軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

108 挑戦の始まり

師匠の研究室にロミノの論文(仮)を持っていくと、彼女らは資料を広げて研究を始めるための議論をしているところだった。

カステリオンの研究室で見つけた魂魄魔法の論文や、転移をはじめとした時空間系の魔法に関する資料も見て取れる。いつか師匠が言っていた通り、初めに取り掛かるのは俺が使う強力な魔法にするつもりらしい。

「これは……凄い理論だね。論述自体には多少粗いところはあるけれど、それはこの理論を貶める理由にはならないな……」

と、師匠は論文に目を通して大絶賛だ。

「私はその論述をもう少し確かな内容として欲しかったけどね。この理論は広い範囲に応用することを前提にされたものだと思うけど、これじゃせっかくの発展性を活かしきれないじゃない」

一方のフェリシアは論文の要点を認めつつも、多少の物足りなさを感じているようである。

二人の意見は食い違っているようで、互いに見解を補完しあっているようにも思える。思いのほか、彼女らの相性は良いのかもしれない。

「これも預けてしまっていいですか? 俺の知識じゃ大して活用できないと思うので」

「もちろんさ。そのために私が居るんだ」

「私もね」

師匠とフェリシアは同調してそう言った。

「それはそうと、この短時間でこっちにも珍しい客があったよ」

「誰です?」

「ヘックス教授さ。君に会いたがっていたけど、大丈夫、突っぱねておいたから」

ヘックス教授というと、確か神聖魔法の研究家だったか。俺が神威にやられた時にお世話になった人である。

そんな人をすげなくあしらうとは。得意げに胸を張る師匠は可愛いの一言だが、あしらわれたヘックス教授には少し同情するな。あの時色々あって、師匠から彼への評価はストップ安状態だったとはいえ、突っぱねたからには何らかの理由があるんだろう。

「彼はどういった理由で?」

「魂魄魔法の少ない情報を集めて、理論を構築したみたいでね。まあ彼はもとより理論屋だけど……。ともかく君が魂魄魔法で神威に対抗したという事実から飛躍して、なかなか面白い話を聞かせてくれたよ」

「というと?」

再度問うと、二人からは悪巧みをしてそうな笑みが返ってきた。

どうも今ここでは教えてくれないようだ。

こんな表情が返ってくるのだから、面白い結果を期待しておくことにしよう。

「この、ロミノ君の論文もありがたくもらっておくよ。きっと素晴らしい術式ができるだろう。期待しておいてくれたまえ」

「分かりました。じゃあ、魔法のことは二人に任せて、俺は他のことに当たるとします」

ロミノの論文を承認機関にねじ込むこともお願いして、俺はその場を後にした。

「さて、と」

差し当って、まずはクロウさんのところに行こうかな。

色々進むべき先はあれど、まずは受けた恩を返すところからだ。

寄り道と言われるかもしれないが、ちょっと自分自身に立ち返りたいし。

それじゃあ向かうことにしよう。

俺の冒険の原点に近い場所。ズーグと出会い、その後の道行きを決定づけた、マンチェスター商会へ。

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「……それで、我が商会に足を向けてくださったと」

「ええそうです」

マンチェスター商会の応接で、クロウさんとお茶を楽しむ。

すでに十数名の欠損奴隷を治療して、今は一旦休憩の時間である。

「お疲れのところ来ていただいたようで恐縮していたんですが、少し納得しました」

「心残りもありましたしね。最初に恩を受けてから、どれくらいでしたか」

自分で言って少し思い出してみる。

厳密な日数なんて全く覚えてないが……最初は俺一人で探索してて、ズーグを買って二人でマイトリス迷宮を攻略して、それからキンケイルに行ったんだったか。で、トビーを買って神威にやられて、治療のために王都に行ったあと、マイトリスに戻って、白竜に挑んだ。

大体これで一年弱……くらいか?

そう考えると凄い短い気もするな。

「一年と少し、と言う感じですかね。いや、改めて考えるととんでもない成長速度ですよ。流石聖女様に選ばれた異能の適性者というだけあります」

クロウさんの方は正確な日数を覚えていたらしい。

まあ帳簿とかもあるだろうし、ある程度覚えているのも当然か。

特に俺の欠損治癒魔法が使えるまでは、契約履行の途中状態だったわけだしな。

「欠損治癒も習得して、ドラゴンも倒して、ずいぶんと先へ行かれましたな。初めて会った時とは大違いです」

「いえいえ、先はまだまだですよ。あの時から成長したのは確かですが」

俺がそう軽口を言うと「ほう、さらに先ですか」と少し面白げな、驚いたような声が返ってきた。

こうして軽いやり取りに付き合ってもらえるだけでも、ここに来た甲斐がある。

今日の会議は本当に気を遣ったからなあ……。

茶菓子に伸びる手も軽快になるというものである。

「そう言えば……一つ伺いたいことがあったんですよ」

茶と茶菓子のおかわりを従業員に申し付けた後、クロウさんが言った。

「なんです? 何か気になることでもありましたか」

「ええ、リョウさんが戦う決意をされた理由が、少し気になりまして」

彼が言うには、俺の様子があまりに自然で、どうしてそこまで簡単に強大な敵との戦いに 臨(のぞ) めるのか、不思議に思ったらしい。

彼のその疑問は、俺自身の葛藤を表に出さず、これまでどおり振舞っていたことが原因である。ただそれを説明する前に、ふと俺の中にも改めて、彼と同じ疑問が沸き起こった。

なぜ俺が戦うことを決めたのか。

なぜ自分には関係ないと逃げなかったのか。

クロウさんの疑問の言葉の端々からは、そうした意図が見え隠れしていた。

俺はこの世界で造られ、迷宮に挑むよう意識誘導されていたらしい。今ここに至るまでの道行きは、全てが仕組まれたものでないとはいえ、大きな方向性は聖女の意図したものであると言って間違いない。

であれば、邪神との戦いに臨み、それに疑問を感じていない今の俺は、他人の作為によるものであるのか。

それは違う。

そう俺は断言できる。

フェリシアが俺に与えた意識誘導がどの程度強力なものか、俺は知らない。

でも一度だけ、それに関係なく、自分の意志で選択する機会が俺にはあったのだ。

あの迷宮の底。今でも、何度でも思い出す。自分が何者か知り、灰が水底に沈むように、粉々になった心が闇の底へと降り積もってゆくあの感覚。あの時の俺には、自分を諦めるという選択肢が確かに与えられていた。

そして俺は選んだのだ。アーテリンデさんに見せられた映像で、仲間との日々を思い出し、自分を自分と認めて立ち上がることを。

そして俺を 決意(そう) させたのは、あの弱々しい体を立ち上がらせたのは……。

「……執着……だと思います」

「執着、ですか」

「試練とか、使命とか、そういうもののためにやってきた……その途中で得たものを捨てたくなかったんですよ」

邪神を倒すというのは結果だ。

しかし、俺がそれを成すと決めたのは、その結果を目指すために得てきた様々なものが、俺にとってかけがえのないものだったからだ。

手段と目的を履き違えるな、なんて言い回しもあるが、正直俺は逆転してるよな。目的のためにとる手段。けれど、その手段の中にこそ、俺にとって重要なものが含まれているのである。

「なんか、変ですよね」

頬を掻きながらそう言うと、クロウさんは首を振った。

「いいえ、そんなことはありません。私は今の話を聞いて安心しました。……あなたは普通の人です。最初に出会った時の印象と同じ、凄い力を持った、普通の性格の人です。そのあなたが執着で戦いに挑むと言うのなら、よほど大事なものなのでしょう。私だって何かを手放したくない、そう言う気持ちで、気合を入れることはあります。それと同じですよ」

彼の言い様に、そういうものかと、腑に落ちるものがある。

俺の場合、元になった斎藤遼も二十代半ばと言う程度。それゆえ普通がいかなるものか、判別しきるには人生経験が足りていなかったのだ。だから彼の話を聞いて、今ようやく自分のありようが、ごく普通の人とさして変わりないと知ることができたのである。

「まあ、それ以上にこれからは、貴方が執着される側の立場ですよ」

そう言って彼は笑った。

部屋の外からも、活気のある明るい声がどこかから聞こえてくる。

「ウチの者が、先ほど貴方が治療した奴隷たちを他の奴隷の見えるところに移したのでしょう。四肢のいずれかを失って奴隷落ち、つまり人生のどん底で、気落ちしたくてもこれ以上ないといった具合の者たちです。それがこうも容易く治るとなれば、ああした快哉も上がるでしょう。貴方のやっていることはそういうことなのです。だから今度は、貴方がきっと、彼らの動機になるでしょうね」

クロウさんはかなりの数の身体欠損奴隷を買い集めていた。

さっき治癒した中には戦闘能力のある者も多く、そう都合よく買い手があるものかと思っていたが、聞けばどうやら国からの大口依頼らしい。要するに、邪神との戦いに向けた補充人員である。

「配属が北方になるのか、迷宮になるのか、はたまた他のどこかは分かりませんがね。少なくとも彼らを扱う者は初めにこう言うでしょう。お前たちに買い手がついたのも、働く場所があるのも、お前たちを治療したあの魔法使いのおかげであると。それを聞いてやる気を出さない者は、そう多くはないでしょう」

どん底で再び立ち上がるきっかけとなったもの。俺にとってそれが仲間であるように、彼らにとっては俺であると言うわけか。執着、と表現すると少し違うかもしれないが、報いたいという観点で見れば、確かにそれは同じ話だった。

……やっぱり、ここに来て良かったな。

単に会議後の息抜きがてら、というのもあったが、思った通り自分を見つめなおす機会になった。

今日ここで話したことは、しかと心に刻んでおくことにしよう。

そうして俺は休憩後も十人以上の欠損奴隷を治療し、商会を後にしたのであった。

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数日が経過した。

この間、俺が行ったのは各所との連絡である。

主には軍や唯神教との予定調整。しかし王子とアルセイド公爵の依頼もあって、関係ない(とも言い切れない)方面へ手紙をばら撒いて、諸貴族や商人への根回しの手伝いも行った。

まあ実際には、手伝いと言うより押し付けられたんだけどな。

各地の転移していい場所を教えてもらおうと公爵のところを訪れたら、ついでにどこどこに行ってあそこにコレを渡してくれ、ときたもんだ。各所の転移部屋の人たちとの顔つなぎは必要なこととはいえ、そこに上手く仕事を載せてくる王家の人たちの有能さよ。使えるものはくまなく使っていく、という強い意志が感じられる。

軍部との調整に関しては基本的にスムーズに進んだ。王都駐留の精鋭部隊が大体カステリオン討伐での顔見知りだったことが理由である。顔見せだけでおおかたコトが済み、トビーを預けることについても了承を得られた。

あとは俺の防具の件もだな。試練でベコベコになって新調が必要だったが、軍の備品から供出してもらえることになったのだ。一時しのぎのものではあるが、訪問時にちょちょいと調整してもらい、既に受領済みである。

一方で北方への遠征は調整に少し時間を要した。

原因は俺が北方領域へ行ったことが無いことがひとつ。そして向こうの受け入れ準備等々、必要なプロセスが結構ややこしかったからだ。

まず軍属の転移術師の予定を抑える。

そして一緒に向こうの転移部屋に行き、近日中に正式に訪問する旨を伝える。

次に文官の申し送りのためイリスさんの予定を抑え、確定した日付を向こう伝えて、ようやく正式な訪問の日取りが確定したわけである。

組織ってやっぱ大変だ。これで転移が無かったらと思うと恐ろしい。

まあとにかく、色々あって北方領域へは本日訪問と相成った。

ついでに言うと唯神教に行くのはその翌日となる。

わざとやった訳じゃないが、過密スケジュールだな。

「それで、特練初日はどうだったよ」

「まー、バチボコにされたっすね。やっぱちゃんとした訓練してる人らの練り込み方は凄かったっすよ」

マイトリス領主館の転移部屋に向かいながら同行のトビーに言うと、そんな返事が返ってきた。

彼には俺が連絡でビュンビュン転移している間に、一度軍部の訓練に参加してもらっていたのである。

カステリオン討伐時にも多少はやっていたことだが、本腰入れての訓練は今回が初めてだ。そこで彼は、我流でやってきた粗をこれでもかと突かれ、ボコられてきたらしい。

彼と軍人たちとの間に、実際のところ大きなスキルレベルの差は無い。

しかし 軍の訓練(そこ) には「人間」が強くなる術が詰まっていたようだ。

足運び一つ。剣の振り方一つ。

そうした細部に至るまで、歴史に培われた知識に裏打ちされていたのだという。

筋力トレーニングも理論に則ったものだったらしいし、ズーグにとにかく打ち掛かったり、たまに剣を振って筋トレするくらいのトビーが衝撃を受けるのも、仕方がないことだろう。

参加した甲斐はあったようだし、俺が「続けるか?」と聞くと「もちろん!」と力強い肯定が返ってきた。

と同時、俺に立てた人差し指を見せながら、

「それと、一つ覚えたいことがあるんっすよ」

とそう言った。

軍の訓練に参加し、既に習得することがたくさん増えた状況での言葉である。

何かと身構えて聞いてみると、どうやら理力魔法を覚えたいらしい。

「エンチャントを……できたらこないだロミノが持ってきた、爆発するエンチャントを覚えたいっすね。アレが自力で使えるかどうかで結構変わってくると思うんっすよ」

「なるほど、中々考えたなあ。確かに前線のシビアなタイミングで魔法使いが一手使わなくていい利点はデカい。……けどお前確か適性無かったし、どうやって覚えるつもりなんだ?」

以前に魂魄魔法を 風譫行(ふうせんぎょう) という、神威克服の修行方法を使って会得しようとしたりしてたが、一切身についてなかったはずだ。ステータス画面にも魔法の適性は見当たらないし、それはトビーも知っているはずである。

「でも、軍の人らって結構誰でも魔法使えるんっすよね。もちろん水を出したりとかそういう簡単なのっすけど」

彼の言によれば、ガチガチの前衛でもそれは同じらしい。

よくよく思い出してみれば、迷宮の入り口にある 水甕(みずがめ) の水も、当直の兵士が交代で「 浄化(ピュリフィケーション) 」を掛けているとグラウマンさんが言っていた。

魔法の適性持ちしか魔法が使えないのであれば、そんなことに魔法は使わないだろう。水甕の水を奇麗に保ちたければ、井戸から汲み上げれば済むことなのだ。要するに、軍人にとってはそうした魔法はありふれているという証拠である。

以前「経験」をスキル外スキルと称したことがあったが、これも同様に呼んでいいのかもしれない。

改めて考えれば当然のことではあった。

例えばハサミを扱うスキルがあったとして、そのスキルが無ければハサミを持つことができないだろうか。持ち手を開いて、閉じて、切る動作をすることができないだろうか。そんなことは無いはずである。不格好でも、切り口がギザギザになっても、ハサミを扱うこと自体は可能なはずだ。

そして、トビーは「それ」をやると言っているのである。

きっとコトはそう単純じゃないし、難易度もハサミなんか比較にならないだろう。

けれどやれるだけのことはやると、彼の表情からそうした気概を感じ取ることができた。

「分かった」

「おっ、いいんすか?」

「ああ。けど、たぶんめちゃくちゃ大変だと思うぞ? 軍の訓練もおろそかにして欲しくないし」

あくまで魔法習得は余禄だと、脅すように言う。

けれど彼はどこ吹く風で、頭の後ろで手を組んでへらりと笑みを浮かべた。

「そりゃもちろん、覚悟の上っすよ。でもご主人の試練と覚悟の話を聞いちまったら、まあ……こんくらいカスみたいなもんでしょ」

「カスってお前……まああくまでやるってんなら止めないけど」

トビーは挑戦することに決めたようだ。

この彼の判断が、どう転ぶのか。結果は分からないが、バカの一念岩をも通すなんてことわざもあるしな。彼の努力の結実を楽しみに待つことにしよう。

その後俺たちは領主館でイリスさんと合流し、転移部屋で北方領域へと転移を行うのであった。