軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

199 小川を清掃するお仕事

「いいんですか? 力仕事ですし、すごく大変ですよ」

私の言葉に、受付のお姉さんは戸惑った様子で言った。

「大丈夫です。私、結構力仕事得意なんで」

小さい頃から野山を駆けまわっていじめっ子をしばき倒したりしていたので、身体能力には自信がある私だ。

その手の力仕事は魔道具師ギルドでも多くあったし、男性にだって全然負けてない自信がある。

「でも、報酬も少ないですし……ここだけの話、割に合わないと途中で依頼を投げ出してしまう人も多いんです。そうなると、依頼者もなおさら落胆させてしまうのでこちらとしてはできるだけ避けたくて」

受付の女性は言う。

「本当にいいんですか?」

なかなか大変な仕事らしい。

しかし、私にはルークを助けだすというどんな手を使っても絶対に達成したい目的がある。

「受けさせてください。お願いします」

「わかりました。では、こうしましょう。今日はお試しで四分の一だけ。やってみてできそうなら残りもお願いします」

どうやら、途中で投げ出すのではないかと思われている様子。

何を失礼な、と思ったけれど魔道具師ギルドでも来なくなる新人さんは本当に多かったし、ギルドを運営する側はそのせいで起きるトラブルを何度も経験しているのだろう。

今、ここにいる私をこの人たちは何一つ知らない。

私は新しい土地で一から、信頼を勝ち取っていかないといけない。

「わかりました。その形でお願いします」

依頼書のうつしと依頼場所の地図を受け取る。

知らない土地で目的地にたどり着くのはなかなかに大変だった。

途中何度も間違えたり引き返したりしながら、私は依頼場所である汚れた小川にたどり着いた。

(これは……たしかに汚い……)

石造りの橋の下を流れるその小川は、住宅街の奥にあった。

人目につきづらいからか、不要になったものがたくさん投げ捨てられている。

錆びた自転車、割れた木箱、変色したソファー、破砕した荷車の部品の一部、酒瓶、脚が折れた椅子……流れる濁った水には油が浮かび、黒ずんだ魚がひっくり返って浮いている。

(とりあえず、長靴と手袋と汚れてもいい服。あと、ゴミを運ぶ荷車と木箱を借りて、と)

お店を探して、必要なものを調達する。

着替えを済ませ、荷車をひいて小川に戻ると、見覚えのあるおじいさんが橋の上から川底を見ていた。

声をかけようかと思ったけど、その前に歩きだしてしまったので何もせずに見送ることにする。

「さて、一仕事始めますか」

長靴を履いて、小川に入る。

ぬめぬめとした感触。苔か藻みたいなものが底に張り付いているのだろうか。

臭いはそこまでないのが私にとっては幸運だった。

まずは小さいゴミを拾い集めるところから。

《 固有時間加速(スペルブースト) 》を使って手早くゴミをかき集めて、木箱に入れていく。

始める前は億劫なことでも、やり始めると楽しくなってくるのが人間の不思議なところ。

何も考えずにできる単純作業は、悩みや不安からずっと遠い場所にある。

少しずつ周囲から小さなゴミがなくなってくると、作業はさらにやりがいのあるものになっていった。

進んでいる感覚が元気と意欲をくれる。

(この調子でさらに、大きいゴミも。あと、こびりついた汚れも風の刃で削り落としちゃって)

やりたいことがどんどんと出てくる。

人の心って不思議だ。これは思っていたよりも楽しいかもしれない。

どれくらい時間が経ったのだろうか。

長かったような気がするし、短かったような気もする。

(《 固有時間加速(スペルブースト) 》を使うと、そのあたりの時間感覚がわからなくなるんだよな)

汚さないよう外していた時計を見る。

今日買ったばかりの安価な腕時計によると、私は五時間ほど作業をしていたらしい。

時間はかかったけど、一通りやりたい作業はすべて終えることができた。

やりきった充実感を感じつつ、汗を拭う。

「こ、これは……君がやったのかね!」

頭上から聞こえたのは、依頼者であるおじいさんの声だった。

驚いた様子で橋の上から私を見下ろしている。

「そうですけど」

「信じられない……さっき見たときとはまるで別ものじゃないか……」

呆然とした顔で荷車に積み上げた大量の投棄物を見つめるおじいさん。

「いったいどうすればこんなことが……」

「普通に掃除しただけですから」

驚いている反応がうれしい。

がんばってよかったなと思いつつ、川辺の道に上がる。

「この山盛りの投棄物、捨てたいんですけど、近くに捨てられる場所ってありますか?」

「私が案内しよう。だが、その量を一人で運ぶのは――」

「いえ、これくらいならいけますけど」

ゆっくり荷車を引っ張るとおじいさんは「ええ……」とどん引きしていた。

私は勝った、と思った。

聖都の指定された廃棄場所まで荷車を引いていく。

歩きながら、おじいさんは私にいろいろなことを話してくれた。

幼い頃からずっとこの場所で暮らしてきたこと。

隣の家に住む幼なじみの女の子がいて、その子とよくあの小川で遊んでいたこと。

橋の下の秘密基地に毎日のように集まっていたこと。

その女の子にはひとつ、秘密があったこと。

「雨の降りしきる薄暗い夏の日だった。私と彼女は十歳だった。私たちはお互い雨に濡れていた。橋の下の秘密基地で、不意に彼女は私に言ったんだ。『約束して。何があっても、何を見ても、私の味方でいてくれるって』」

おじいさんは目を伏せてから言った。

「私は何を言われているのかわからなかった。でも、だからこそ迷わず答えることができた。『何があっても味方でいるよ』そう答えた。彼女は、寂しげに微笑んでから言った。『私の秘密を見せてあげる』と」

その語り口には聞いている人を引き込む力があった。

多分その話が、彼にとって人生の中で最も大切な出来事についてのものだったからだと思う。

語り手が惹きつけられているからこそ醸し出される不思議な力がそこにはあるように感じられた。

「彼女はそっと濡れたシャツを脱いだ。その瞬間のことを私は今でも昨日のことのように鮮明に覚えている。七十年近い時が流れた今も。濡れた髪、細く綺麗な指先、少し焼けた肌。彼女の身体には火傷の跡があった。彼女は父親から暴力を受けていた」

おじいさんは言う。

「私はどんな手を使っても彼女を守ると決めた。簡単なことでは無かったよ。私は無力な十歳の子供に過ぎなかったし、彼女の父は深刻なアルコール中毒者だった。何度か痛い目にも遭った。それでも、私は絶対にあきらめなかった。彼女のためなら、命だってくれてやってもいい。本気でそんな風に思っていた。若かったんだ」

声には熱がこもっていた。

語り口はスムーズになり、一瞬別の誰かが中に入っているんじゃないかと錯覚するくらいだった。

彼は記憶を通して、少しだけ昔の彼に戻っているのだ。

「十七歳になるまでの七年間、私は自分にできるすべてを尽くして彼女を守ろうとした。だけど、結局彼女を救い出すことはできなかった。そんなある日、事件は起きた。彼女は聖女候補の一人として選ばれたんだ」

おじいさんは力なく息を吐く。

「大人たちは彼女を聖都の中央統轄局に連れて行った。そして、二度と戻ってこなかった」

「彼女は聖女様だったんですか?」

「いや、聖女には選ばれなかった。私は手を尽くして調べたが、どこで何をしているのかはわからなかった。聖女様に関する事柄はこの国の中でも最重要の機密として扱われているから。既にこの世にいないのかもしれないし、誰かと結婚して幸せに暮らしているかもしれない。後者であればいいと思う。そうであれば、私も安心して残り少ない余生を過ごすことができる」

自分に言い聞かせているみたいな言葉だった。

簡単には割り切れない複雑な感情がそこには込められているように感じられた。

「貴方は今でも彼女の小さな騎士なんですね」

「そうかもしれない。もちろん見せられない感情や執着もないわけじゃないけどね。いつか彼女が戻ってきてくれたらって今でもそんな風に思う自分もいるし、再会した夢を見て気がつくと泣いていた朝もある。だけど、綺麗なものもたしかにあるんだ。自分の命を犠牲にしてでも、彼女を守りたいと心から思えた。その記憶は、今でも私の胸をあたためてくれている」

夕暮れの街を、二人の子供が駆けていった。

おじいさんは子供たちを目で追ってから、微笑んだ。

「あそこはね。私にとって何よりも大切な場所なんだ。綺麗にしてくれてありがとう」