軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

228 厳しい環境は望むところ

王の盾(キングズガード) に異動することが決まったのはその日の午後のことだった。

自分の意思を伝えた私に、アーネストさんは痛むみたいにこめかみをおさえた。

「本当に、どこまで見えているのか」

「どうかしたんですか?」

戸惑う私に、アーネストさんは言う。

「君と話を終えてすぐに殿下が訪ねてきた。今後の予定を話した後にこう言った。『この後ノエル・スプリングフィールドが 王の盾(キングズガード) に異動する辞令を受けると伝えに来る。そのときは彼女にこう伝えてくれ』と」

アーネストさんは低い声で続ける。

「『私はこれから迎賓館で帝国の大使に会う。君の 王の盾(キングズガード) としての初仕事だ。これから起きる事態に備えて迎賓館の警護をしてほしい』」

「いや、私は七番隊の仕事もありますし、引き継ぎとかもあるんですけど」

「君はそう言うだろうと言っていた。それに対して『来なければ、君にさっき言ったことが最悪の形で実現するからそのつもりで』と」

「最悪の形……」

その言葉がいったい具体的に何を示しているのか私にはわからない。

でも、ろくでもないことが起きそうな予感がするのは間違いなかった。

強く記憶に焼き付いた言葉。

「私の選択が正しければ、アーデンフェルドは大陸を支配する覇権国家になるだろう。だが一歩間違えれば、この国は地図上から消えることになるかもしれない』

『大切な人たちを守りたければぜひついておいで。これは内緒の話だけど――』

『私は、何も感じないんだ。たくさんの人が傷ついても、死んだとしても』

「すみません! 失礼します!」

私はアーネストさんに頭を下げて、執務室の扉に向けて絨毯を蹴った。

王宮魔術師団における事実上の最高責任者の執務室を飛び出して、《 固有時間加速(スペルブースト) 》で王宮の廊下を走る。

社会人としてよくないことをしてるのは自覚していたけど、今はそれどころじゃないと私の心が叫んでいた。

向かったのは七番隊の隊長執務室。

「ごめん、ルーク! 殿下から迎賓館に来るように言われた。今すぐ行かないといけない」

扉を開けて、顔だけ部屋の中に入れて言う。

資料を読んでいたルークは驚いた顔で私を見てから、真剣な顔でうなずく。

「後はなんとかする。気にせず行っておいで」

「ありがと!」

王宮魔術師団本部から出たところで、馬車の御者さんに声をかけられる。

誰かを待っていたみたいだけど、今は応対している余裕は無い。

「すみません! 他の人に聞いて下さい!」

迎賓館までは王宮から馬車で三十分くらい。

しかし、市街地を走る馬車は時間がかかるので、走ればもっと早く着くことができる。

《 固有時間加速(スペルブースト) 》も使えるだけ使って、魔力と体力を同時に持って行かれる苦行に耐えること体感時間で二十分、実際の時間で七分。

汗だくでふらふらの状態で、私は迎賓館に到着した。

「あ、あのミカエル殿下に言われてきたんですけど」

怪訝な目をしている門番さんに王宮魔術師団の金時計を見せる。

「ああ、例の」

うなずいてから門番さんは行った。

「話は伺っております。どうぞ中へ」

重たい身体を引きずりながら、季節の花が揺れる庭園を歩く。

刈り揃えられた芝生が太陽の光を反射する。

重たい身体を引きずりながら、私は自分の判断ミスに気づいていた。

あまりにも焦って急ぎすぎた。

戦わないといけないかもしれないというのに。

(とにかく、歩きながら体力を回復して)

衛兵さんに金時計を見せて本館の中へ。

赤い絨毯が敷かれたエントランスで、金糸の髪のその人は私を見つけて目を細めた。

「すごいね。まさかこんなに早く来るとは」

「貴方がそう仕向けたんでしょうが」

思わず綺麗じゃない言葉が出てしまう。

警護の騎士さんが殺意に満ちた目で見てきて、私はびくっとなる。

「にしても、ここまで早いのは想定外だよ。馬車の速度を考えるとどんなに速くてもあと二十分はかかると思っていたが」

「馬車?」

言ってから、不意に思いだす。

王宮魔術師団本部の前で誰かを待っていた御者さんの存在。

「もしかして、あの馬車って私のために?」

「馬車を使わずに来たのか。どうりで」

「仕方ないじゃないですか。一分一秒を争う事態だと思ってましたし」

もしあの馬車が私のために手配されたものだとわかっていたとしても、私は走ってくることを選択しただろう。

そうしないときっと後悔するって私の心が言っていたから。

「で、何があるんですか」

「何とは」

「最悪の状況を招くかもしれない。そういう何かがあるんでしょう」

私の言葉に殿下は口角を上げた。

「何もないよ」

「え?」

「君に早く来て欲しくてさ。それだけ」

形の良い目がにっこりと細められた。

「今日は何も起きないよ。びっくりした?」

(ムカつくムカつくムカつくムカつく)

迎賓館の片隅で、私は手帳に呪詛の文字を書き続けていた。

活躍している魔術師さんが本に書いていたメンタルを安定させる方法。

不満や悪口を全部文字に書くストレス発散法。

汗だくの身体は時間が経てば経つほどさらなる怒りを私に供給してくれたけど、しばらくするとそれも少しずつ収まってきた。

「熱心ですね」

声をかけられて顔を上げた。

刻まれた皺と白髪交じりの黒髪。

その人の名前を私は知っていた。

三十年以上のキャリアを重ねている 聖金(アダマンタイト) 級魔術師。

そのうち二十年を 王の盾(キングズガード) で過ごし、精鋭揃いの集団の中で王室から強い信頼を集め、筆頭魔術師を務めていた凄腕。

私の異動によって、筆頭魔術師から外れることになる人

「話すのは初めてでしたよね。サヴァレン・ヘイスティングスです」

「ノエル・スプリングフィールドです。よろしくお願いします」

少しだけ気まずいものを感じつつ、丁寧に頭を下げる。

「わからないことばかりなので、ぜひ勉強させていただければと」

サヴァレンさんは小さく首を振って目を細めた。

「いえいえ、私の方こそ勉強させていただきたいと思っていますよ。若い才能から学ぶことはたくさんありますから。 王の盾(キングズガード) には特有の規則などもありますが、筆頭魔術師補佐として誠心誠意サポートさせていただきます」

「サヴァレンさんがサポートしてくださるんですね。心強いです」

素直にありがたいという気持ちもあったけど、やっぱり申し訳ないという気持ちもあった。

前任の筆頭魔術師だったサヴァレンさんからすると今回の人事は降格以外の何物でも無い。

それも仕えている王子殿下直々の意向なのだ。

それで私のような小娘の下に就くというのは、形式上のことだとしても嫌な感覚があるのは間違いない。

(正直、三十歳以上年上の部下ってものすごく気まずいし)

お母さんより年上の相手に指示とかできる気がしないし、命令なんてとんでもないという感じ。

(とりあえず部下とか考えず普通に先輩のつもりで接しよう)

王の盾(キングズガード) は四十五人の魔術師と百二十六人の騎士で組織されている。

主な仕事は王室関係者の警護。

この迎賓館での会談は重要度の高いイベントとして認識されていて、今王子殿下には八人の魔術師と十四人の騎士が同行しているとのこと。

「途中で責任者が替わると指揮系統に乱れが出る可能性があります。今日は私が指示を出します」

「助かります。お願いします」

サヴァレンさんに頭を下げる。

わからないことばかりだし、前任者のお仕事が見えるのはありがたい。

元々来る予定ではなかったし、警備の頭数は足りている様子。

(見れば見るほどできる大人の先輩ばっかり……)

王宮魔術師団で言えば席官クラスの精鋭が選抜されているので当然のことではあるのだけど。

何より、私を緊張させていたのは先輩たちの多くが四十歳近いベテランの魔術師さんだったことだ。

王室関係者の警護という最重要の仕事を任せる相手として、長い時間働いてきた経験と信頼が評価されているからだろう。

あるいは、年齢を重ねている魔術師さんの方が、間者の潜入や裏切りのリスクも低いという判断かもしれない。

(やっぱり指示とかできる気がしない……)

いったいどうすれば、としばしの間悩んでから要領よく立ち回るなんて私には元々できないか、と気づく。

(正々堂々正面から、誠実に)

余計なことは考えず、人として大事だと思うことをする。

まずは顔と名前を覚えるところから。

同行している八人の魔術師さんに一人ずつ挨拶をしていく。

みなさん人間ができた素敵な人ばかりだった。

王宮魔術師団内よりも、対人関係における振る舞いが上手な人が多い印象なのは、警護する中で他国の要人に接することも多い仕事だからなのだろう。

これならやっていけそう、と思いつつ七人目の魔術師さんに挨拶をしようと探していたそのときだった。

階下から聞こえた話し声に、私は足を止めた。

「許せねえよ。サヴァレンさんが降格って」

「しかも、後任があんな小娘なんて」

囁くような声でのやりとりは、私が風属性の魔術師じゃなければ聞き取れなかったはずだ。

大人らしい建て前と本音。

綺麗に取り繕われた外面と裏の顔。

わからない、と思う。

他の人たちも同じようなことを思っているのかもしれない。

見つからないように階段の奥に後ずさりながら、自分が一人だと強く感じた。

いつも隣にルークがいた。

ガウェインさんとレティシアさんが守ってくれた。

七番隊の副隊長になったときもミーシャ先輩が支えてくれたし、教国に単身乗り込んだときもニーナが力になってくれた。

(落ち着け)

目を閉じる。

深く息を吐く。

状況を整理する。

王子殿下の独断で私は筆頭魔術師になったのだ。

経験豊富なサヴァレンさんを降格させる形で。

そう考えると、一緒に働いていた人たちから不満の声があがるのは当然のこと。

だからといって私が悪いというわけではない。

そう仕向けたのは王子殿下だし、その意味で悪いのは百億パーセントミカエル殿下だ。

彼らには不満を口にする権利がある。

私には、彼らの言葉を気にしない権利が――この状況を力に変える権利がある。

一人になったからこそ、傍にいてくれた人のありがたみがわかる。

陰口を言われたからこそ、負けないぞって気持ちになれる。

苦みも痛みも生きている中で必ずつきまとうもの。

全部を力に変えて、進まないと。

厳しい環境はむしろ望むところ。

私は世界一の魔術師を目指してるのだから。

階段を降りて、陰口を言っていた二人に向き合う。

余計な感情が出ないように注意しつつ、心からの親愛を込めて頭を下げる。

「ノエル・スプリングフィールドです。今日からよろしくお願いします」