軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

138 密会

「第一王子殿下が貴方と二人きりで話したいと言ってるの」

レティシアさんの言葉を理解するまでに少なくない時間が必要だった。

庶民出身で新人王宮魔術師である私が王子殿下と二人きりで謁見というのは、明らかに常識外の事態。

(王国の頂点に位置するような類いの方がどうして私と……?)

浮かぶ疑問。

何より、一番の問題は王子殿下と謁見するなんて超高難度イベントに対して、私の礼儀作法スキルがあまりにも不足しているということだった。

緋薔薇の舞踏会のときに一通りの基礎教養は身につけたけれど、しかしそれはあくまで舞踏会の参加者として最低限浮かない程度のもの。

(ダメだ……失敗する気しかしない……)

断頭台に向かう罪人のような心境で豪奢な扉の前に立つ。

「スプリングフィールド、中へ」

王の盾(キングズガード) の先輩が扉を開ける。

蘇芳色の絨毯が敷かれた広い部屋だった。

格調高いソファー。

壁には絵画が飾られ、魔導灯のシャンデリアが橙色の光を放っている。

「忙しいところ、時間を取らせてしまってすまない」

第一王子殿下は、奥のソファーに腰掛けていた。

なんだか現実感のないほどに整った顔立ちと存在感。

金色の瞳が細められる。

「どうぞ、かけて」

恐る恐る細心の注意を払って、ソファーに腰掛ける。

緊張しきった様子が可笑しかったのか、小さく笑って王子殿下は言った。

「固くなる必要は無いよ。力を抜いてくれていい」

「あ、ありがとうございます」

「大丈夫。作法や所作で怒ったりしないから。いつも通りの君と話したいんだ」

王子殿下の声は、その響き方がどこか普通の人と違っていた。

頭の中にすっと入って、その中でやさしく反響するような。

なんだか心地良くて、ずっと聞いていたくなってしまう声。

聞いていると自然に、この人の言うとおりにしたくなってしまうような、そんな声だった。

気がつくと、私は自分の身体から力が抜けているのを感じている。

あんなに緊張していたのが嘘みたいに。

「うん。それでいいよ。ありがとう」

王子殿下はにっこり目を細めて言った。

「早速本題に入ろうか。私は君のことを高く評価している。そして何より、君に好感を持っている」

息を呑む。

それはあまりにも予想外の言葉だった。

落ち着け。

間違えてはいけない。

殿下の意図を冷静に汲み取って言葉を返さなければ。

「それは、つまり……」

私は慎重に言葉を選びながら言う。

「聡明で魅力的な大人女子の私に、殿下が恋愛的な意味で好意を持ってしまっているということですよね」

「違うよ」

「あ、そうなんですね。よかった」

ほっと息を吐く。

私が人生のすべてを教わったロマンス小説によれば、王子様は平民の女の子を好きになりやすいという習性がある。

(セクシー系大人女子である私の色気が、うっかり殿下を悩殺してしまった可能性は十分すぎるくらいにあったからな)

ひとまず大事にならなくて一安心。

殿下は口元に手をやって小さく笑ってから言う。

「私が好意を持っているのは魔法使いとしての君に対してだ。王宮魔術師団に入団したその日から、君は私にとって非常に興味深く魅力的な存在だった。常軌を逸した適応能力と困難に屈しない精神力。国別対抗戦での活躍にも驚きはなかったよ。とはいえ、まさかあの《精霊女王》相手に一歩も退かずに渡り合うとまでは思っていなかったが」

「あれはルークと先輩たちが力を貸してくれたので」

「だとしても、あそこまで戦える魔法使いはほとんどいない。年齢と成長速度を考えれば、これからどれほど偉大な存在になるか。そして高く評価しているからこそ、君の可能性を今以上に伸ばせる環境を提供したいと考えている」

王子殿下は言う。

「王室直属の特別部隊である 王の盾(キングズガード) 。その筆頭魔術師補佐として君を迎え入れたいと思っている」

「え…………」

絶句する。

王の盾(キングズガード) は 聖金(アダマンタイト) 級魔術師も所属する王国随一の特別部隊。

その筆頭魔術師補佐に 聖銀(ミスリル) 級になって数日の私を選ぶというのは間違いなく異例の大抜擢。

お給料は上がるし、さらに責任ある仕事も任せてもらえる。

私にとっては間違いなく今後一生ないかもしれないくらいの大きなチャンス。

波打つ心。

目を閉じる。

しばしの沈黙の後、私は言った。

「お断りさせていただくことってできますか?」

王子殿下は意外そうに私を見つめた。

それから、言った。

「理由を聞かせてもらっても?」

「私は今の仕事と環境を十分すぎるくらいに幸せだと感じています。先輩たちはすごくよくしてくれますし、感謝の気持ちしかありません。それに、拾ってくれたあいつにもまだ恩返しできてませんし」

「ルーク・ヴァルトシュタインか」

王子殿下はじっと私を見つめて言った。

「君たちはずっと一緒にはいられない。別々の道を進む運命にあると思うけど」

「だからこそ、友人として隣にいられる今を大事にしたいんです」

沈黙があった。

部屋の中は不自然なほど静かに感じられた。

「なるほど。君の考えはわかったよ」

王子殿下は言う。

「ひとつだけ覚えておいてほしい。君は君が思っているよりずっと特別な存在だ。気が変わったら、いつでもおいで。迎え入れる準備はできてるから」