軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

猫の尻尾亭

「ここがアタシの働いている猫の尻尾亭にゃ!」

ミーアに連れられて大通りを進むと程なくして目的地にたどり着いた。

他の建物と同じ石造りで四階建て。看板にはどこか可愛らしい文字と猫耳、尻尾のデザインが付け加えられて『猫の尻尾亭』と書かれてある。

中を覗き込んでみると、一階は受付と食堂になっているからか広々としているように見える。厨房で料理を作っているのも、フロアを元気に動き回っているウエイトレスも猫耳を生やした獣人ばかり。

猫の尻尾亭と名乗っている辺り、ここは猫獣人が経営している宿屋のようだ。

「食堂にやってきている客人も全員獣人ってわけじゃないんですね」

獣人だけの従業員なので、集まるのも同じ獣人と思いきや、結構な数の人族もいる。

「そうにゃー。むしろ、割合的には人族の方が多い気がするにゃ。どうも人族はアタシたちの耳や尻尾が珍しいみたいだにゃ」

ピクピクと自分の耳や尻尾を動かしながら言うミーア。

可愛らしい女の子たちが給仕しているだけでも嬉しいっていうのに、耳や尻尾までフリフリしていたら見ているだけで癒されるよな。

なんとなくここに集まる男たちの理由もわかった気がする。獣人の子って、仕草がどこか動物的な部分もあって、見ていても飽きないし癒される。

「あー! ミーアってば、やっと帰ってきた! 帰ってきたなら早く手伝ってよ!」

「にゃー、ちょっと待つにゃ! 今は新しい客を案内してるところにゃ!」

宿の中を観察していると、一人の黒髪の猫獣人がミーアに声をかけた。

言葉や語尾に『にゃ』がつくのは猫獣人全員の特徴というわけでもないんだな。

「で、シュウ。どうするにゃ?」

外に出されている看板の値段表はミーアの言った言葉通り二食付きで一泊銀貨一枚だ。

ミーアに案内される道すがらに宿屋の値段が書かれた看板を見たが、ここよりも立地が悪そうなのに二倍以上していたりするところもあった。

大通りを外れたところにある宿屋はあまり雰囲気も良くなく、衛生的とは言い難い。

だったら、大通りに面していて衛生面もしっかりしているところに泊まるのがいいだろう。宿は安ければいいってわけじゃないしな。

「値段も悪くないですし、雰囲気も良さそうなのでここに泊まることにします」

「にゃー! 毎度ありにゃー! 手続きをするから受付台にいくにゃ!」

嬉しそうに尻尾を振りながら歩くミーアについていって受付台へ。

ひとまず、十日ほど滞在してみて、気に入ったら継続してまた泊まり続けることにした。

十日分の費用である銀貨十枚を払って、ミーアに割り当てられた部屋まで連れていってもらう。

「ここがシュウの部屋にゃ!」

三階にある日当たりのいい角部屋。部屋にはベッドやテーブル、イス、タンス、壁には服をかけるフックが打ち付けられている。

窓にはカーテンもつけられており、ベッドのシーツも綺麗だ。

部屋はさすがに広々とはいかないが、ベッドが置かれていても窮屈に感じない広さ。いい感じだ。

そこでミーアから宿の食事の時間、夜は酒場になることといったルールを説明される。

それらはフェルミ村の宿屋でも聞いた一般的なもの。

だが、ひとつだけ念を押すように言われた特別なルールが一つ。

それはウエイトレスの獣人の耳や尻尾を勝手に触らないと。

どうやら獣人にとって、耳や尻尾を触らせる行為は信頼を寄せた相手にしかさせないものらしい。別に夜の営みを想像させるいやらしさのあるものではないが、知らない人に手を繋がれたり、抱き着かれるのは嫌という感覚と同じようだ。

しかし、人族にはそのことがわからない者も多く、好奇心でつい手を伸ばしてしまうのだとか。

そういう悪質な行動をすると、出ていってもらうと言われた。

まあ、彼女たちは確かに猫のようで可愛らしいがれっきとした一人の人間でもある。そのように思うのは当然だな。

俺がしっかりと頷くと、ミーアは満足そうにする。

「説明は大体終わったけど、他に気になることはあるかにゃ?」

「大衆浴場はもう開いてますか?」

「……開いてるにゃ。ここの通りを真っ直ぐに行けばすぐにゃ」

どこか呆れたように答えるミーア。

先に宿で食事をしたり、部屋でゴロゴロしたい気持ちは勿論ある。

しかし、この世界にやってきて俺はまだ一度も風呂に入れていないのだ。

空腹や疲労よりも、風呂に入りたいという気持ちが勝っている。

ミーアから道順を聞いた俺は、部屋の鍵を受け取ってすぐに大衆浴場に直行した。

「はぁ~、久し振りの風呂だ。生き返る~」

ミーアの言う通りに進んで大衆浴場にたどり着いた俺は、身体を洗い終わると即座にお湯に浸かった。

温かいお湯が全身を包み込む感覚が心地いい。グランテルまでの疲れがほぐれて、お湯に溶け出すようだった。

「やっぱり、温かいお湯はいいなあ」

フェルミ村での生活や馬車の旅では、お湯を使って身体を拭くくらいはしていた。

でも、それじゃあ疲労もとれないし、スッキリとしないんだよな。

初級魔法の中には土壁を作る魔法や、お湯を作る魔法もあったが、今の俺の制御力では精密な温度調節とかできそうにないからな。自分で試してみるのが怖かったのである。

馬車の旅路ではあんまり満足に練習できなかったし。

とはいえ、こうして銅貨二枚で広々としたお湯に浸かることができるようになった。

湯船はとても広く、大人が三十人は入っても余裕のあるものが区切られていくつもある。

天井が高いせいか解放感もあり、柱には装飾が施されていて高級感もある。

壁にはドラゴンの顔を模した蛇口のようなものがあり、そこからドバドバとお湯が流れている。

微かに魔力を感じるので、恐らくこの蛇口がお湯を出す魔道具なのだろう。

こんな風にお湯を出せる魔道具があると便利そうだな。

静かに暮らしていくにはフェルミ村のような田舎がいいのだが、やはりグランテルのような大きな街の方が便利なのは間違いないんだな。

両方、兼ね備えていれば文句はないのだが、そう上手くいかないのが世の中。

どちらかを選ぶか、第三の選択として自分で兼ね備えた環境を作ってしまうか。

「まあ、そんなことはおいておいて、今はゆっくりお湯に浸かろう」

俺は身体を沈めてしっかりと肩まで浸かり、ホッと息を吐くのであった。