軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

58 マイトリス迷宮地下七階

マキシマイズエンチャントは特別癖の無い呪文であった。

単にエンチャントの出力を最大化した呪文で、使用感もそれなりだ。

師匠が言っていた通り費用対効果はそこまで高くはない。エンチャントという形式の呪文の限界を感じさせるものではあるが、攻撃のオプションとしては十分な性能があると感じた。

ズーグもトビーも魔装術を扱えない現状で、武具に載せられる最大のバフとして使っていく事になるだろう。まあ先述の通りコストはそこそこなので、魔力をやりくりする必要はあるだろうが。

そんな感じで、新呪文の試行を終えた俺達は、とうとう地下七階へと足を踏み入れたのである。

「おー、広いっすねえ」

「へえ……」

トビーとカトレアがその広さに感嘆の声を上げる。

そこは円形の吹き抜けになっている部屋で、天井はこれまでの数倍の高さがある。

そして壁に沿って階段状に突起が並び、その途中に奥へとつながる通路が見えている。この七階だけで三フロアに分かれているようだ。

もしかするとフロア数はもっとあるかもしれないが、それは探索してみないと分からないだろう。

「……」

ズーグは沈黙を保っている。

ただその視線は油断なく周囲を巡っているので、こういう場所で戦うシーンを想像し、実戦に備えているのかもしれない。

一方の俺は七階に到達した瞬間から言葉を失っていた。

広大化した迷宮内部の様子は確かに驚いたが、それが理由ではない。

感覚に触れる 何か(・・) がある。それを感じ取り言葉を一時失ってしまったのだ。

それは何と表現すればいいのか。

迷宮内部に漂う圧力のようなもの。地下特有の閉塞感から来るものではない。不思議と落ち着くような、それでいて時折背筋が寒くなるような……。

超越存在に触れた時の感覚に少し似ているだろうか。

いや、それにしては 近しい(・・・) イメージ。超越存在ほど隔絶したものは感じない。

まああくまで感覚的なものだが、最初に感じた通り触れるような感覚は超越存在とは似て非なるものだ。

そう、言うなればそれは、耳のすぐ後ろで何か言わんとする息づかいを感じるような……。

「あっ」

思い出した。

これに似た感覚を俺は知っている。

一度だけ感じた事があるのだ。その時は混乱していて、ほんの一瞬の事であったが、引っかかっていたものがそれだと今確信した。

これは、俺がこの世界に来て「声」を聞いた時の感覚に似ているのである。

つまりは仮称:ウィスパーさんが俺に語り掛けてきた時の感覚だ。

それがあるという事はつまり、ここには……この先には、俺の求めている手がかりがあるという事である。

「旦那……?」

覚えのある感覚であると認識し、自然と口角が上がった俺を見て、ズーグが怪訝な声を上げた。

「朗報だ、ズーグ。ここの先には手がかりがある」

「それは本当ですか。何か……感じたのですか?」

「ああ、まだちょっとあやふやな感じだけど、間違いないはずだ」

俺とズーグのやり取りを聞きつけ、トビーとカトレアも目を見開く。

「そりゃ、つまり門番が?」

「分からん。トビーの言う通りかもしれないけど、確証までには至らないな。むしろ門番に会ってそれを確認したいところだ。会話ができるらしいしな」

「じゃあ、俄然先に進まないとって事だね」

カトレアの言葉に頷きを返す。

手がかりは神威事件の時に俺の中に居たウィスパーさんと出会って以来の事だ。

元々門番には色々質問してみようと思っていたが、一層それが重要事項になったという事である。

もちろんそれで全てを知る事ができると考えるほど楽観的では無いが、少なくとも進展がある可能性が高いとなればモチベーションも湧くというものだ。

まだまだ本格的な探索の準備段階で、今日そこまで辿り着けないのが焦れったい。

どれくらいの準備をして門番に挑むかは検討中だったが、門番がまともに会話ができ尚且つすぐに戦闘という性格でないならば、 挨拶(・・) しに行くのも良いかもしれないな。

「とにかく、少しでも先に進もう。魔物の種類の確認とか地図作成が進むほど、探索のスピードは上がる訳だし」

俺達は頷き合い、地下七階の先へと足を進めた。

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トビーを先頭に先へ進む。

俺の魔法も併用しつつ、技能的に一日の長があるトビーが前方に意識を集中し索敵を行う。本気で探索をする時のフォーメーションだ。

とりあえず七階第一フロアの地図埋めを目的とする。

最初の円形ホールで階段の正面にある通路の奥へ進んでいくと、二股の分かれ道があった。

右は上り坂、左は平坦だが奥はヒカリゴケが薄い部分があり、暗くてどうなっているかは不明だ。

「左で?」

「ああ、とりあえず上に行かないようにだ」

斥候役同士で短くやり取りし更に進む。

地図の作成は一応カトレアに任せている。あんまり得意そうではないが、俺のステータス画面とセンスバイタルを組み合わせれば通路の輪郭は何となく掴める。

迷宮の壁には魔力が宿っているようで、センスマジックを組み合わせればより高精度な地図の確認も可能だ。

効果時間的に言っても魔力の無駄が大きいため、常時二つの魔法とステータス画面を使う事はできないが、カトレアの描く地図と都度すり合わせを行えば何とかなるはず。

一応六階までの平面地図を描く分にはそれで問題無かった。

七階からは複数のフロアがあり立体地図になるのでかなり難易度は上がるが、それも慣れるまでだと思う。

場合によってはカトレアの次のSPを地図作成に役立つスキルに当てる事も考えている。

「おっ」

「反応ありっすね」

通路をまっすぐ進んで二つ目の小部屋に敵の反応があった。

小部屋はヒカリゴケが通路より多く分布しているため、こちらから小部屋側はよく見えるが、通路側は小部屋からは真っ暗に見えているはずだ。道は直進で身を隠す場所は無いが、身を低くしてゆっくりと近付けば気付かれはしないだろう。

「トビー」

「了解」

こういう時はステータス画面ありきで斥候技能を成長させている俺よりも、技能のみを培ってきたトビーに任せるのがベストだ。

俺はトビーに先行を指示し、残りの二人と共に壁に寄って索敵を待つ。

「どうだ?」

少しして戻ってきたトビーに質問を投げかける。

「見た事ない魔物っすね。ブルーデビルみたいな感じの、緑一色の人型の魔物……カギ爪がデカイやつです。後は影と言うか、 靄(もや) みたいのが漂ってました」

「ふむ……数は?」

「緑のが三、靄は二か所」

緑の魔物はカギ爪が武器、となれば斬撃系統の攻撃だろうから、普通にズーグを突っ込ませられるな。

靄はファイアラットみたいなエレメント系の魔物か? 後で看破するが、とりあえずガストと呼称しよう。対処法はここで判断する事はできないが、少なくとも物理ダメージが通らない事は予想がつくな。であれば俺の魔法でやるしかない。

「旦那、どうしますか」

ズーグに尋ねられ、しばし考える。

「そうだな……通常バフ一式、その靄……不確定名ガストを考慮して範囲にダメージがいくファイアボール三連でスタートする」

「ヘイストとブレスは無しっすね。魔法バフは?」

「それも無しだ。一応未知の相手だし急激な魔力低下は避けたい。その後風魔法でガストを押し流すから、その間に緑色どもを倒せ。俺はとりあえずガストの対処に専念する。火力が足りないならマキシマイズ飛ばすから言ってくれ」

「了解」

「了解」

最初にブレスから入るというのも考えたが、ここは七階だ。広大化した階層とは言え七階相当の魔物が出てくるはず。であれば 力押し(いつもどおり) で問題無いはずだ。

俺達は敵の索敵範囲ギリギリまで進み、バフを乗せる。

カトレアはここで待機。必要に応じてポーションを投げてもらう事になる。

「トビー、緑色とガストの位置関係は?」

「全体的にまばらっすね。ガストも間をふらふらしてる感じです」

「ならどこに出ていっても同じだな。じゃあ俺は右に出る」

「では俺は左に」

「オレは右っすね」

単体性能の高いズーグが遊撃、トビーが俺の盾になりつつ機を見て攻撃、俺が全体を見ながら魔法で支援・攻撃というのがウチのセオリーだ。今回もその通りにスタートする。

「よし……」

開始は俺のタイミングだ。

魔力の高まりに向こうが気付いたのを確認し、小部屋へ飛び出す。

「 火弾(ファイアボール) !」

まずは魔法の呪文を唱える。

発する呪文は一つだが、並列思考で三つの火球が生み出され、思考速度に応じた順に発射される。

一発目はこちらに突撃してきた緑色――看破ではクロウインプと出た――に着弾し、残り二発はその少し後方の中空で爆発した。

光、爆音、熱が広がり、魔法が魔物を焼く。

俺は余裕を持って敵全体を看破する。

クロウインプと……グレイシャドウ?

まずいぞ、こいつは。

「 明晰(クリアマインド) 」

俺が呪文を唱えるのと、グレイシャドウの一体が突撃を敢行するズーグの影に入り込むのは同時であった。

「ぐぬぅっ」

ぐらりとズーグの体が傾く。しかし間一髪で魔法が効果を発揮したか、崩れ落ちる前に踏みとどまった。

「いったいなんなんすか!」

トビーが俺の前まで来て盾を構えながら言った。

「グレイシャドウは影に入って精神系の弱体攻撃をしてくるんだ!」

看破していなければ危なかった。

いや、マインドプロテクションもレジストマジックもマナプロテクションも掛かっているのだ。もしかしたら危険と言うほど危険ではなかった可能性もある。

しかし相手の弱体攻撃の威力はズーグをぐらつかせるほどだ。耐えられていたとしてもクロウインプ相手に苦戦を強いられていた可能性は十分にあるだろう。

とにかくグレイシャドウは俺が何とかしなければならない。

クリアマインドはあくまでも対症療法で、グレイシャドウの弱体攻撃は続いているため再び影響は出てくるだろう。その前に対処しなければならない。

俺は必要な魔法を選別し、脳内で術式を組み立てていく。

「おらっ!」

目の前でトビーと顔の半分が焼け付いたクロウインプが激突した。

流石にキンケイル迷宮地下九階の魔物相手に修行していただけあって、危なげない戦闘だ。こちらは大丈夫だろう。

グレイシャドウを背負いながらも、小部屋中央でクロウインプ二体と立ち回るズーグは流石の一言である。

「ズーグ、二秒後ヒール! 二、一、 上級回復(エクステンドヒール) 、 祓魔(エクソーシス) 」

回復のついでにエクソーシスを発動する。

カウントに合わせてズーグが動きを止め、二種の魔法が着弾する。

エクソーシスは対アンデッド用の魔法であるため効果は薄いだろうが、生体(この場合ズーグ)に影響が無いと言う点で選択した。

本当ならディスペルかパーフェクトキャンセレーションが特効になると思うが、それではズーグのバフごと消し飛ばしてしまうので使えなかったのである。

「はあああっ!」

俺の支援を受けてグレイシャドウによる弱体が消えたためだろう。

ズーグは気合と共に槍を二閃。それで二体のクロウインプは体勢が崩れ、次の一閃でまとめて両断された。

「こっちだって!」

トビーも相手の爪撃を盾でいなし、隙のできた横腹を刺し貫く。

悲鳴を上げるクロウインプに対し、彼はダメ押しとばかりに横合いから首、目を貫いた。

「よし……もう大丈夫そうだな。 解呪(ディスペル) !」

インプどもを倒しきったと見て、俺はズーグのバフごとグレイシャドウを消滅させる。

ズーグは肩の荷が下りたようにぐるぐると腕を回し、三つの魔石を拾って近寄ってくる。

これで戦闘終了……いや、確かグレイシャドウはもう一体いたはずだ。

どこに行ったんだろうか。

流石に戦闘中にステータス画面を見る暇は無い。

視界と素の感覚で相手を捉えるしかないが、グレイシャドウの隠蔽能力が高かったのか見失ってしまったようだ。

「一体どこに……って」

視界には居ないので仕方なくステータス画面を確認すると、反応は足元にあった。

「どういう事っすか?」

「いや、いつの間にか取り憑かれてたみたいだ」

「ええっ!?」

マジでまったく気づかなかったんだが。

もしかするとインプの影に潜んでそこから移ってきたのかもしれない。

トビーでなく俺を狙ったのは魔法を警戒しての事かもしれないが、全く支障が無かったのは魂の位階を上げた俺の魔法抵抗を上回れなかったという事だろうか。

「どうするのです?」

「どうするもこうするも消滅させるしかないだろ。 解呪(ディスペル) 」

呟くように呪文を発動し、光に包まれると足元の影の中から魔石が浮かび上がってきた。

「とりあえず、上々の結果って事で良いっすかね?」

「そうだな」

トビーの評価に同意を返す。

あそこまでがっつり精神攻撃を繰り出してくる相手は初だったが、ああいう手合いを想定して準備していたのが功を奏したので、問題無く戦闘を終える事ができた。

まあ、風とか水とかを司るガスト……霧系のエレメントだと予想したのは完全にハズレだったわけだが。

索敵の段階で看破を行えていればこんな事も無かっただろう。しかし初見の相手でしか得られないものもあるので、階層の低いうちに経験を積むのも悪くはないはずだ。

「よし、じゃあもう少し進むか。地図作成しながらだし、後二、三戦ってとこだな」

俺はそう宣言し、カトレアと合流して再び迷宮の探索を始めるのであった。