軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44 手帳の中の写真

『レティシアさん! 魔法の練習法を教えてもらえませんか!』

小さな新人魔法使いがそう言ってレティシアを見上げたのは、薄霧の森でゴブリンキングの変異種が討伐された翌日のことだった。

並の冒険者なら一生自慢しても許されるような大戦果。

王宮魔術師としても十分すぎるほどの大仕事をしたにもかかわらず、彼女の目に喜びの色はなかった。

もっと強くなりたい。

心の底からそう思っている。

そういう目。

トレーニングメニューやサプリメント。

知っている知識を伝えると、「知的でかっこいい……!」と弾んだ声で言う。

不思議な子だった。

食堂で大食いチャレンジメニューを当然のように完食したり、今や誰も読まない難解な古典魔導書ばかり読んでいたり。

自分の好きなものに向け、一直線に没頭し突き進む性格。

その分、周囲の視線には鈍感で、今や王宮中から注目される存在になっているのに、当人はその自覚がないらしい。

『みなさん、こんな私のことを本当にすごく評価してくれて。だから、私もがんばらないとって思うんです』

そういつも言っていた彼女。

だけど、今回はそこにもう一つ理由が加わっていた。

『昔みたいに、あいつと対等に競い合える私になりたいから』

ルーク・ヴァルトシュタイン。

歴代最速で昇格を重ねた天才の背中を、彼女は本気で追いかけようとしていた。

『あいつにだけは負けたくないんです。難しいことかもしれないけど、でもあきらめたら、もっと大切な何かも一緒に失っちゃう気がして』

いつも一生懸命で頑張り屋。

裏表がなく、誰にでも分け隔てなく接する彼女は隊のみんなにも好かれている。

「もう 青銅(ブロンズ) か……やべえな、ちびっ子新人」

「誰がちびっ子ですかっ!」

普通これだけの早さで出世すれば、嫉妬から同僚に嫌われることも多いが、彼女に関してはまったくない様子。

いつも彼女は人の輪の中にいる。

その姿は、追いかけている彼とはまったく違う。

王宮魔術師団に入団した頃の、ルーク・ヴァルトシュタインとは。

レティシアは思いだす。

あの頃、感情のない機械のように成果を積み上げ、誰よりも早く昇格を重ね続けた新人時代の彼のことを。

成果を上げることに極限まで最適化された機械。

それが、当時のルーク・ヴァルトシュタインに対して皆が共有していたイメージだった。

周囲との関わりを無駄だと遠ざけ、黙々と出世に繋がる仕事を見つけては傑出した成果を上げ続ける。

その姿は嫉妬を通り越して畏怖の対象だった。

睡眠をほとんど取らず、誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る。

休日だろうとそれは変わらない。

心配した上官が諫めても、状況は変わらなかった。

非番の日だろうと関係なく勝手に仕事をし、ただひたすらに成果を積み上げ続ける。

「いい加減にしなさい。貴方の身体が持たないわよ」

ある昼下がり。

呼びだして叱ったレティシアに、彼は目も合わさずに言った。

「身体なんてどうなってもいいんです。もっと大切なものがありますから」

自分の身体より大切なもの。

その言葉に、レティシアは嫌悪感を覚えた。

そこまでして、出世がしたいのか、と。

ヴァルトシュタイン公爵家の次期当主として結果が求められる立場なのはわかる。

名家の出身である彼に複雑な事情があるだろうことも、貴族家の娘であるレティシアは理解している。

しかし、だからと言って、偏執的なまでに名誉欲に取り憑かれた人間を好きにはなれない。

「好きにやらせとけばいいだろ。身体を壊したところで、もう大人なんだ。自分で責任を取ればいい。それに、痛い思いをしないとわからねえこともある」

放任主義な隊長の言葉ももっともだったが、自分には上官としての責任がある。

「何も食べてないでしょう、貴方」

嘆息しつつ、買ってきたパンを押しつける。

彼は驚いた様子で瞳を揺らしてから、

「……ありがとうございます」

と言った。

育ちが良いからだろうか。

意外と素直なところもあるらしい。

それから、レティシアは目を離せばすぐに食事を抜く彼に、食べ物を押しつける係になった。

言うことを聞かない自分勝手な猫に餌を与えているみたいな感じだ。

(理解できないわ。どうしてそこまでして出世したいのか)

演習場で手帳を拾ったのはそんなある日のことだった。

ヴァルトシュタインの家名が刺繍されているのを確認し、届けてあげようと拾い上げたレティシアは、不意に中から何かがこぼれ落ちたことに気づく。

魔動式の写真機で撮られた三枚の写真。

そこには、撮られていることに気づいていない小柄な少女が映っていた。

(妹さん……? いや、この感じは多分……)

もう何年も前から、ずっと持ち歩いているのだろう。

所々傷んだその写真。

なんとなく、彼が言う大切なものがわかった気がした。