軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

125 歓声前夜

ルークは宿舎に二つ部屋を手配してもらっていた。

ひとつは、自身が寝泊まりするための部屋。

もうひとつは、対戦相手の情報が積み上げられた資料室。

一面、天井近くまでそびえ立つ本と紙の束。

「よくもまあ、これだけの量を……」

すごいを通り越してあきれてしまった。

狂気の域に達した研究量。

あいつは、それだけすべてをこの大会に懸けていたのだ。

本当に大切な何かを手に入れるために。

それが何かはわからない。

だけど、明確にわかっていることがある。

『聞いて。その方法を今から教えるから』

私がすべきなのは、ルークに託されたこの情報で精霊女王に勝つこと。

この大会に懸けていたあいつのがんばりに意味を持たせるために。

西方大陸最強と称される絶対王者。

ルークを倒したその強さは本物で。

それでも、信じてるんだ。

私たちなら、超えられる。

一人では無理でも、二人なら――

ルークが教えてくれた情報を頼りに古書のページを手繰る。

魔導書に記された精霊魔法。

現代魔法と異なる式構造と体系を持つそれを理解するのは、簡単なことじゃなくて。

だけど、くじけているような時間はない。

楽しめ。のめり込め。

ここにあるのは、私の大好きな魔法だ。

好きという気持ちでは誰にも負けない。

大好きの魔法を信じてる――

◇ ◇ ◇

レティシア・リゼッタストーンは資料室の扉に背中を預けていた。

ルークが手配し、大量の資料を持ち込んだこの部屋。

彼と話した後、ノエルが中で何かしていることをレティシアは知っていた。

おそらく、対戦相手であるエヴァンジェリンの事前対策。

一日でできることには限界がある。

試合を明日に控えていることを考えれば、休息を優先するべきなのかもしれない。

それでも、頑張り屋の後輩がそれを選ぶなら。

背中を押してあげたいというのがレティシアの思いだった。

ルークがこの大会に懸けていたことも、彼を見てきたレティシアは誰よりも知っている。

先輩として自分がすべきなのは、二人の無茶を容認した上で最大限休息を取らせること。

背中を預けた扉の向こう。

耳を澄まし、本を手繰るかすかな音を聞く。

ささやかな響きは夜深くまで続いた。

いつも二十二時には寝ている彼女には珍しい。

止めるべきだろうか。

いや、でももう少しだけ。

葛藤の先。

聞こえた寝息に、音をたてないよう扉を開けた。

机に突っ伏して眠る小柄な後輩を抱える。

彼女の部屋のベッドに寝かしつけて、布団を掛けた。

(ひとまず、先輩として最低限の仕事はできたかしら)

安堵の息を吐きつつ、片付けをしようと資料室に戻る。

散らかった資料の山。

位置関係を変えないように気をつけつつ整理しようとして、レティシアは言葉を失った。

(あの子、たった半日でここまで――)

そこにあったのはエヴァンジェリンが見せた切り札の精霊魔法に対する新しい魔法式。

ルークが作った反魔法式とは異なる発想で構築されたそれは、不完全ながら彼女の目指していた完成形をレティシアに示すところまで到達していた。

(惜しいのは時間が足りなかったこと。この魔法式構造を実用できる段階まで最適化するには計算と実証実験の時間が足りない。並の魔法使いなら数ヶ月。王宮魔術師でも、最低二週間は)

「それ、面白い線まで行ってますよね」

不意に聞こえたのは、入り口からの声。

「起きてる連中に声をかけてみたんですよ。俺たちの力で頑張り屋の後輩を西方大陸一の魔法使いにできるかもしれないって」

代表選手団に同行する王宮魔術師たち。

その前に立ってライアン・アーチブレットは言った。

「みんなでやりませんか。大きな壁に挑む後輩の背中を押す挑戦を」

◇ ◇ ◇

カーテンから射し込む朝の光。

目を覚ました私は、魔動式の置き時計を見て心臓が止まりそうになった。

寝ちゃってた――!?

やばい、やらかした、大惨事!

作っていた魔法式はまだ制作初期の段階。

計算と実証実験にかなり時間がかかりそうだったのに!

こんなときでも無意識のうちに自室のベッドに戻って眠っている、自分のお布団大好き欲にあきれつつ、部屋を飛び出す。

とにかく、今からでもできるところまでやらないと!

寝癖なんて気にしていられない。

慌ててルークの資料室に向けて走る。

飛び込んだ扉の先で、私の目に映ったのは想像もしていない光景だった。

「この式構造を反安定状態にするには未定乗数法による解析が必要だから」

「この本のデータ、応用できませんか? 第二補助式の構造に相似があるように見えるんですけど」

「実験の結果、機構として成立していることは確認できました! あとは実用できるところまで精度を上げるだけです!」

部屋の中で、私が制作途中だった魔法式と格闘する先輩たちの姿。

私を一瞥して、噴き出すように笑う。

「なんだよ、その頭」

「とりあえず顔洗って来い。こっちは任せとけ」

目の前の光景が信じられない。

どうして、私が作ろうとしていた魔法式の続きを先輩たちが……?

疑問に答えてくれたのは、代表選手団のお世話をしてくれている王宮の侍女さんだった。

「自分たちの力でアーデンフェルド王国を優勝させられるかもしれないって三番隊の人たちを中心に大盛り上がりで。ほんと、困った人たちですよね」

口元に手をやって微笑む侍女さん。

「勘違いするなよ! お前のためじゃねえからな!」

「優勝すれば特別ボーナスが出る。何より、同行してた俺たちの評価もうなぎ登りよ!」

口々に言う賑やかな先輩たち。

その中心でライアン先輩が計算を続けつつ言った。

「こいつは俺たちがやっておく。スプリングフィールドは自分のことだけ考えて準備をしろ」

にっと笑みを浮かべて続けた。

「遠慮しなくていい。いつも通りすごいのをぶちかましてやれ」

みんな、私のために動いてくれている。

力になろうとしてくれている。

何より、その気持ちがうれしかったんだ。

全身にみなぎるあたたかい何か。

私には先輩たちがついている。

いつも通りのルーティーンをひとつひとつこなしていく。

身体を温めて、心を整えて。

国別対抗戦準決勝。

立ち塞がるのは西方大陸最強の魔法使い。

怖いという気持ちがないわけがなくて。

だけど、大丈夫。

もらった勇気が私に力をくれる。

託された魔法式を手に、私は最強の敵に向かい合う。