作品タイトル不明
111 北方領域 その三
初めに姿が確認できたのは、走竜種と呼ばれる竜の眷属であった。
次いで猪、狼のような四足の魔獣も見て取れる。熊型の魔獣もおり、「小物」と称するのは控えめ過ぎる表現だと言えるだろう。いずれも体高が人の背丈ほどもあるような、体重一トン近い巨体の魔獣たちである。
「そこそこの数が来やがったな。こりゃ後もデカいのが来そうだぜ」
と、ガウムはつぶやくが、俺にはどの辺が「そこそこ」なのか分からない。
それくらいの数が、後から後から、湧いて出てくるように森から姿を現していた。
魔獣とは魔力の多い土地において、マナを体内に貯め込んだ獣がなるものだという。種族的に生来魔獣であるものもいるようだが、先天的、後天的の割合は半々だとも聞く。それがこれほどの数、こちらが誘引したとはいえ攻めてくるのだから、北方領域がいかに魔力濃度が高いか分かろうものである。
『右翼、進軍が早いぞ。一つ目の餌には取り付かせろ。左翼はそのままだ』
高見櫓から、拡声の魔法に乗った総大将――つまりヴェンデリン卿の声が届く。
進軍を開始した兵士たちが淡い闇の中を慣れた様子で進み、魔獣を逃すまいと囲い込む。
基本戦術は砦正面に置かれた餌に向かってくる魔獣を、左右から包み込んで叩くというものだ。と言っても完全に包囲してしまうと追加の魔獣に後背を取られるため、進軍には微調整が必要になってくる。
「おし、俺らも出るぜ。俺たちは右翼だ。適度に敵を減らしながら包囲部隊の端っこに陣取るぞ」
ガウムの指示があり、俺たちも砦を出て戦場を進み始めた。
俺の役目は、第一に飛行する魔物を撃墜することだ。
第二にはガウムに率いられ、先鋒部隊としての役割を全うすることである。
北方駐留軍における先鋒部隊とは、一番槍と言う意味での呼び名ではない。追い立てられた魔獣の後ろから現れる本命を討つ、敵陣深くに切り込むという意味での先鋒なのだ。
そのためガウムの指示にあった通り、包囲部隊の振りをしつつ戦場の端で大物の出現を待つことが、最初の行動となるのである。
「 氷矢(アイスボルト) 、 氷矢(アイスボルト) 、 氷矢(アイスボルト) 、 氷矢(アイスボルト) 、」
俺はとりあえず第一の役割をこなすため、飛来するグリフォンに向けて魔法をばら撒いていく。アイスボルトは氷結によって若干の阻害効果があるから、ある程度当たれば他の魔法兵がトドメをやってくれるだろう。
放つ数は第一思考が十、第二思考が八、第三思考が五、第四思考が二と言う感じだ。もちろん第四まで打ち終わったら第一の準備ができているから、傍からはほぼ無制限に撃っているように見えるだろう。
軍の備品部から借りた指輪型の魔法発動体も案外役に立っている。曰く「無いよりはまし」という性能らしいが、俺みたいに近接戦闘の間合いで魔法を使ったり、こうしてアホほど連続で魔法を使う人間にとっては、その小さな差が重要なのである。魔力の軽減や収束速度の向上がゼロコンマいくつというレベルであっても、百回二百回と使えばかなり違ってくるわけだからな。
「ご主人、来たみたいっすよ」
「みたいだな」
そうやって地道な射撃で撃墜数を増やしていると、適宜行っていたセンスバイタルに大きな反応があった。ガウムも気づいたようで、先鋒部隊の人員に指示を飛ばし始めている。
森の端の木の陰に見えるのは、獅子の頭と蛇の尾を持つ魔獣、キマイラだ。
身を潜めているあたり様子見といった感じである。
あれを誘引して引き込んだ後、先鋒部隊で突撃して討伐するという流れだ。
と、俺がそんな風に思っていると、ガウムの表情が急に険しくなった。
「おい、次が来やがったぜ」
キマイラの後ろから、その体躯と同等の 頭(・) を持つ 翼無き竜(ワーム) がぞろりと姿を現した。様子見をするキマイラと違い、堂々と進み出てくるのは自身の強大な力を理解するが故のことだろう。
試練でもスケイルワームと戦ったことがあるが、確かに厄介な相手だった。
まあ逆に言えば、すでに乗り越えた相手だともいえるのだが。
「ちっ、ワームか……面倒な相手だな。おいリョウ、お前なら上手く相手にできるか?」
「問題無い。と言うかこんな開けた場所だったら、俺にとっちゃ魔力タンク変わりみたいなもんだな。キマイラの方が飛行できる分面倒だし、先に倒したいところだ」
ワームという種は、とにかく巨体であることが特徴だと言える。
あの巨体の進撃を止めようとするならば、相当な労力・犠牲を払う必要があるだろう。
試練で出会ったスケイルワームにも、通路を移動中に攻撃されたこともあって体当たりを回避できず、体中の骨と言う骨を粉砕される羽目になった苦い経験がある。
だが、俺が開けた場所で相対するなら、単なる魔力タンクに外ならなくなる。
なぜなら俺には最大の近接戦闘用魔法「 吸収(ドレイン) 」があるからだ。
ワーム種は巨体を維持するためか、それとも竜種であるためか、相当な魔力を体に蓄えている。恐らくテレポートを使ってヒットアンドアウェイをやっても、ドレイン一発で死ぬほどおつりが出るレベルだろう。
なので俺としては、キマイラ討伐に潤沢に魔力を使った後、ワームで回復を行いたいところであった。
「とりあえず転移で先行してワームにドレイン当てるから、その間に追いついてきてくれ。その後はキマイラの方行くから、ワームを死なない程度に相手しておいてくれると助かる。早いとこワームを止めないと左翼側に行く進路ふさがれそうだしな」
「一人で行くんっすか?」
「ああ、俺一人なら撤退も転移で簡単だしな。ブレスも使うから即死ってのは無いだろ」
「まあ、そうっすね。……んじゃその他の大物の警戒はこっちに預けてください。それくらいは分担しやすよ」
「分かった。なんか新しいのが来たら大声で知らせてくれ」
トビーと素早くやり取りして、俺はテレポートを発動する。
転移の直前にガウムが「おまえってホントアレだよな……」と絶句していたが、多分これから俺を含めた戦闘はこんな感じになると思うぞ。
もちろんある程度動きが読める相手に限られるだろうが。
さて、キマイラはどんな動きを見せるだろうか。
迷宮外の魔獣には生物としての知性があるはずだが、俺みたいな初見殺しの塊だと、逆に簡単に倒せてしまいそうな気もするんだよな……。
とにかく、まずはワーム君にガッツリ回復させてもらおう。
すでに飛行する魔物に対して消費した魔力もあるわけだし。
もちろんドレインを当てるまでは最大限警戒して、とりかることにしよう。
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リョウが転移で消え去るのを見送った先鋒部隊は、すぐに移動を開始した。
魔法兵が補助魔法をかけ、陣形を整えてワームへと進軍する。
その進行方向では、光と共に出現した小さな人影に、ワームが鱗を逆立て首を持ち上げたのが見える。
その姿勢は最大限の警戒行動で、その人物をどれほど脅威と見ているのか知ることができた。
「お、ブレスが発動したのか。まあとりあえず、これで負けは無くなったっすかね」
進軍する部隊の先頭で、強い発光を見て取ったトビーがぼそりと呟いた。
事実鎌首をもたげ、その巨体から繰り出される凄まじい瞬発力の噛みつきを、リョウは負けず劣らずの速度で回避している。そしてワームの体に取り付いてドレインを発動させたのだろう。くすんだ色の発光が起こり、ワームが苦悶の咆哮を上げた。
「うげ、あれドレインかよ。俺が試しに食らったやつとは段違いだな」
「まあ、ブレスに加えてエンハンスも掛けただろうからな」
リョウはその後、アイスコフィンらしい魔法でワームの体の各所を地面に縫いとめつつ、その向こう側へと向かった。
キマイラは強力なリョウの魔力を欲したのか、無謀にも敵意を向けてリョウを迎え撃つ位置へと出てきたようだ。
火炎、噛みつき、爪の一撃、毒蛇の尻尾での噛みつき。
矢継ぎ早に攻撃を繰り出すが、そのいずれもリョウには通じていない。
火炎は魔法で、物理攻撃は盾で。毒蛇の尻尾などは彼の腕に噛みついた後、容易く引きちぎられていた。リョウであれば毒の治癒も可能なのだ。あえて噛みつかれ、確実に捕える方針にしたのだろう。あるいは回避を面倒くさく思ったのかもしれない。
「あーあー、魔法もバンバン使って、こりゃあ着く前にキマイラは落ちそうだな」
「……なあ、改めて聞きたいんだがよ」
「ん? なんだよ」
魔法の光が明滅するのを横目に、進軍を続けながら、トビーは質問するガウムの方を向いた。
「 あれ(・・) 、本当に護衛が必要なのか?」
ガウムの率直な意見に、トビーの顔が歪む。
それはリョウの最も近くにいる彼とて、よく理解していることだったからだ。
「わざわざ言うんじゃねえよ。俺だって気にしてんだ」
「やっぱそうだよなぁ」
「でもあの人の一手を浮かせたり、初見で盾になったりはできるからな」
「肉壁か? ご苦労様だな」
「心配しなくっても、お前ももうその一人に数えられてんぜ?」
トビーの意趣返しに、今度はガウムが顔を歪める番だった。
「ちっ、やっぱそうかよ。……いいのか? 俺じゃ肉壁にはなっても精神的なヤツの足しにはなんねえぜ?」
「精神的? どういうことだよ」
「とぼけんなよ。あの野郎、そんな図太い 性質(タチ) じゃねえだろ」
「へえ、お前にはそう見えてんのか。今まさにデカブツに突撃してったお人だぞ」
ちらりと視線を飛ばすトビーに、ガウムは片眉を釣り上げて 胡乱(うろん) げな表情だ。
「ま、あくまでとぼけんならそれでもいいけどよ。俺はそういうのには役に立たねえからな。期待すんなよ」
「……」
トビーが沈黙を保ったのを機に、彼らは会話をやめ視線を前へと戻す。
そこでは得意なはずの近接の間合いで、いいようにやられているキマイラが見える。ドレインも何度か食らったのだろう。すでに動きは精彩を欠き、翼は力なく垂れ下がっていた。
「しゃーねえなあ、とにかく、なんとか食らいついていくしかねーか」
「ふん、そうだよ。最初っからな」
キマイラが首を叩き落されるのを見ながら、トビーとガウムは互いに武器を握りしめ、歩みを進める足に力を込めるのであった。