軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

246 天秤の反対側に載っているもの

「いいんですか? そんな挑発なんかして」

イリスの言葉に、ルークは反応が無くなった魔導式の通信機を振る。

「いいんだよ。こっちは散々な目に遭わされてる。これくらいやらないと割に合わない」

「気持ちはわかりますけど、この状況ですることですか」

イリスはあきれ顔で言う。

「起爆装置がある部屋に閉じこもって、かろうじて敵の攻撃を耐え凌いでる状況なのに」

ルークが計画の全貌に気づいたのは、別館で結晶片を見つけた直後のことだった。

異常なまでに少ない屋敷内の人員。

動員できるはずの者たちがここにいないのはなぜなのか。

ルークはそれまで収集していた情報と照らし合わせ、違和感の理由を探った。

王宮魔術師団に入ってから誰よりも多くの事件に向き合ってきた経験。

莫大な量の蓄積は、記憶に欠落があったとしても失われていない。

頭で覚えていなくても身体が覚えている。

パターン認識と無意識による直観。

人生のすべてを捧げて進み続けた時間が背骨となって彼を支えている。

かすかな違和感を辿ったルークは、独力で計画の全容にたどり着いた。

「ここまで凌げてるのがはっきり言って奇跡ですからね。バカみたいに数が多いですし、一人一人も強い。持ってる武器も異常な出力して――」

ソファーと机を積み上げて作ったバリケードで抑えた扉。

かすかな隙間から光の線が閃く。

瞬間、ミキサーの中にいるような振動がルークとイリスを襲った。

天上から小さな砂粒が落ちて、ぱらぱらと音を立てる。

「なんなんですか、あの武器」

「殿下が秘密裏に製造して帝国に供給したものだ。知ってるだろ」

「それは知ってますけど、いざ使われてみるとどう考えてもおかしい出力してるというか」

イリスは苦々しげな顔で続ける。

「あんな武器作って敵に渡して。殿下は何をしてるんですか。意味わかんないんですけど」

「不敬罪だぞ」

「文句言う権利くらいあるでしょう。これだけ大変な思いをさせられてるんですから」

「そこは同意見だ」

苦笑するルークに、イリスは言う。

「この部屋を守っている魔法障壁発生装置も殿下が密輸したものですよね」

「ああ。おかげで数でも力でも勝る相手の攻撃を凌ぐことができている」

「それだって隊長と私が奇襲をかけて、この部屋にいた八人をボコボコにしたから逆用できてるだけじゃないですか。武器を密輸した結果、敵の戦力を強くしてしまってる。何がしたいのか意味不明です。ほんとに天才なんですか、あれ」

「好きなだけ悪口言っていいぞ。黙っておいてやる」

「バカ王子。間抜け。死ね」

ストレートな言葉に苦笑するルークに、イリスは視線を向けた。

「でも、意外でした。街に仕掛けられた結晶片よりも、ルーク隊長はノエル副隊長のところに駆けつけることを優先すると思ってたので」

「あの魔素濃度を見ただろ。結晶片がこれだけあれば、少なく見積もっても都市の八割は灰になる。貴族階級を除けば生き残れる人はほとんどいない」

「だとしても、隊長はノエル副隊長の方が大事だと思ってるじゃないですか」

「お前、僕をなんだと思ってるんだ」

「世界の全人類よりも一人を選ぶ類いの狂気的でやばいやつです」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

ルークは肩をすくめる。

イリスは言った。

「どうして街の爆破を止める方を選んだんですか」

「どうでもいいだろ。そんなこと」

「知りたいです。ルーク隊長が敵に精神をいじられておかしくなっている可能性もあります。安心して背中を預けられません」

「お前ね」

「あるいは、かわいすぎる私に心を揺さぶられていたりするんでしょうか。ごめんなさい。今世では無理なので来世でがんばってください」

「…………」

ルークは感情のない目でイリスを見てから言った。

「わかった。言えばいいんだろ」

深く息を吐いてから続ける。

「単純な話だ。天秤の反対側に載っているものがあまりにも大きすぎた。これで僕がノエルの方を選んでたくさんの人が死んだら、間違いなくあいつは悲しむ。それはもう、目も当てられないくらいに」

「ノエル先輩ってそういう悲劇に立ち会ったことないんですか?」

「ここまでのものはないよ。王宮魔術師団に入ってまだそれほど長く経ってないから」

「それは、悲しむでしょうね。そのあたりの感性に蓋をしてない人ですし」

遠い目で言うイリスに、ルークは言う。

「あいつならいずれは立ち直るだろうけどな。でも、しばらくは落ち込む。時々思いだして、眠れない夜に泣いたりする。そういうの嫌なんだよ」

「だけど、ノエル先輩の身にも危険が迫ってますよ。通信のタイミングを見るに、向こうは相手の想定通りに進んでいるみたいですし」

「正直に言えば、何も考えずに駆けつけたいというのが本音ではある。ただ、僕の理性的な部分がこの状況だとここを守るのが最善だって言ってる」

「ノエル先輩は大丈夫だと?」

「勝つよ。あの二人なら」

声には少し切なげな気配が混じっていた。

「随分評価してるんですね」

観察するように見つめて言うイリス。

建物が激しく振動し、魔導灯の照明が激しく点滅した。

「まあ、数でも力でも武器でも負けてるんで、そもそも私たちがここから生きて帰れるかも怪しい感じはあるんですけど。これ仕掛けてた罠全部突破されてますよね」

「そうだろうな」

「罠で妨害して戦力を削いでいたから耐えられてたんです。罠なしじゃここ、持ちません」

「そうなるな」

「なに落ち着いて言ってるんですか。このままじゃ私たち負けちゃうんですよ」

焦った声で言うイリスに、ルークは言った。

「お前、魔法罠は全部僕の指示通り仕掛けたよな」

「仕掛けましたよ。効率的じゃない配置してたり、意図がわからないものもありましたけど。そこは経験が浅い私より隊長の判断の方が正しいだろうって」

「それでいい」

ルークは言う。

壁に背中を預けて目を閉じ、近づいてくる足音に耳を澄ませる。

「僕は今日まで連中のことをずっと研究してきた。同じ相手に二度負けるなんてありえないからな。純粋な力で勝てない相手を倒せるように準備をしてきた。弱点と行動パターンは頭に入ってる。どこにどれだけの電流を流せばどういう反応になるのか。勝つために何をしないといけないかわかってる」

ルークは言う。

「この扉の向こうにある空間は意図的に狭く作られている。侵入者を迎撃しやすくするためだろう。そして、お前が得意とする水魔法の罠。妨害を受け、罠を解除しようと動いていれば服と身体が濡れることは避けられない」

「でも、敵は私たちアーデンフェルドの魔術師への対策もしてきてます。濡れることで電撃が効果的になるとはいえ、装備の魔法耐性を突破するのは容易なことじゃない。何人かは倒せても、すぐに限界が来る」

「純粋な僕の魔法だけならな」

ルークは言う。

「だが、ここには異常な魔素量を含んだ結晶がある」

「まさか――」

建物が激しく振動したのはそのときだった。

経験したことがないほど強烈な魔力の気配。

電撃魔法とそれに反応して爆発する結晶片。

ルークの手元では、小さな魔法式が瞬いていた。

「この魔法式であの出力だ」

「私が魔法罠を準備している間に仕掛けていたんですか」

「結晶片は建物中に仕掛けてある。隠蔽魔法で魔力を探知できないようにしているから魔法技術で劣る連中には見つけられない」

静かに口角を上げて言った。

「百人来ようが千人来ようが同じことだ。ここからは一歩も通さない」