軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「いやぁ、君たちの結婚式は本当に素晴らしかったね。君の婚約者さん…いや、今はもう奥方か。彼女も…あくの強い女だとは思っていたけれど、口数が少なければ、それなりに見られるじゃないか」

遠慮のない友人の言葉に苦笑を浮かべるだけの自分が居る。

イリアは元々そんなに言葉数は多くない。だが、彼女の苛烈な面を目にしたことがあるという友人には何を言っても無駄なのだろう。

イリアが普段から他人を口汚く罵っている人間だと思っている節がある。

「それになんと言ってもやっぱり、シルビアちゃんだね!まるで天使のようだったじゃないか!」

興奮気味に両手を強く握り締めて、いつかの日と同じように声高に叫ぶ友人に周囲の視線が集まる。

所属する騎士団の遠征を終え、やっと本拠地に戻ってきたところだ。

もう数週間も自宅には帰っておらず、新婚だというのに難儀なことだと上官は笑っていた。

手紙でも書いてやれば喜ぶだろうと言われたのだが、婚約時代から会話らしい会話をしたことがない二人だ。街に下りて女性が喜ぶような便箋は購入したのに、そのまっさらな紙にペン先を落とした途端に、指が硬直してしまった。

せめて、彼女の体調を気遣う言葉を書き出せば良いと思うのに、ひねり出した言葉は領地の様子を案じているということと、領民はつつがなく過ごせているかという事務的な言葉だけだ。

まるで報告書のような文面に呆れるしかない。

元々は、そんなことを書くつもりではなかったのだ。

もっと個人的な、例えば、遠征地にはイリアの好きな白い花が群生していてとても美しかったことや、街に下りたときに見つけた髪飾りが彼女の髪色に映えそうだったことや、盗賊団の捕縛には骨が折れたけれど何とか任務を果たしたことだとか、遠征は想像していたよりもずっと過酷だったけれど友人たちに支えられたことだとか、本当に些細なことだったけれど、彼女が知りたがっているだろうことを書き連ねるつもりだったのだ。

それなのに、ペン先は勝手に違う言葉を選んで文章を紡いでいく。

やっとのことで書き上げて、便箋を折りたたんで封筒に入れたときには、両肩の重みが増していた。

口から漏れるのはため息ばかりだ。

遠征中は空いた時間のほとんどを、手紙を書くことに費やしていた気がする。

面倒だと思わなかったわけではない。だが、俺は「良い夫」になりたかった。

政略結婚という貴族の義務を果たした父親が、一つだけ成し得なかったそれを、自分には果たす責任があると理解していた。

帰りたい。早く、帰りたい。顔を合わせればきっと、自然に言葉が生まれてくるに違いない。

物理的な距離と、心の距離が比例しているのだ。きっと、そうだ。

―――――だが、心のどこかでは、このまま顔を合わせなくても済むのであればそのほうが良いと思う自分も居る。

彼女は、俺の顔を見て、きっと視線を落とすだろう。昔からそうだった。だから、その姿を想像するのは容易い。

嫌がっているわけではないと知っているので、どうしたのかと聞いたこともある。

だが、彼女は微笑みを浮かべて小さく首を振るだけだ。

「何でもありません」と。

柔らかな面差しに、何か別の意思を秘めて。

その意思の深さを、強さを、俺は知らない。

そっと窓の外を見やれば冷めた月がこちらを見下ろしていた。

自宅に戻れるのは明日の朝になりそうだ。

目を閉じれば、なぜか、ふっと浮かぶ銀色の髪。

シルビアはどうしているだろうかと、そんなことが胸を過ぎる。

妻の顔よりも、妻の存在そのものよりも、その妹のことが先に浮かぶその事実に少なからず動揺している自分がいるのに、遠征中、気づけば彼女のことばかり考えていた。

そして、妻への手紙とは別にもう一通手紙をしたためていたのだ。

こんなのは間違っていると、頭の中に響く声を無視して書き続けた。

時には手紙の中に押し花を同封して、あの小さな少女の喜ぶ顔を夢想する。イリアには一度もしなかったそれを、何の躊躇いもなくやってのける自分に寒気がする。

それなのに、やはり己を制御することができない。

あの子は俺の妹なのだから。

その身を案じるのは当然のことだと、言い訳まで用意して己の行為を正当化する。

一人で何でもやってのけるイリアとは違い、目を合わせれば縋るような眼差しを向けてくるシルビア。

一人では立ち上がることさえ困難な彼女の姿に安堵感を覚える。

そこに存在するのは、幼少期から思い描いていた理想の自分だ。

頼られる人間になりたかった。

誰かを守って大切にする、強い人間でありたかった。

しかし、自分の隣に立つ人間は、誰かの庇護が必要となるような脆弱な人間では駄目だった。

執政とは、それほど容易いものではない。

弱みを見せた瞬間に足元を掬われる。だからこそ、そんな弱みに成り得る人間を伴侶とするわけにはいかなかった。

己で考え、意思を示し、自分の足で立ち、有事の際は自らが先頭に立って指揮を出すような人間でなければ。だからこそ、イリアを選んだのだ。

政略結婚だったからこそ、というのもあるが、理由はそれだけではない。

彼女とは幼少期から婚約を結んでいたが、もしも彼女に侯爵家夫人としての素養が足りなければ、いつでも解消できたはずの仲だった。

彼女はそれを知らなかったけれど、それでも努力を怠らなかった。

俺のことを好きだと、真摯に訴えてくるその態度が好ましく、愛は芽生えそうになかったけれど信頼なら与えられるだろうと、そう思ってきた。

実際、そうなのだ。

彼女を信頼しているし、信頼されているはずだ。

そんな風に毎日を積み重ねて、俺たちは正真正銘の夫婦になる。

そうなるべく、誓いをたてた。

愛が芽生えることはなくとも、せめて、背中を預けることのできる戦友くらいにはなれるだろうと、そう考えていたのだ。

それなのに。

―――――ガシャンッ!!

引き抜いたテーブルクロスを床に叩きつければ、それと一緒に飛散する陶器の欠片。

呆然とこちらを見つめていたイリアは、思わずと言ったようにそれらを追いかけて躓いた。

彼女を助ける手はなく、面白いほどあっけなく床に倒れこむ。

無様とも言えるその姿に冷笑を浮かべる自分が居た。

シルビアが、死んだ。

その事実に、体の底から沸きあがる激情を抑えることができない。

悲しみが勝ったのはたった一瞬のことで、一つ呼吸を置けば、途端に憎悪が支配した。

体の内側を燃やすような憎しみと怒りが渦巻いて、口を開けば呪詛を吐いてしまいそうだ。

ふうふうと獣のように息をもらして、やっと言葉にできたのは。

「―――――君か」

君が、シルビアを殺したのか。

そう口にする自分の声を、どこか遠い場所で聞いているようだった。

まるで他人事のように流れていく風景がそこにある。

それでも、シルビアが死んだと聞いて明らかにほっとした様子を見せたイリアに、核心を得た。

思わず手に取ったナイフを構えて、彼女の首に突き立てるつもりで大きく足を踏み出した。

家令が、彼女を庇うように半身を乗り出したのが見えていなければ、確実にナイフの切っ先はその薄い皮膚を貫いていただろう。

頭が真っ白になるというのは、まさにこの状況のことだった。

「旦那様!」と、ほとんど威嚇するような声を上げた家令の声に戦意を奪われる。

指先からナイフが滑り落ち、それと同時に全身が脱力したような虚無感に立っていることさえままならなくなった。

かろうじて座り込まずに済んだのは貴族としての、男としての、矜持があったからかもしれない。

妻を殺さずに済んでほっとしているのか、それとも、果たせなかったことを悔いているのか分からなかった。

信頼していた。大事にしてきたつもりだった。

妻としての彼女を信用していたのだ。

そう思ったら、もう、彼女の顔さえ見たくなかった。

嗚咽交じりに何かを訴えてくる彼女の声が纏わりついてくるようで不愉快極まりない。

吐き気さえ覚えて、こちらに伸ばされた彼女の指を視界に捉えていながら、ふらつく足を叱咤するようにして部屋を出る。

シルビアに、会いに行かなければ。

もしも、あの子が本当に死んだといのなら、せめて別れの言葉くらいは言いたい。

イリアを断罪するのはその後で良い。

妹を殺した、あの女を、許すつもりなどない。

―――――違う、違う、違う……!!

なぜだ。なぜ、そんな結論に至るんだ……!

お前は、一体何を言っている。

イリアがそんなことをするはずがない。彼女は、そんなことができる人間ではない。

確かに、妹と心を通わせていたとは言い難いだろう。仲の良い姉妹とは程遠かった。

だが、殺したいほど憎んでいたわけではないはずだ。

イリアは、妹を、シルビアを愛している。

そうだ、そのはずだ。

「イリアが犯した罪の証拠を集めるんだ。一つ残らず、全て」

後を追ってきた家令に命を下せば二つ返事で姿を消した。早速、仕事に取り掛かるのだろう。

優秀な家令のことだ。仕事を終えるまでに然程時間は必要ないと見ていい。

その間に、イリアとの離縁の準備を進めておかなければ。

身内殺しは重罪であり、貴族と言えど言い逃れはできないが、侯爵家となれば話は別だ。

イリアが爵位に守られることがないように侯爵家から籍を抜き、実家である伯爵家からも絶縁してもらわなければ。

―――――待て、待ってくれ。

一体、何をしようとしているんだ。

俺を生きる希望と呼んだあの子を殺した。

その罪は、償ってもらわなければ。

―――――やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ……!!!

死よりも恐ろしい現実を、見せてやる。

―――――なぜ、どうして、

「……お前……なぜ、そこまで非道になれる……?彼女は仮にも、お前の妻だろう」

所属する騎士団に休暇を願い出て屋敷に篭り、離縁を申請するための書類を取り纏めていれば、見舞いだと現れた友人が顔をしかめる。

久方振りに顔を合わせたその男には、いつもの陽気さが見えない。

かつて、俺の「妻」であったイリアを侮辱した男だ。

醜悪だと罵り、幻滅したと笑っていた。

お前だって、彼女がシルビアを殺したのだと聞いて激昂していたじゃないか。

こうなったのは、イリアの自業自得だ。俺がそうしたわけじゃない。

「ソレイル、僕は……見ていられないよ。君のことも、彼女のことも」

なぜ、許してやらないんだ。

俯いた友人がぽつりと零す。

許す?何を言っているんだ。許す理由がどこにある。

彼女はシルビアを、殺したんだ。

「君は一度でも、彼女に会いに行ったかい?

彼女はまだ信じてるよ、君が、迎えに来てくれるって」

友人の声が不自然に潰れる。

泣いているのかもしれないと思ったが、彼が涙を零す意味が分からない。

首を傾いでいれば、信じられないものを見たような顔をして右手で顔を覆った。

「君は、人殺しになるつもりなのか……?」

くぐもった声で問われた言葉の意味を考えるのだが、やはり分からない。

人殺しなのは、イリアの方だ。

なぜ、俺が責められなければならない。

俺は正しいことをやっているんだ。

正しいことを。