軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

117 知識の条件

もう一度媒介の宝珠から発光があったのは数分後。

身を寄せた体温の心地よさに身を委ねていたらすぐである。彼女は「仕方ないさ、また機会もあるだろう」と言っていたが、離れていく温もりの名残惜しさと言ったらなかった。

まあ、あの感じでまたすぐに戻ってくるのだから急ぎの用件なんだろう。

ほんっとうに名残惜しかったが、気持ちを切り替えよう。

「ごめんなさい、良いところで」

「ホントだよ。次からはノックくらいしろよな」

何十秒かかけてゆっくりと現れた(気を利かせたつもりだろう)フェリシアに、つい意地の悪い言葉をかけてしまう。至極困った顔で「無茶言わないでよ」と言った彼女だったが、気を取り直すように表情を切り替えた。

「急ぎでお願いがあるのよ。後は他にも少し」

「他にも? いやそれより、まず急ぎの方からだな」

「ええ。まず、貴方には森の民の使者のところに行って欲しいのよ。そして、アカシックレコードへのアクセスを止めるよう言って欲しいの」

森の民というとつまりアトラさんのことだな。

彼女には大地の精霊、つまりアーテリンデさん経由でアカシックレコードにアクセスし、邪神の眷属について調査して欲しいと依頼していたのだ。

それを促したのはそもそもフェリシアだった気がするが、急ぎでそれを止めろと言うからには何か事情が変わったということか。

「アーテリンデさんから何かあったのか?」

俺がそう言った時には、いつのまにかその姿が現れていた。

ふわふわと漂うその姿に全員の視線が集まる。

相も変わらず男か女か判別できない、けれど恐ろしく整った容姿のその表情は、憂いを帯びて陰っている。

「この子からこんな様子で、直々にね。警告を発しても止めないから、外から止めさせろって」

「情報は貰えないってことか?」

アーテリンデさんがアカシックレコードにアクセスできるのは、才能の器が造られた経緯からも確実である。その彼女がこう言うからには、調査依頼は不発に終わったということだ。

「ひとまずはそういうことね。まあそれについても話があるみたいだけど、とにかく止めるのが先決らしいわ。結構マズい状況みたいだから」

アカシックレコードから情報を得ることは、危険を伴う行為だと従者のホランドが言っていた。それを踏まえてもなお重要な情報ということで依頼したのだが、アトラさんに無茶をさせてしまったようだ。

「とにかく、ぱっと行ってくる」

「悪いけど、使者の人はここに連れてきてちょうだい。まとめて事情を説明するから」

「了解」

マズい状況というからには行動に支障が出ているかもしれないが、そこは回復魔法なりでなんとかしよう。

俺は散乱する資料を巻き込まない場所に移動し、転移魔法を発動した。

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転移した先は王宮の転移部屋である。

アトラさんたちは王国の客人として、現在は王宮に逗留しているのだ。

転移部屋の中からノックして、駐在の兵士に鍵を開けてもらう。

ついでに用件を伝え、案内の人も寄越して貰った。

流石に急ぎだからといって一人で王宮を走り回る訳にはいかないからな。

「お待たせいたしました。お急ぎの要件だとか、すぐ案内いたします」

侍女さんに先導されて早足で王宮を進む。

いくつかの通路を越え、やや奥まった場所にある客間へとたどり着いた。

「では、私が先に」

「大地の精霊からの 言伝(ことづて) があるとお伝えください。急ぎでお願いしますね」

「承知いたしました」

俺の意図が伝わったのか、侍女さんは礼もそこそこに部屋に入っていく。

こうした貴族的な「先触れ」を用いる作法というのは実にまだるっこしい。

というかもしかして一分一秒を争う状況だったりするのだろうか。もっとちゃんと、どのくらい危機的状況なのか聞いてくるべきだったな。今になって焦ってきたんだが。

そうして俺がうずうずと落ち着かなくしていると、すぐに侍女さんが戻ってきて部屋に通してくれた。

俺の様子を見て、部屋付きの侍女さんもすぐに応接の間から中へと通してくれる。

「リョウ様、ようこそいらっしゃいました。大地の精霊様から言伝で、急ぎの要件と伺いましたが」

出迎えてくれたのはホランドである。

彼の様子は平静で、その様子に俺も少し落ち着きを取り戻す。

「私がした調査依頼は上手くいかないと、そのように伺いました。それでアトラさんが無茶をしているとも」

「なるほど……承知しました。すぐ止めに入りましょう」

そう言うとホランドは手のひら大の木箱から編み紐の付いた鈴を取り出した。

そうして彼女の部屋らしき方に歩いていくのでついていくと、

「アトラ様は寝室にて精霊祈祷を行われております。立ち入りはご遠慮ください」

と押し留められてしまった。

そんなこと言っている場合か、とも思ったが、彼の様子を見るにそう特異な状況でもないのかもしれない。

取り合えず体調に異常があるならすぐ呼ぶように言って、彼を送り出した。

そして、およそ数分後。

「リョウ様、どうぞお入りください。ひとまず問題は無さそうですが、念のためアトラ様を診ていただけると助かります」

「分かりました」

寝室に入ると、ベッドに横になったアトラさんに出迎えられる。

「リョウ様、ごきげんよう。すみません、こんな格好で」

「いえ、俺が依頼したことで無茶をさせてしまったみたいで、こちらこそすいません。とりあえずお体に異常がないか確認しますね。それと治療も。お話はその後でさせてもらいます」

「……はい」

ベッドに近寄り、 生命探査(センスバイタル) を始めとして魔法を唱えていく。

自分が依頼した情報収集が原因だし、罪悪感があるから治療も目一杯だ。

調査した限りでは、何らかの病気や怪我を負っているようか感じではなかった。ただ、精神的疲労に加えて身体的疲労がかなり蓄積されていた。これが 閾値(いきち) を越えて重大な事態になっていたかと思うと正直恐ろしい。フェリシアの言う「マズい状況」に、本当に至ってしまう前に止められて良かったの一言である。

「お役に立てずすみません」

回復を終え、上体を起こしたアトラさんがすまなさそうに言う。

着物が薄い白襦袢みたいなやつだから目のやり場に困るな。

「そんなことはないですよ。それよりこれから大地の精霊から何か話があるみたいなんですが、一緒に来ていただけますか? アトラさんも連れてくるように言われているのです」

「そうなのですね……それでは準備いたしますので、お待ちいただけますか?」

回復したてのところ申し訳ないが、大地の精霊アーテリンデさんが出張るくらいの案件だ。

ここは無理を押してもらうしかないだろう。

俺が寝室を出ると、少しして身支度をしたアトラさんが現れる。

いつもの和風な衣装で、多少表情に憔悴した感じは残っているが、体調もひとまず問題なさそうだ。

そして慌ただしく部屋を出て、学会の会館にある師匠の居室へと逆戻りである。帰りは転移を使えないから若干不便だ。師匠のところに内緒で転移場所を確保してもらったりできないだろうか。

そんな益体もないことを考えて歩いているうちに、居室へとたどり着いた。

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「あ、戻ってきたわね」

部屋に入ると、俺たちに視線が集まる。

師匠たちは応接のソファに腰かけているのだが、魔法の話をしていたのか、資料がテーブルの上に広げられている。さっきまとめたところなんだけどな……。俺の魔法の資料をどっかにやられてなければいいんだが。

というか、アーテリンデさんも一緒になって席に着き、資料をのぞき込んでいてなんというか微笑ましい。いや、彼女は大地の精霊だから微笑ましいとかいう話ではないとは思うけどな。

「大急ぎで戻ってきたっての。回復魔法てんこ盛りで連れてきたけど、無理させてるのは理解しておいてくれよ」

「了解」

フェリシアは俺の言葉に頷くと、立ち上がってアトラさんの方に向き直る。

「よく来てくれたわね。大事な話があるから、かけてちょうだい」

勝手知ったる他人の部屋と言う感じで、フェリシアが応接のソファにアトラさんを促す。

応接のソファは三人掛けで、居室の扉を入ってすぐのところに置かれた長方形のテーブルを挟むように置かれている。俺たちは今日聞く立場だから、座るのはフェリシアとアーテリンデさんが座っている方じゃなくて、師匠が座っている方だな。

「あの、その方が……大地の精霊様なのですか?」

俺がさっさと席に着いた一方、アトラさんは困惑気味にそんなことを言った。

まあ彼女にとってアーテリンデさんは崇拝の対象だろうし、対面の席に座るのは抵抗があるのだろう。

「そうよ。……まあ、この子は私たちと大地の精霊が交信するための依り代みたいなものらしいんだけど。同じ席に着くのは嫌かもしれないけど、仰々しいことをしている暇は無いの。いいかしら?」

有無を言わせないフェリシアの物言いに、躊躇しながらアトラさんは席に着いた。

「依り代ってことはアーテリンデさんは大地の精霊そのものじゃないってことか?」

「アーテリンデ? 大地の精霊様はそのようなお名前なのですか?」

俺の質問に被せるようにアトラさんが疑問の声を上げる。

フェリシアはどちらに対してか、困ったような表情を浮かべた。

「この際だから白状するけど……アーテリンデは私が勝手に呼んでるだけなの。この子は依り代だし、呼び名が無いのもアレかなと思って……だって千年もあったのよ?」

言い訳のようにフェリシアがそんなことを言う。

相変わらず重要なことを適当に話しやがる。……いや、今回の場合は適当なことを重要そうに言った感じか? まあどっちでもいいか。

「それより、早速本題に入りましょう。リョウも気になっているでしょうし」

「そりゃな。ちょうど良い時においで下さったくらいだし」

思わず恨み節が漏れる。だがフェリシアはしょうがないじゃないと開き直り肩を竦めた。アトラさんはハテナマークを浮かべ、師匠には蒸し返すなとわき腹をつつかれた。

「とにかく、話を始めるわ」

フェリシアが弛緩した空気を引き締めるように、コホンと咳ばらいをした。

「……単刀直入に言うけれど、アカシックレコードからの情報収集は現状では不可能よ。それはアトラさん、貴方の力量云々に依らず、という意味でね」

「それは……何か理由があるということでしょうか」

現状は不可能、と言うからには、そういうことなのだろう。

フェリシアは頷いて「人間にはクリアできない条件らしいのよ」と言った。

「人間には」という言い回しにはどこか含みがあるな。最近身の回りで良く聞くフレーズな気がする。主に俺や俺の力を形容する感じで。

「もしかしてその条件って……まさかまた俺に関わることなのか?」

「察しがいいわね。その通りよ」

「……それで、その条件ってのは?」

フェリシアは俺の質問に対し、二つの資料を差し出して答えた。

それはさっき師匠とアーテリンデさんと三人でのぞき込んでいた資料だ。

そして俺にとっては、重く分厚い壁であり、つい先ごろ、師匠にその壁に跳ね返されて見失っていた自分を取り戻させてもらったその原因であった。

「結局こいつが肝になってるんだな」

フェリシアの指の先には 覚醒(アウェイクン) 、そして 神気憑依(ポゼッション) の資料があった。

このところ悩まされっぱなしの魔法たちの並びに、ちょっとウンザリしたのは内緒である。