軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

67 理力魔法の指導その三

「さて、以上でこの魔法の説明は終わりだが、何か分からないところはあるかい?」

師匠の明瞭な声。

俺が「大丈夫です」と言うと満足そうな頷きが返ってくる。

師匠の解説は非常に分かりやすく、魔法の術理は十分理解できたと思う。

何故そんな発想に至ったかは全然分からなかったが。

それに理解ができたところで死ぬほど難易度が高い事に変わりはない。

術式の難度で言えば第八位階らしく、すぐに魔法を使えるようになる事は恐らくないだろう。

師匠が学会で発表した魔法「 完全熱量変換(パーフェクトコンバージョン) 」の肝となるのは、名の通り魔力を完全に熱量に変える超々効率の術式である。

しかしセンセーションを巻き起こしたのはこの術式ではなく(これも十分凄いのだが)、熱量を変換するという単純な術式を活用するための、術式構成にあった。

「術式変数と連結術式ですか……こうして詳しい解説を受けるとその凄さが分かりますね」

「ふふふ、それが分かるんならちゃんと勉強はしていたってことだね。よしよし」

実に嬉しそうである。

俺も褒められて嬉しいが、それ以上に魔法のヤバさの懸念が勝っていて素直に喜べない。

師匠の能力を狙った輩とか居そうなもんだが大丈夫なのだろうか。

「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。もう術式は公開したし使い手も日々増加中だからね。私一人をどうこうしても意味が無いという訳さ」

師匠は俺の心配を言い当てて笑い飛ばした。

まあ学会で話題になってからこれまでなんともなかったのだから、問題無いというのは本当なのだろう。

「それより、早速指導に移ろうかな? とは言ってもまずは書き取りからだけど」

そう言って師匠が自席の引き出しから取り出したのは紙の束である。

そしてそれをこちらに持ってきて、応接テーブルの上にどっさりと置いた。

師匠の言った書き取りというのは魔法の修練法の中でもよく知られたものの一つ、その名も……と言うほど捻った名称ではないが「書き取り法」の事である。

術式を脳裏に描くためにまず手を動かして覚えるこの方法は、正確な術式を繰り返し紙に書く事ができるのであれば、非常に高い効果を発揮する。

逆に言えば独学でこれをやった場合、間違った術式描写で覚えてしまうと中々魔法を発動できなくなるという弊害もある。

俺がマキシマイズエンチャントを覚えるのに時間が掛かったのもこれが原因である。

高度な術式であればあるほど術式の描写は難しくなるため、高位階の魔法の習得には想起法(術式見本を見て頭で思い浮かべるという単純な方法。時間は掛るがデメリットも無い最もポピュラーなもの)が用いられる。

ただ今回は師匠という術式の開発者が居るため、効率を考えて書き取り法が選ばれたのである。

「じゃあまずは清書からだね。私が今から手本を 描(か) くからよく見ておくように」

「了解です」

応接ソファに座る俺の右隣に腰を下ろした師匠が、ペンを手に取って術式の描写を始めた。

師匠のすらりとした手指が握ったペンを走らせ、術式を描き出す。

その様子は全く淀みなく、描かれる術式以上に流麗に見えた。

そして俺が描かれていく術式部分の意味を把握しきるよりも早く、術式の描写が完了する。

師匠は念のためと細部をチェックした後に完成した手本を俺の前に差し出した。

「正確に描けるまでは一回ずつ確認するから、できたらこっちに持ってくるように」

ふわりと残り香を残して師匠は自席へと戻っていった。

俺は横目でそれを追った後、テーブルの上の紙とペンを手に取って修行に取り掛かる。

「……」

「……」

カリカリとペンが走る音、身じろぎで椅子が立てる音、紙をぺらりとめくる音。

それだけが部屋の中に響き、時間が過ぎていく。

師匠は自席で何か別の作業をしているらしい。

それにしても聞いていた以上に地味な修行である。

これでまだスタート地点にも達していないというのだから恐ろしい。

普通に想起法で第八位階の魔法を覚えるとしたらどれだけ時間が必要になるというのか。

いやまあ今回は飛び級だから、俺の主観的に異様に困難に感じるだけなのかもしれないが。

そんな事を第三思考で考えながら手を動かし、少しして一つ目の書き取りが終わる。

しかしそれは俺でも分かるくらい不備があるものであった。

「はあ、くそっ……」

自分でバツを付けてため息を一つ。

師匠から苦笑をもらいながら、俺は二つ目を描き始めた。

書くのか、描くのか、よく分からない曖昧なのが術式だ。

最初見た時は形の崩れたQRコードみたいだと思ったが、今では不気味な文様の意味も大部分理解できている。

まあ理解できてもちゃんと描けるかどうかはこの通り、関係ないのだが。

その後、自分で納得のいくものが描けて師匠のところに持っていけるまでにおよそ二時間が必要となった。

完成したものは当然のように微細な誤りを指摘され、一瞬で書き直しとなったが、師匠に言わせれば初回にしては完成度が高いらしい。

モチベーションを削がないような気を使ったコメントが悔しいところだ。

しかし書き取り法のスタート地点にも達していない俺に文句を言う資格はないよな。

とにかく、進めていく事にしよう。

そうして俺は一心不乱に手を動かし、気づけば日が暮れて夕食の時刻となった。

「さて、今日はここまでにしておこうか」

「あ……もうそんな時間ですか。すみません遅くまで」

「構いやしないさ。そういう約束だからね。それに君がパーフェクトコンバージョンを覚えてくれれば、実戦での使用感も聞けるだろうし。私にとっても十分意味のある時間だよ」

そう言ってくれると気が楽になる。

正直現時点では師匠から貰ってばかりで申し訳ない気持ちになっている。俺がそう言うと師匠からは「それが師匠というものだ」などと返ってきたが、それで俺の気が済むわけでもない。

「今はアレですけどせめて何か……あ、そうだ! 今度ウチで食事でもどうです? シータの入学でもお世話になりましたし併せてお礼をさせてもらいますよ」

咄嗟に思いついた案だが、意外と良いかもしれない。

師匠の方が良ければこの方向性で行こう。

「いいね、君の新居には少し興味があったんだ。皆が良いならお邪魔させてもらおうかな」

「師匠なら皆大歓迎……とはいかないのかな? 知らないメンツも居ますしね」

「らしいね。荷役と家守を買ったんだったか」

「はい。まあ反対が出たらその時は、たまにしか使わない強権を使う事にしましょうかね」

俺がおどけてそう言うと師匠はたまらずと言った様子で噴き出した。

新しい二人は知らずとも、ズーグやトビーと俺との関係性は知っている師匠の事である。

主人としての強権を発揮したところで、大した脅しにもならないと思われているのだろう。そしてそれは大正解である。

カトレアは当初からざっくばらんな感じだし、レイアとも最近打ち解けてきたからな。

「ははははは! 冷静に反論されて口ごもる君の姿が見えるようだよ。慣れない事をせずにちゃんと根回しとか理論武装をした方が良いんじゃないかい?」

「そうですか? じゃあ師匠がそう言うならそうする事にします」

師匠の忠告に再びおどけてそう返し、その後二人で笑い合った。

「……さて、それじゃ今日はこれで解散だね。明日もここで書き取りをしてもらう訳だが……明日は朝から来れるんだったか」

「はい。今日は授業があったので昼からでしたが、明日は朝から来れます。大丈夫ですか?」

「問題無いよ。君の方も大丈夫かい? 私も他の事をやりながらになってしまうが」

「全然大丈夫です。さっさとモノにして具体的な修練に移りたいところですね」

「それは君の頑張り次第だね。……それで、今から君は帰宅という事になる訳だが、ひとつ私から注意点がある」

師匠が人差し指を立てて語った注意点、それは自宅での書き取りの禁止であった。

確かにマキシマイズエンチャントという前科が俺にはあるわけで。自力で難度の高い術式の描写に取り組むのはよした方が良さそうだ。

「了解しました。家ではゆっくり休む事にします」

「それがいい。君は基本的に仕事や訓練をしすぎているきらいがあるからね。シータからもそう聞いている」

いつの間にそんな事聞いたんだ、と言いたいところだが、実は俺が迷宮に籠っている時にシータは何度かここに訪れているらしい。しかも友人を連れて、お弁当持参で女子会を開いているというのである。

初めてそれを聞いた時は流石に迷惑じゃないのかとも思ったが、よく考えてみると師匠は普通に授業も行っている。生徒達と全く絡みが無い訳じゃないし、各生徒と話をするのも嫌いじゃないそうで、割と楽しい会のようだ。

「分かりました。師匠の言いつけ通り、体をゆっくりと休めますよ」

などと言いながら机の上に広げた紙や筆記具を片付けていると、術式の手本が描かれた紙が目に付いた。

「それはこっちに寄こしなさい。想起法を混ぜてやるのも君にはまだ早いからね。まともに書き取りができるようになるまでは我慢するように」

俺がこっそり想起法で修練しようと思った事は師匠には筒抜けだったようだ。

即座に察知され手本は取り上げられてしまった。

まあここまでされては休むしかない。

今日のところは大人しく帰って寝るだけにしよう。

「それでは師匠、今日はありがとうございました。また明日、よろしくお願いします」

「うん、また明日」

俺は挨拶を口にし、まだやる事が少しあると言う師匠を残して、部屋を後にするのであった。