軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

135 立ち込める暗雲

邪神の噂。

それが出回ることにデメリットがあるのか。

それはもちろん、それによる不信や不安が邪神のエネルギーになってしまうことにあるだろう。邪神の「人間の負の感情を好み、自身の糧とする」という特性によるものだ。

「出回っているのは、リョウ殿の迷宮探索は実は邪神が理由で、だからこそ国がそれを補助するように動いている、という噂だ」

渋面を作りながら総帥が言う。

実際それは事実に他ならないのだが、人心を惑わさないように、引いては邪神への糧とならないように、これまで情報を開示する範囲を絞ってきたと言う経緯がある。

しかも邪神によって文明が滅ぼされてきたため、その存在に関する文献などは少なくとも民間には残っていないはずなのだ。

「出所の調査はすでに行っているのか?」

「は、すでに着手はしております。ただあまり公に調査しても噂を肯定することになりかねません。それゆえ特定には時間を要するものと考えられます」

ヘリオス殿下の問いに、総帥が丁寧に答える。

「フェリシア、これって邪神の眷族の仕業なのか?」

飛躍した考えにも思えるが、今この状況で噂が出回ることで得をするのは邪神側のみだ。

本当に民間から出てきた噂、あるいは誰か関係者が漏らしてしまった結果だとすると、それはそれで問題ではある。だが、それ以上に問題なのが「噂の流布が邪神勢力の策によるもの」であることだろう。

それは即ち、迷宮外のどこかに邪神の眷族が潜んでいることに他ならないからだ。

邪神が迷宮に封印されている以上、新たな眷族を生み出すことも、そこから外に働きかけるのも難しいはず。

加えて眷族の首魁たる悪魔たちは全て滅ぼされている。

その状況下で、邪神の眷族が隠れて策を弄するような余地はあるのだろうか。

そうした疑念も含めての俺の問いかけに、フェリシアは少し考え込んでいる様子だった。

「……あまり考えたくはないけど、その可能性は十分あるでしょうね。迷宮内部は私が掌握しているから、そこで発生して抜け出した、と言うのは考えづらいわ。ただ瘴気なんてほとんどないはずの迷宮外部で、策を弄すだけの知性を持つ個体が生まれるとも考えづらいわ」

顎に手を当てて思考しながら、フェリシアはそう説明する。

そして続けて曰く、

瘴気は虚神で言うところの上位魔力のようなもので、邪神の扱うエネルギーである。

邪神は人間の負の感情を用いて瘴気を発生させられるが、当の邪神は迷宮に封印されているため、少なくとも迷宮の外で人心が乱れても瘴気に変えることはできない。

となるとこの流言が邪神の眷族の策ならば、それは知性を持ち、負の感情を瘴気に変える能力を持ち、そしてそれを邪神に送ることが可能な存在であると考えられる。

「つまり……四大悪魔と同等の存在と言うことよ。少なくとも瘴気の生成とそれを邪神に献上することができるのは、相応に高位の眷族のはずだから。もちろん、もし本当に人為的に発生した噂でなければ、ではあるけどね」

最後に付け加えた言葉には「そうであって欲しい。そうであればどれほど良いか」という、諦念交じりの期待が込められていた。

「後手に回るのは想定内だけど、流石にちょっと早すぎるな……」

邪神との決戦に万端の準備を整え先手を取る。

そんなことは、敵の全容がほとんど未知である以上、半ば不可能な目標ではあった。

相手の動きがあり次第、俺たちは後手に回ることになるし、早晩それが訪れるのも想定済みではある。

だとしても、いきなり流言の流布などという強力な策からスタートするとは思っていなかった。

その辺りフェリシアとも少し話したことはあったが、初動は「瘴気の流出が減少する=眷族発生の予兆」になるだろうと考えていたのだ。

それが眷族どころか四大悪魔クラスの存在が発生し、しかも姿を隠した状態で不安の種をバラ撒くところから始まることになるとは。

「流言を止めようとする動き、それそのものが流言を認めることになりかねないのであれば、民心が恐怖や不安に支配される前にこちらから決戦を仕掛けるしかない、と言うことになりますか」

重苦しい宰相の言葉に、一時場に沈黙が下りる。

「……私の新しい魔法はまだ練度が不十分ですが、習得は済んでいます。人心を乱す策に対抗するための防御的な魂魄魔法の開発も終わっていますし、そこが間に合っているだけ良かったと考えるしかないですね……。ローグレン総帥、守備隊の配備はもう可能になっているんですか?」

このような状況では、まず準備できたところを確認することが重要だろう。

そう考えて発言すると、各人も覚悟を決めた表情で顔を上げてくれた。

「ああ、リョウ殿から提案のあった通り、迷宮三都市に全体の八割を守備隊として配備するよう手配はしている。その他の各都市の人員配置へは手が回っていないが、現状ではそれぞれに元からある守備隊に任せるしかなかろう。迷宮都市以外はそこまで危険視しなくとも良いと言う話であったが、それでよろしいか?」

「はい、恐らくは」

守備隊と言うのは、軍から供出してもらう戦力のうち、決戦で邪神側からスタンピードのような物量攻撃があった際に備え、地上に駐留する部隊のことだ。

守備隊以外の人員は迷宮突入部隊――俺を主軸とする決戦部隊もここに含まれる――となるが、それを最も門番の位置が浅いマイトリス迷宮から随時突入させ、迷宮内を制圧することになっている。

「マイトリス以外の二迷宮については?」

「それについても、各ギルドおよび王立資源探索隊と話はついている。駐留のための場所や物資については現在動いている最中ゆえ、今日明日と言われれば難しいだろうが、近日中には突入できる準備は整うことになるだろう」

「ありがとうございます。魔法についてはソウルレゾナンスという魔法の開発が済むまで、できれば待ちたいところですが……そこは魔法学園の頑張り次第になりますね」

まさに先ほど、デスマーチ継続を依頼するために担当教授の所に向かうと言う話をしていたところだ。

無茶な依頼をするために魔力学のデータ収集を手伝うって話だったが、この状況だとそれは決戦後になるかもしれないな。先の話になって申し訳ないが、そもそも「決戦後」を作るための依頼なのだから、そこは折れてもらう他ない。

「宰相から、何か意見はありますか?」

総帥と意思疎通を済ませ、次に宰相に話を振る。

政治や経済と言ったところは門外漢も甚だしいからな。任せきりになっているし、イリスさんから分かりやすく経過報告を受けていても、正直状況は把握できていない。

「いえ、私からは。聖騎士叙勲以降、貴族たちの動きは落ち着いています。予算の確保も済んでいますので、あとは如何様にも」

端的な答えに、俺とローグレン総帥は視線を交わし頷き合った。

俺たちは後ろは気にせず、前を向いていれば良いってわけだな。

「殿下の方はいかがですか?」

「うむ……陛下が不在なのは少々不安ではあるが、私の方から何か言葉が必要であれば言ってくれ。まず考えられるのは……『迷宮突入の宣言』となるだろうか」

ヘリオス殿下の提案は全員から頷きをもって肯定される。

迷宮突入が近いこと、それによるスタンピードの懸念などを触れてもらえれば、何かあった時に人心への影響も抑えられるだろう。各地に駐留する部隊を見られても、恐ろしいことが起きる恐怖ではなく、それへの備えとして心強さを与えられるはずだ。

「あとはフェリシア」

「分かってるわ。瘴気の状況と眷族発生の監視ね。後は迷宮外部の瘴気の動向も少し調べてみる」

「外の状況も分かるのか?」

「迷宮内部ほどじゃないけどね……。まさか迷宮の外で眷族が発生できるほど瘴気が集まるなんて、完全に想定外だったわ」

歯噛みするフェリシアの言葉には、悔しさがにじんでいる。

「コールゴッドで地上から瘴気は一度消え去った。直後に調べたから、それは間違いないのよ。そこから邪神の影響範囲外で、眷族が発生するほど瘴気が生じるなんて……信じられないわ」

「一応確認しておくが、迷宮内からの発生をお前が見落としてたってことは無いんだな?」

俺が問いかけると、フェリシアは眉尻を下げて弱気な表情を浮かべる。

「率直に言うけど、だんだん自信が無くなってきたわ。ありえないことが起き過ぎて……私の過ごした年月は何だったのかって」

初めて見る顔だった。

視線は伏せられ、声にも張りが無い。

迷宮の底で、俺を叱咤した時に彼女は「諦めたことが無い」と口にしていた。その後もなんやかんやとあっても、必要なことは必要なこととして遂行するという意志がぶれるのを見たことは無かった。

その彼女の不安そうな顔を見て、俺は自分の中に、静かな怒りが沸き起こるのを感じた。

「……悪いけど、そこは慰めてやれないぞ、フェリシア。お前はよく、俺を邪神と戦うための救世主みたいに言うけど、世界にとっちゃお前こそがそれだろう。主体なんだから、折れてもらっちゃ困る」

これまでの歴史の通りに、邪神に人心を吸いつくされるのを良しとしなかったのはフェリシアだ。

千年もの間、迷宮となった邪神の封印を管理してきたのもフェリシアだ。

そして対抗手段を模索し続け、何度挫折し不幸な存在を生み出すことになってもやめなかったのも、フェリシアだ。

彼女だけは、折れることは許されない。

ここまでに成してきたことの結果を、全て受け入れなければならない。

そしてそれ以上に「お前はそんな程度の存在じゃないだろう」と、俺は彼女を、そう強く信頼しているのだ。

言葉にはせず飲み込んで、視線でだけ伝えるように彼女をにらみつける。

「……そうね、その通りだわ」

俺の考えが通じたのか、フェリシアはぐっとつばを飲み込んで、表情を引き締め直した。

「じゃあ……頼んだぞ?」

「ええ。また一から調べ直すわ」

フェリシアの強い宣言をもって、その場はお開きとなった。

殿下と宰相はお触れの内容を考えるため、その場に残るらしい。

総帥は部屋を出る際に「具体的な日程は追って伝える」と言って去っていった。

フェリシアは退出の言葉もそこそこに、光の粒子となって去っていった。

「……ふう」

部屋を出て、ひとつ息を吐く。

戦いが始まる。それが実感に変わったことを、俺は理解した。

もはや休んでいる暇などないということだ。

俺はソウルレゾナンスの開発を急がせるため、明日にでもと言っていた予定を繰り上げ、魔法学園の教授の部屋へと向かうことにした。