軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

忍び寄るゲイノース

「キシャアアアアアアアアアッ!?」

甲高い悲鳴が聞こえたと思った瞬間、何もない虚空がノイズでもかかったようにブレた。

そこでは黒い体表に紫の斑点模様を浮かべた大蛇がのたうち回っていた。

「いつの間に魔物がっ!?」

「まるで姿が見えなかったぞ!?」

大蛇を見て驚くルミアとレイルーシカ。

二人からすれば、何もない空間から突如大蛇が現れたように見えたのだろう。驚くのも当然だ。

【ゲイノース 危険度AA】

テラフィオス湿地帯に棲息する大蛇の魔物。

体表を自在に変化させ、周囲の光景に溶け込むことができ、奇襲を得意とする。

この希少な能力故に滅多に目撃されることがない。

体内には毒を備えており、毒を吐き出すことができる上に、牙から注入することもできる。

その毒はかなりの猛毒であり、解毒することは困難。

鑑定してみると、大蛇の情報が出てきた。

「ゲイノースという擬態性能のかなり高い魔物だそうです!」

「聞き覚えのない名前だが、擬態して姿を隠す大蛇というのは曽祖父から聞いたことがある。まさか本当にそのような魔物がいたとは……ッ!」

魔物の正確な名称や姿こそ知らなかったものの、レイルーシカは微かな情報を持っていたようだ。

この光学迷彩のような擬態性能を思えば、目撃者が極端に少なく曖昧になるのも仕方がない。

それにしても何という初見殺しの魔物だろうか。

透明な身体で近づいて猛毒を浴びせる。知覚できなければ何もすることなく即死だろう。

俺の調査スキルとこれまでの経験がなければ危なかった。

危険度がレッドドラゴンよりも高いのも納得の凶悪さだ。

「沼地の異変もこの魔物が原因でしょうか?」

「恐らくそうだと思う。魔物の生息地の変化は視認することはできずとも脅威を感じ取った故の行動に違いない」

「これで沼地の異変についてはわかったと思いますが、これからどうします?」

「倒すに決まっている! このような危険な魔物がうろついていては、我らの集落は滅んでしまう!」

こんな魔物がいたらレイルーシカをはじめとするダークエルフたちは採取に来ることもできない。

夜中に集落にこっそりとやってきて視認する間もなく、丸呑みなんてこともあり得る。

「シュウ、お前にはあの蛇が見えたのだろう?」

「見えましたね」

「透明化しても見破れるシュウがいる今が好機だ! 悪いが力を貸してくれ!」

「わかりました」

毒性素材の採取を手伝ってくれた借りもあるし、レイルーシカを見捨てるなんてできない。

魔物討伐は気が乗らないけど手伝うとしよう。

「ルミアさんも問題ないですか?」

「…………」

念のためにルミアに尋ねるが反応がない。

「ルミアさん?」

「シュウさん、見てください! ゲイノースの牙から毒が滴り落ちて草と地面が溶けています! あれはきっと素晴らしい毒性素材に違いありませんよ!」

再度尋ねてみると、彼女はとてもいい笑顔で言った。

完全に相手を毒性素材として見ていらっしゃる。

ルミアの中でゲイノースとは素晴らしい錬金術素材に認定されているようだ。

俺が確認するまでもなく、ゲイノースの素材を持ち帰るつもりらしい。

レッドドラゴンの時も退かなかったし、海底神殿の時も果敢に戦っていたな。

大人しそうな見た目にそぐわず、かなり好戦的だね。

「ゲイノースが姿を消した!」

それぞれの意思が統一され、臨戦態勢に入ると、ゲイノースがすーっと空気に溶け込むように消えた。

身体全体だけでなく目に突き刺さったはずの氷柱まで消えるというのは、どういう仕組みなのだろうか。

「シュウ、位置を教えてくれ!」

などとくだらないことを考えていると、剣を構えているレイルーシカからの要請。

すかさず魔石調査を発動すると、金色の魔石を捉えた。

それにより、肉眼では見ることのできなかったゲイノースのシルエットがしっかりと移っていた。

「レイルーシカさんの右斜め十メートルです」

「そこか!」

回り込もうとしたゲイノース目がけて、レイルーシカが勇ましく突撃して剣を振るう。

「キシャアアアアッ!?」

まさか、自らの位置がバレるとは思っていなかったのか、ゲイノースが戸惑いながらの声を上げた。

それによりノイズが走ったように、ゲイノースの身体が見え隠れする。

どうやら攻撃などを受けると擬態を維持するのが難しくなるようだ。

「思ったより鱗は硬くないな」

レイルーシカの一撃でゲイノースの身体には切り傷がついており、出血しているのが見えた。

一刀両断とはいかないが、あの大きさの割に防御力が低いのは確かだ。

「恐らく、擬態性能に特化していて防御力はそれほど高くないのでしょう」

「ゲイノースの生態を考えると納得ですね」

あれほどの擬態と猛毒があれば、まともな戦闘にすらならない。

ゲイノースが防御を不要とし、擬態と毒に特化したのも生物として納得の進化だ。

攻撃を食らったゲイノースは、レイルーシカを跳ね除けるように尻尾を払う。

ブオンと空気を裂くような一撃をレイルーシカはステップで回避。

擬態が不十分な状態だったが故に、一撃目は視認して避けることができたようだ。

しかし、完全に透明になった二撃目に彼女は反応できていない。

「『アースシールド』」

レイルーシカの前に土壁を作る。

咄嗟だったが故に土壁はゲイノースの一撃を防ぎ切ることはできず、瓦解してレイルーシカを吹き飛ばした。

「大丈夫ですか、レイルーシカさん!?」

「ぐっ! すまない、お陰で助かった!

ゴロゴロと草原を転がるレイルーシカ。

返事がしっかりしていることから重傷ではないようだ。

しかし、衝撃は凄まじかったのか苦悶の表情を浮かべており、お腹を押さえている。

「レイルーシカさん、ポーションです! これを飲んでください!」

「おおっ! お腹の痛みが無くなった! ありがとう!」

ルミアが渡したポーションを飲むと、顔色が元に戻るレイルーシカ。

戦線復帰だ。

さすがはルミアのポーション。多少の傷であれば、瞬く間に癒してしまうらしい。

パーティーに錬金術師がいると非常に頼もしい。

「困ったな。見えない攻撃というのがここまで厄介だとは……」

立ち上がったレイルーシカが言う。

俺は何とか見えるとして、このままでは前衛として動くレイルーシカの負担が激しい。

さすがに猛毒を吹きかけられ続ければ、俺の指示も間に合わない可能性がある。

魔力ごり押しで範囲攻撃する方法もあるが、それをすれば二人を巻き込んでしまうかもしれない。

さらにはこの視界を遮る霧だ。ただでさえ、見えにくいというのに、この霧のせいでさらにゲイノースを捕らえづらくなる。

「まずは霧を払います。『ウインド』」

俺は風魔法を発動し、周囲にある霧を吹き飛ばす。

これにより濃霧は遠くへと移動していき、俺たちの視界は良好になった。

「おお、これは助かる!」

「後は二人でも目視できる、あるいはしやすくなる方法があればいいんですけど……」

氷柱が目印になってくれるかと思いきや、どういうわけかそれすらも擬態されてしまう。

もっと大きく身体の一部でも氷漬けにすれば、擬態されることもなくなるのだろうか?

俺が思案していると、ルミアが手を挙げた。

「それなら任せてください! 私にいいアイテムがあるので!」

「わかりました。俺が魔法で足止めをするので、ルミアさんは隙を見てそれを使ってください!」

「わかりました!」

ルミアのアイテムを信じることにし、俺はゲイノース目がけて氷柱を放つ。

さすがに相手もこちらを捉えているかもしれないと警戒していたのか、レイルーシカの時のように攻撃を食らうことはない。

横に移動して氷柱を回避。

さらに俺は氷柱を量産して、雨のようにそれを降らせる。

ゲイノースは身体をくねらせて、それを器用にも避ける。

が、それは予想済みだ。

ゲイノースの意識を上に向かわせたところで、俺は地面からゆっくりと展開していた氷魔法を展開。

回避したゲイノースの身体を氷が包み込む。

ゲイノースの身体に若干のノイズが走り、体表が露わになる。

ゲイノースが暴れることで氷の束縛はすぐに砕かれてしまうが、いい目印になったはずだ。

「えいっ!」

俺が叫ぶまでもなく、目印としてしっかりとゲイノースを視認したルミアは何かを投げつけた。

小さな玉のような何かはゲイノースに当たると、べちゃりと音を立ててピンク色の粘液を弾けさせた。

「こ、これは?」

「粘着玉です。これが目印となればいいのですが……」

氷の束縛を破ると、ゲイノースの身体がすーっと空気に溶けていく。

しかし、ルミアの当てた粘着玉の液体は空気と一体化されることなく、ピンク色の液体を浮き立たせていた。

突き刺さった氷柱や血液は擬態することができるが、粘着玉の液体までは擬態させることができないらしい。あれらは身体の一部として認識されたからだろうか?

「おお、これなら位置がわかるぞ!」

「すごいです!」

「では、続けて浴びせますね!」

擬態しようがこうも丸見えでは意味がない。

ピンク色の液体が浮いている場所にルミアがドンドンと粘着玉を投げて、ゲイノースの輪郭を浮き彫りにさせていく。

そうなれば、俺だけじゃなくレイルーシカもはっきりと視認できるために、俺が位置を指示しなくても斬り込み、回避することができた。

こうなれば、毒を持った大きな蛇と変わりない。

最初の魔法で左目を潰せたことも大きいのだろう。圧倒的なアドバンテージだ。

俺は次々と魔法を飛ばし、ルミアとレイルーシカがゲイノースの死角に回り込みながら斬り込んでいく。

「キシャアアアアアアッ!」

俺たちの総攻撃によって身体を傷つけられたゲイノースは怒りの籠った声を上げた。

そして、口から毒のブレスを吐き出す。

前兆を感じ取っていた俺たちは速やかに退避。

しかし、そのままゲイノースは毒を巻き散らすようにその場で暴れ回った。

あちこちで毒が吐き出されて、草原や地面が腐り果てる。

「うわあっ! 退避! 退避!」

「無茶苦茶な奴だな!」

毒の無差別な放出に俺たちは堪らず退避する。

さすがにこれだけ毒をまき散らされては対処するのは難しい。

こちらとしては、正直一番されたくない攻撃だった。

「でも、それだけ敵を追い詰めているという証ですね」

「ああ、十分に距離をとって疲弊するのを待とう」

あれだけの巨体を持っているとはいえ、永遠に毒を放出し続けられるわけではないだろう。

毒を持っているとはいえ、一日に生成、分泌できる量に限りがあるはずだ。

距離をとって待っていると、俺たちの狙いは当たり、ゲイノースの毒のブレスが収まった。

遂には擬態していた身体にはノイズが入っており、常に体表が見え隠れしている。

身体中に血が流れており、毒を吐き出してすっかりと疲弊しているようだ。

ゲイノースは俺たちを睨みながらゆっくりと後退していく。

もしかして、逃げるのか?

そう思って追撃しようと追いかけると、ゲイノースは反転して突進してきた。

引き絞られた弓から放たれた矢のように向かってくる。

俺とルミアが散開する中、レイルーシカは横にステップ。

ゲイノースの左側に回ると、突き刺さっていた氷柱を剣の腹で叩いて押し込んだ。

「――――ッ!?」

つんざくような悲鳴が上がり、たまらずゲイノースがのけぞる。

「放電球、行きます!」

そこにルミアが毒沼蛙を相手に使った、アイテムを放り投げた。

ポーション瓶が割れて、中に込められていたサフィーの雷魔法が解放。雷が迸り、ゲイノースを貫いた。

ゲイノースの体表は焼き焦げているが、その瞳はまだ死んでいない。

「『フリーズ』」

強い視線と喉からせり上げる毒の気配を感じた俺は、強い魔力を込めた氷魔法を叩き込んだ。

俺の魔法は瞬く間にゲイノースを包み込み、平原には大きな氷像が出来上がった。