軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

253 エピローグ

こうして、殿下の戦いは終わった。

悲しまないでくれ、とか言われたけどそんなの無理で。

無茶言うなバカ、と思いながら私は殿下を守るという仕事を果たせなかった悔しさを噛みしめていた。

やっぱり殿下は世界のことをあまり知らなかったんじゃないかと思った。

王国史上最高と称される頭脳を持っている天才なのに、自分を無力だと本気で思っていた。

人を自在に操れるくらいに心が読めたのに、自分に対する評価だけは全然見えてなかった。

器用なようで誰よりも不器用だった。

でも、そんなあり方が尊くて素敵だったとすべてが終わった今になって思う。

本音を言えば一人でゆっくりしたい気持ちだったけど、現実は足を止めることを許してくれなかった。

私は殿下を警護していた筆頭魔術師としての仕事に追われた。

帝国と王国の関係者に事情を説明したり、表に出す情報と出さない情報についての打ち合わせをしないといけなかった。

時間は慌ただしく過ぎていった。

人が死ぬって忙しいんだと知った。

でも、その忙しさが救いなのかもしれない。

目の前のことに追われている間に、悲しみも少しずつ癒えていく部分があると思うから。

ミカエル殿下は、国王陛下と宮廷の重臣、有力な高位貴族に向けて直筆の手紙を残していた。

そこには今回の自分の死が、未来においてたくさんの人々を救うために必要であったこと。

そのために、自ら望んでつかみ取ろうとしたものだったことが書かれていた。

悲しむべきものではないことが書かれていた。

けれど、言葉に反して王宮は悲しみに包まれた。

国王陛下は午後の職務に姿を見せられず、王妃殿下は三日間自室から出てこれなかった。

家族との関係は希薄なものだったといつか殿下は言っていた。

しかし、実情は違っていたのだろう。

王国中の人が彼を悼んでいた。

殿下が知ったら多分、驚くのだと思う。

そんなに悲しまれるなんて思ってなかった、と。

だけど、それは殿下に限ったことではないかもしれない。

もしかしたら、私たちは自分の価値を低く見積もる癖を持っているのかもしれない。

自分が死んで悲しんでくれる人なんて、そんなに多くないんじゃないかって思ってる。

それは多分、実際にそうだったら悲しいからこそしてしまう心の準備だ。

本当は思っているよりも多くの人が、自分が死んだことを知って惜しんでくれるものなのだろう。

通っているお店の店員さんや少しの間話しただけの人も悲しんでくれたりする。

気づいていないだけで、目に見えないささやかなつながりがたくさんあって。

切り離したくてもできない、不躾で優しい糸に絡まれながら私たちは生きているのかもしれない。

そうだったらいいな、と心から思う。

手紙には、 王の盾(キングズガード) の面々には何の非もないことが、事細かく詳細に書かれていた。

誰に政治的に攻撃されても問題にならないように。

そもそも攻撃するという考えに至らないように、王宮内と高位貴族間の力関係に細心の注意を払った形で作られていた。

同行していた 王の盾(キングズガード) の人たちは誰一人糾弾されたりはしなかった。

私は何のおとがめもなく、筆頭魔術師を続けることになった。

国王陛下からは感謝の言葉までもらった。

喜びは無かった。

悔しさがあった。

誰かに叱られたいくらいだった。

だけど、誰も叱ってくれる人はいなかった。

私はもう大人だから、わかってくれる人も慰めてくれる人もいなくて。

自分一人できちんと立ち直らないといけない。

一人の部屋で買ってきたピザを食べた。

パーティー用の大きなサイズを一人で食べながら、泣けるだけの涙を出して殿下を悼んだ。

初めてテイクアウトした王都のピザ屋さんは思っていたよりも美味しくて、次の日のお昼ごはんもそこで食べようと思った。

翌日の夜、私はルークとイリスちゃんをごはんに誘った。

「いっぱい食べていいよ。ルークが奢ってくれるから」

「全然いいよ。好きなだけ食べな」

簡単に言うルークに私は眉をつり上げる。

「待って。そこは嫌がるところでしょ。ルークに奢られるんじゃ気兼ねなくたくさん食べられないじゃん」

「知ってる。君ならそういうと思って言った」

「こいつ……!」

ルークを睨む私にイリスちゃんがくすりと笑う。

アーデンフェルド王都における大食いの聖地満腹食堂。

たくさん食べて心と身体の栄養を補給する。

山盛りを超えて山脈盛りの料理を食べる私に微笑むルークと、困惑した顔のイリスちゃん。

今回の一件でルークとイリスちゃんは、二百を超える仮面の戦士を倒して周辺国の中でもちょっとした話題になっていた。

親友と後輩の活躍はうれしいけれど、なんだか置いて行かれたみたいで少し寂しさもある。

そう言うと、「それはこっちの台詞だから」とあきれ顔で言われた。

(自己評価が低くなりがちな癖は私も一緒か)

誰かのことを思いだして小さく笑ってから、私は言う。

「そういえば、イリスちゃん今まで使ってなかった補助魔法使ってたよね」

「あ、はい。昔使ってた魔法なんですけど」

「あの魔法式、線が綺麗で伸びやかでいいなって思ったんだよね。戦いの途中だったのにちょっと見とれちゃったもん」

私は言う。

「私が補助魔法描くとあの良さは出せないんだよね。前の職場で地獄の納期を乗り越えるために身につけたものだから、速く描くことに特化してる分、細部の丁寧さでは足りない部分があるというか。私にはできないからこそ良い魔法に見えたよ。眩しかった」

イリスちゃんは目を見開いた。

瞳が揺れた。

涙ぐんでるみたいに少しだけ目を細めた。

「ありがとうございます」

小さな声で言った。

ごはんを食べ終えてから、夜道を三人で歩いた。

いろいろなことを話した。

唐突に抱きついた私に、イリスちゃんは嫌そうな、でも少しだけ嬉しそうな顔をした。

石畳の路面に三つの影が並んでいた。

イリスちゃんを家まで送った後は、ルークと二人で歩いた。

いろいろなことを話した。

離れていた分、話したいことはたくさんあって。

あいつは私の話を楽しそうに聞いてくれた。

冗談で笑ってくれるところが好きだなぁ、と思った。

面白いと思ってくれることがうれしかった。

心地良い夜の風が髪をさらっていく。

「ミカエル殿下はどういう人だった?」

隣でルークが言った。

「どういう人、か」

少しの間考えてから答える。

「簡単に言うのはちょっと難しいかも」

私はルークに自分が見てきた殿下のことを話した。

心がない悪魔だと自分のことを言うくらい露悪的で。

天才と称される裏側で誰よりも無力だと感じていた。

何でもわかっているみたいな顔をして、自分が誰かにとってかけがえのない存在であることを全然わかっていなかった。

「そんな人だなんて思わなかったな。嫌になるくらい完璧に見えたのに」

ルークは零すみたいに言った。

「ルークはちょっとライバルみたいに見てたところあったよね」

「ちょっとじゃないよ。ずっと意識してた。父に殿下みたいになれと言われてたしね」

「そうだったんだ」

「一度くらいは勝ちたかったんだけどね。勝ち逃げされたな」

「そんなことないよ。ルークがいなかったらたくさんの人が死んでいたし、私だって生きて帰れなかった。殿下がみんなとちゃんとお別れすることもできなかった。ルークの勝ちだと言ってもいいくらいだと思うよ」

「でも、一番大事なところを持って行かれたし」

「一番大事なところ?」

「ノエルを護られた」

口を尖らせるルークに私は思わず笑ってしまう。

「あんたって本当に」

そこまで言って言葉を止めた。

ルークが首をかしげて言う。

「本当に、なに?」

「なんでもない」

心の内を悟られないように、短く言葉を返す。

大切に思ってくれてるのを感じてうれしかった。

だけどそれ以上に、出そうになった言葉に顔が熱くなった。

『本当に私のこと好きだよねぇ』

なんてことを言いそうになっているのか。

こめかみに手を当てて、頭を冷やす。

心臓がいつもよりうるさく鳴っていた。

取り繕うみたいに当たり障りのない世間話をしていた。

不意に、聞きたいことが浮かんだ。

「ねえ、私たちって何のために生きてるって思う?」

私の言葉に、ルークは意外そうな顔をした。

「急に哲学的だね」

「そう?」

「うん。だって、さっきまであんドーナツには世界を統べるポテンシャルがあるとかよくわからないことを言っていたのに」

「だって、甘くて美味しいあんこ入りの揚げ物なんだよ。私の中で二大最強ジャンルである甘いものと揚げ物の両取り。下手すると他のお菓子たちに卑怯って言われるくらいこれは革命的なことなの」

「他のお菓子たちに卑怯って言われるんだ」

くすりと笑うルークに私は言う。

「それはもう猛反発だよ。特におまんじゅうは強硬に抗議してると思う。同じあんこジャンルだからね」

「お菓子の世界にもいろいろあるんだね」

「なかなか複雑なんだよ。って、そうじゃなくて今は何のために生きてるかって話」

私は言う。

「私は魔法のために生きてるって思ってたんだ。そう考えると胸がわくわくしてくるの。みんなができてるあれができないみたいな小さい悩みが消えて、これでいいんだって思える」

「かっこいいと思うよ」

「ありがと。でも、もう一つ理由があるかもしれないって思ったんだ」

「どういう理由?」

ルークの問いかけに、私は答える。

「生きていてよかったって心から思える瞬間に出会うため」

私は隣を歩くルークに目を細める。

「今話しててすっごく楽しいの。夜の風が気持ち良くて、お腹いっぱいで頭の中が幸せで」

私は言う。

「ああ、生きていてよかったなって。そんな風に思ったんだ」

ルークは一度大きくまばたきして。

それから、口元を緩めて視線を落とした。

「今、僕も思ったよ」

「何を?」

「生きていてよかったなって」

サファイアブルーの瞳。

月明かりに照らされたやわらかい微笑み。

私は少し驚いて。

それから、「うん」と言って夜空を見上げた。

ルークの言葉には、多分私が思っているよりも多くのものが込められていて。

その奥にある余白を私は完全に知ることはできない。

だけど、それでいいんだと思った。

きらめく星はなんだかいつもより綺麗に見えて。

こういう瞬間が少しでも多くあるといいな、と思った。

二週間後、私は緊急で開かれた国際会議に参加することになった。

絶大な力を持ち、世界の秩序を根幹から覆しかねない存在――【竜帝】から世界を守るために、ミカエル殿下が構想したものだった。

ミカエル殿下は最後の手紙にその詳細なアイデアを書き残していた。

帝国に供与した魔法武器を使った防衛案。

(このために魔法武器の供与を行ってたんだ)

すべてが計算通りだったわけではないだろう。

だけど少なくとも、可能性のひとつとして想定していたことは間違いない。

本当に世界を良い方向に進めるために動いていた。

(そんな人だとは思ってなかったな)

うさんくさくて自分勝手な人だと思ってたのに。

人の心はわからない。

殿下は手紙に連絡すべき諸外国の関係者について書き残していた。

国王陛下の指示によって、素早く連絡と招集が行われた。

国別対抗戦で出会った人たちが多く参加していた。

アーデンフェルド王国からは七人の隊長が全員参加していた。

七番隊の副隊長は空席のままで、副隊長補佐としてミーシャ先輩が出席していた。

表舞台には滅多に姿を見せないことで知られる王宮魔術師団総長であるクロノスさんが現れて、会場は驚きに包まれた。

「【竜帝】が目覚めたことで、禁域に棲息する飛竜種の活動が活発化する可能性がある。もし彼らが【竜帝】を中心として人類に対して反旗を翻したとしたら――」

帝国で宰相を務める男性は言った。

「帝国だけじゃない。文明社会すべてが滅ぶ可能性がある。それだけの力が【竜帝】にはある」

各国で協力して【竜帝】による文明世界の終焉を防ぐための合同チーム――【対竜連合機構】が結成された。

すべてはミカエル殿下が残した手紙に書かれていた通りに進んだ。

私は 王の盾(キングズガード) の筆頭魔術師をサヴァレンさんに譲り、【対竜連合機構】のある役職に専任で就くことになった。

(いったい何の役職なんだろう)

固唾を呑んで待っていた私に、帝国宰相は言った。

「ミカエル殿下の手紙に書かれている通りに準備を進めましょう。最も重要となるのはノエル・スプリングフィールドさんです。彼女には【対竜連合機構】の中心となる重要な役職――」

真っ直ぐな目で私を見つめて続けた。

「――《竜の花嫁》を任せたいと考えています」

私は顔を上げた。

帝国宰相さんは真剣な顔で私を見ていた。

しばしの間周囲を見回す。

会議に参加している人たちの視線が注がれている。

私は虚空を見上げた。

(花嫁ってなんだ……)

思いながら、頭をよぎったのはいたずらっぽく笑う横顔。

揺れる金糸の髪。

ミカエル殿下はこの未来を予想して、くすくすと笑っていたに違いない。

(ここからは私の仕事、か)

殿下が身を挺して救ってくれた命。

託してくれた未来。

遺志を引き継いで、より良い未来が掴めるように進むのが私のするべきこと。

(やってやりましょう。【竜帝】を再封印して世界の安全を守る)

覚悟を決めてうなずく。

吹き抜ける風には、ここにいない誰かの笑う気配が含まれている気がした。