人知れずアーデンフェルド王国に入国した。

目的は王国西部辺境で起きた飛竜種騒ぎの調査。

その詳細な情報を持ち帰ること。

任務を遂行するために西部辺境の町を訪れた彼は、飛竜種騒ぎについての情報を集め始めた。

まず手に入れたのは、飛竜種との戦闘に参加した冒険者たちの情報。

名簿を入手した彼は、そこに並ぶ一線級の冒険者たちの名前を興味深く見つめた。

(よく短期間でこれだけの面々を)

冒険者組合に優秀な人間がいるのだろう。

Sランクのライセンスを持つ者も三名。

その中には、王国西部最強の冒険者、レイヴン・アルバーンの姿もある。

怪物に対して、組合にできる最大級の警戒態勢。

しかし、問題は相手が飛竜種であることだった。

西方大陸最強の生物種。

山脈を消し飛ばし、都市を灰燼に帰すという人間の理を超えた存在。

少なく見積もっても脅威度10以上の災害指定。

その上、今回現れた飛竜種は狂化状態だったという話もある。

いくら優秀な冒険者たちとは言え、これだけの人数で撃退できる相手とは思えない。

そんな考えは、戦いが行われた森を調査してさらに強くなった。

(なんだ、これは……)

経験豊富なライリーでさえ絶句する常軌を逸した戦いの跡。

大地を裂いた大穴。えぐり取られた木々の残骸。

やはり、冒険者たちだけで対処できる相手だとは思えない。

(魔術砲火の跡……王宮魔術師団)

現場に残る痕跡から彼は推測する。

西部に遠征に出ていた王宮魔術師団が事態の収拾にあたったというのは事実だったのだろう。

規模を推測するに、おそらく対軍級の魔術砲火。

王国が誇る王宮魔術師。

選び抜かれた精鋭たちが数百人単位で戦闘に参加していたとすれば、飛竜種を撃退できたのもうなずける。

(王国は飛竜種の襲来を予期していた、か)

未来を見通していたかのような対応に感心しつつ、ライリーは戦闘に参加していた冒険者への聞き取りを開始した。

王国の冒険者資格と身分証は持っている。

ここ数年国を離れていたAランク冒険者に偽装して行動を開始した彼は、見事な手際で戦いに参加していた冒険者たちに近づいた。

「飛竜種騒ぎか。あれはやばかったよ。レイヴンさんがやられてからはもう、まるで歯が立たなくてさ。次元が違うっていうのはこういうことかって思い知った」

苦笑する冒険者の男に、

「レイヴン・アルバーンがやられた、って……」

ライリーは息を呑む。

「じゃあ、誰が飛竜種を?」

「王宮魔術師の嬢ちゃんだよ。いろいろ活躍してると噂のノエル・スプリングフィールドって魔法使いさ」

「あの、噂の……」

その王宮魔術師のことはライリーも王国を調査する中で知っていた。

入団してすぐに『緋薔薇の舞踏会』での暗殺未遂事件で活躍。

魔法薬研究班と『薄霧の森』での遠征でも成果を出し、歴代最速に迫るペースで昇格を重ねているという凄腕の魔法使い。

「その彼女が、参加した他の王宮魔術師と共に飛竜種を撃退した、と」

情報を整理しつつ言ったライリーに、冒険者の男は首を振った。

「どうもみんなそう勘違いしてるみたいだけどさ。事実は違うんだぜ」

「違う?」

「他の王宮魔術師が駆けつけたのは戦いが終わってからだ。彼女は一人で飛竜種を迎え撃った」

「一人……?」

言葉の意味がライリーはうまく捉えられない。

「一人であれだけの魔術砲火を放ち飛竜種を食い止めたと。そう言ってるのか?」

「それだけじゃねえ。周囲に被害が及ばないよう誘導し、撃退して竜の山に追い返した」

「冗談だろ。狂化状態の飛竜種だぞ」

「そう思いたいなら思えばいい。でも事実だ」

冒険者の男は言う。

「俺が知る魔法使いとはまるで次元が違う。あの嬢ちゃんは間違いなく歴史に名を残す偉大な存在になるよ。これから、もっといろいろあるだろうね」

ライリーは何も言えなかった。

狂化状態の飛竜種を一人で……。

そんなことが人間に可能なのか?

現場で目撃した対軍級の魔術砲火。

途方もない量の魔法陣の痕跡。

そのすべてを一人で行っていることになる。

ありえないと一蹴していいはずの可能性。

しかし、目の前の男が嘘を言っているようには思えない。

常軌を逸した魔力量と魔法式展開速度。

ライリーはそこにいた規格外の存在を想像し、息を呑んだ。

(メルクリウス様の予想は正しかった。とんでもない何かがこの国で動き始めている)