軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

57 訪問

空を覆う大きな影。

光を反射する美しい鱗。

大木のような手足に、剣先のように鋭い翼。

目の前に現れた、雄々しく幻想的な漆黒の巨竜。

玄関の扉を開けたらそこにあった、我が目を疑う光景に、どのくらいの間頭を抱えていただろう。

お、落ち着け。

冷静にひとつずつ状況を整理するんだ。

どうやら、このドラゴンさんは私に恩返しに来てくれたらしい。

昔話で時々見かけるパターンのやつだ。

動物や魔物が恩返しに何かしてくれる系統のお話。

問題は、ここが王都の真ん中だということだった。

ドラゴンさんは、家の前の空き地にすっぽり収まっている。

ちょうどよく降りられるところあってよかったなと思ってから、この状況における大問題に気づく。

……これ、事情を知らない人からすると王都崩壊の危機なのでは。

王宮魔術師団と王立騎士団が総動員で討伐に来る案件な気がする。

「あの! 恩返しに来てくれたのはうれしいんですけど、早く逃げないと」

見上げて言った私に、ドラゴンさんは首をかしげる。

――なぜだ? どうして逃げる必要がある。

頭の中に直接響く声。

極一部の魔物が使える念話という会話の方式。

「ドラゴンさんが現れたとなると、みんなパニックになっちゃうと思うので。王都を守ろうと攻撃してくる人もいると思いますし」

王国史に残る大事件確定である。

恩返しに来てくれた結果大規模戦闘とか、お互いにとって悲しすぎる!

必死になって言う私に、ドラゴンさんは落ち着いた様子で言った。

――問題ない。周囲に隠蔽魔法を張ってある。極めて近い距離でなければ我の姿は捉えられん。

「あ、そうなんですね」

たしかに、言われてみればこんなに大きなドラゴンさんがいるのに周囲では騒ぎになっている様子がない。

そもそも、姿が見えていればここに着く前の段階で見つかって戦闘始まってそうだしな。

飛竜種が目撃例の少ない伝説の生き物なのも、この隠蔽魔法ゆえのことなのだろう。

ほっとする私の耳に届いたのは、買い物袋が地面に落ちる音だった。

「………………へ?」

そこに立っていたのはお母さん。

ちょうど帰ってきたところだったのだろう。

隠蔽魔法が機能しない距離に入ってきてしまったのだ。

ドラゴンさんを見上げて凍りついたように立ち尽くす。

身体がふらふらと揺れ、立ちくらみを起こしたように崩れ落ちた。

「お母さん!?」

あわてて抱き留める。

ショックのあまり気絶してしまったらしい。

そりゃそうだよな。

買い物から帰ったら突然目の前にドラゴンがいたんだもの。

「ごめんね、驚かせちゃって」

申し訳ない気持ちになりつつ、お母さんを部屋の中へ抱えていく。

寝室のベッドに寝かせて、心拍数と呼吸に異常が無いことを確認。

念のため、回復魔法をかけてから、ドラゴンさんの元へ戻る。

降ってきたのは、戸惑った様子の声だった。

――すまない。怯えさせてしまっただろうか。

見上げる。

はるか頭上から見下ろすその目には、申し訳なさそうな色がある。

――なるべく驚かせないよう、人の世の文化に則って訪問したつもりだったのだが。

配慮してくれていたらしい。

たしかに、ドアベルを鳴らして玄関で待っててくれてたもんな。

結構良い人っぽいぞ、このドラゴンさん。

ドラゴンさんは肩を落とす。

大きな身体も心なしか小さく見える。

「いえいえ、そのお気持ちすごくありがたいです。来てくださってうれしいです」

ドラゴンさんは私を見て、大きな瞳をぱちぱちさせた。

――そうか? それなら良いのだが。

ほっとした様子で息を吐くドラゴンさん。

大木のような腕で、小さな笛を私に手渡した。

――これは迷宮に潜って取ってきた遺物だ。吹けば転移魔法陣が起動する『移送の呼び笛』。我を召喚できるよう設定してある。

魔晶石で作られた小さな銀色の笛。

その魔道具としての質の高さに私は絶句する。

現代の魔道具師が製作できるレベルをはるかに超えたそれはおそらく――特級遺物。

……いや、私のような駆け出し魔法使いが持っていいものでは絶対にないと思われるのですけど。

しかも、吹けばドラゴンさんを召喚できるってそんな簡単に呼び出せていいものじゃないんだよ!

現れた時点で王国史に残る大事件確定なんだよ!

ただ、それを言うとこの時点でもう王国史に残る大事件なんだけどね。うん……。

処理能力をはるかに超える状況。

白目を剥いて立ち尽くす私に、ドラゴンさんは言った。

――いつでも呼んでくれていい。我が其方の望みを叶えると約束する。

羽ばたき。

強烈な突風に目を閉じる。

見上げたときにはもう、巨竜の姿は消えていた。

隠蔽魔法の効果だろう。

誰に見られることもない、自由な空に戻ったのだ。

まるですべて夢だったんじゃないかと思うくらいにいつも通りの玄関前の景色。

しかし手の中の小さな呼び笛は、たしかにそれが現実だったことを示していた。

「なにやってんの、君」

やれやれ、と微笑んで近づいてきたのは親友。

どうやらたまたま出くわして、事の次第を見ていたらしい。

呆然と空を見上げて私は言った。

「私もわかんない……」