軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

144 懐柔

満腹食堂本店の向かいにある公園の茂み。

【認識阻害】の隠蔽魔法を使って、店の中を覗く二人の 森妖精(エルフ) の姿がある。

「お友達とごはん……よかったですね、エヴァンジェリン様……」

瞳を潤ませるシンシアと、

「泣くほどのことではないと思います」

そんな彼女を白い目で見つめるエステル。

「そういう冷めたところが現代っ子ですね、エステルは。貴方も大人になればわかりますよ」

「私は大人です。千年以上の時を生きてるので」

「 森妖精(エルフ) の世界ではまだ子供です」

やれやれ、と首を振ってから、シンシアは上品な所作で手に持った小袋のフライドポテトを口に運ぶ。

目を閉じ大切に味わって咀嚼してから、言った。

「おいしいですよ。エステルもどうぞ」

「……先ほどから気になっていたのですが」

エステルは怪訝な顔で言う。

「どうしてシンシアは人間界の食べ物の味を知っているのですか?」

「私は外交の仕事をするために大森林の外に出る機会も多かったですから」

「しかし、低俗な人間の文化にはなるべく触れるべきではないというのが、 森妖精(エルフ) の常識的な考えでは」

「常識的な考えとしてはそうですね。ですが、外の世界で仕事をしていれば、予想外の事態も多く発生します。用意していた食事がなくなれば、現地で調達するしかない。追い詰められて仕方なく外の文化に触れることもあったのです」

「その割には、随分目を輝かせてお店を選んでましたよね」

「私はいつも通りでしたよ。それは貴方の主観では?」

「フライドポテトの味付けを事細かに指定していましたよね」

「命をいただくのですから、おいしくいただくのが礼儀というものです。それに、 森妖精(エルフ) の普段食べている食事に近い味付けにしなければなりません。この味付けは、フォレストグリーン味と言って森の木々が育んだ天然由来の素材だけで味付けを――」

「ガーリックチーズペッパー味だと店主の方は言ってましたが」

「…………」

沈黙が流れた。

数千年の時を感じさせる長い沈黙だった。

「ガーリックチーズペッパーフォレストグリーン味と言って森の木々が育んだ天然由来の素材だけで味付けを」

「無理があります。あきらめてください」

エステルは冷ややかな声で言う。

「さてはシンシア……人間界の食事を隠れて楽しんでましたね……!」

「だって仕方ないではないですか! 人間界の料理を食べると、 森妖精(エルフ) の食事がどうしても味気なく思えるというか。森で採れる素材だけを使った薄味の食事よりも、たまにはチーズと塩がたくさんかかった揚げ物を食べたくなっちゃうというか」

「貴方には失望しました。このことは小評議会に報告させてもらいます」

「待って! 落ち着いて話し合いましょう」

シンシアは言う。

「人間界の技術力が上がり、大森林にとって大きな脅威になりつつある現代。外の世界を知り、良いところを取り入れるのも大切なことです。歴史と伝統を守るのも大事ですが、 森妖精(エルフ) の教義にもあるようにこの世界というのは諸行無常。何事も変わらずにはいられません。古い考えに縛られてばかりではいけないと私は思うのです」

「煩雑で騒々しく低俗な文化に取り入れる価値があるとは思えませんが」

「しかし、それはあくまで外から見たイメージでしょう? 実際に触れてみると違うかもしれない。相手を尊重し、理解してみようと歩み寄ることが異文化を理解する上で大切なことだと私は思います」

「それらしい言葉で言いくるめようとしても無駄ですから」

「ほら、食べてみてください。特別にこのチーズがたくさんかかったところをあげましょう」

ポテトをつまんで差し出すシンシア。

「仕方ないですね。一口だけですよ」

エステルはため息をついて言った。

「こんな低俗な食事、おいしくないのは目に見えてあきらかですが」

「なるほど。なかなか悪くないですね」

「でしょう? 私も最初はありえないと思っていたのですけど、試しに食べてみたらびっくりしてしまって」

二十分後、エステルとシンシアは出店の料理を両手いっぱいに抱えていた。

「普段繊細な味付けのものばかり食べている分、特殊なバランスがむしろ心地良いというか」

「そうなんです。 森妖精(エルフ) の食事とのギャップが本当に良くて」

「こんなに良いものを食べずに否定していたとは。偏見というのは恐ろしいですね」

「わかります。私もまったく同じ事を感じたので」

「次はあの料理を食べてみましょう」

人間界の食事を楽しむ中で、エステルの心に生まれたのはシンシアに対する尊敬の気持ちだった。

(異なる文化を柔軟に理解し、尊重する。簡単にできることではありません)

自分の価値観を大事にしようとする私たちの本能は、必然的に異なる価値観を否定したくなってしまう。

理解できないのは怖く感じるものだから。

レッテルを貼って遠ざけ、安心したくなってしまう。

(だけど、異なる文化を尊重し、理解しようと努めることで見えてくるものもある。それをシンシアは私に教えようとしてくれたのですね)

胸の中に生まれた尊敬の気持ち。

しかし、エステルは知らなかった。

(手違いはありましたが、結果的には作戦通り。エステルを取り込むことに成功しました)

自分がシンシアの策略の中にいることを。

(こんなに美味しい料理。取り入れずにいるのはもったいなさ過ぎる。力を持った 森妖精(エルフ) たちから少しずつ懐柔して、大森林にチーズたっぷりの揚げ物を持ち込む)

深遠な計画を実行しているかのような表情。

知的でいろいろと深いことを考えてそうな顔をしているこの女が、ただ自身の食生活を向上させるためだけに動いているという残念な事実。

知らない方が幸せなこともある。

理解できていない部分を互いに抱えながら、それでも二人は声を弾ませて、普段食べられない人間界の料理を存分に楽しんでいた。