軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4(2)-13

カミラはアロイスに礼も言っていない。

五人を解放し、別れた後、カミラは一言も言葉を発した記憶がない。ニコルがひどく心配をしていたが、大丈夫だと答える気力はなかった。

ただ、一人になりたかった。

レルリヒ家の屋敷についてから、カミラは一人になれる場所を探していた。

与えられた自室はニコルがいる。出入りの自由なバルコニーは、誰が来るかわからない。屋敷の中で、一番人目に付かない場所はどこだろうか。

早足で歩きながら、カミラはあふれ出しそうな感情を持て余していた。

世間から、カミラは自分がどう見られているのかは知っていた。

馬鹿な恋をした、馬鹿な女だとカミラ自身で自覚している。

この恋がもう叶わないことも、感づいている。

それでもカミラは胸を張って居られた。この恋が本物だと信じていたからだ。

なのに、今のカミラはひどく弱い。ふとした瞬間、心が揺らぐのがわかる。

――どうして。

疑問がカミラの体をすくませることがある。

――どうしてアロイス様は、私に優しくしてくれるの。

アロイスがカミラに好意を持ってくれていることもわかる。

最初は醜くいヒキガエルで、カミラをぞんざいに扱う嫌な男だと思っていた。それでも、しばらく暮らすうち、話し合うようになるにつれ、彼が悪い男ではないことがわかった。

きっとアロイスはカミラを大切にしてくれるだろう。ユリアン王子よりも、ずっと幸せにしてくれるだろう。

わかっている。

――どうして恋をした相手がアロイス様ではなかったの。

それでも、感情はどうしようもない。ユリアン王子への、十年以上の恋心が、カミラに絡みついてほどけない。

――これなら。

息を吐き出す。カミラの恋心は、ヴィクトルの壊れたバイオリンに似ている。

――最初から、恋なんてしなければよかったのに。

一人になりたかった。

アロイスがカミラの部屋から出ると、待ち構えていたようにクラウスが立っていた。

「やあ。カミラはいなかったでしょ」

「よくわかるな……」

ちょうどニコルに、カミラが部屋にいないと聞かされたばかりだ。

快活なカミラが終始暗い顔をしていたことを、ニコルも心配していたようだ。しかし、カミラはニコルの心配をよそに、一人でどこかへ行ってしまったという。

「そりゃね。会いたいの?」

クラウスに言われて、アロイスは少し視線を伏せた。

カミラは心配だし、会って様子を見たいと思っている。ただ、今のアロイスはカミラに避けられている身。顔を合わせれば、余計に落ち込ませてしまいかねない。

それにアロイスは、大衆の面前でカミラに恥をかかせてしまった。ユリアン王子への恋心を責められ、返答に窮していた彼女の代わりに、肯定を返してしまったのだ。

アロイスはカミラに会いたい。だが、カミラはアロイスに会いたくないかもしれない。

「あんたのそんな態度が見られるようになるなんてなあ」

うつむくアロイスに向けて、クラウスはからかうように言った。

「いつも妙にわかった顔で、いけ好かないやつだったのに。なんでもかんでも事なかれって感じでさ。誰にも期待しないし、人生諦めてますって態度だったじゃん。今日だって、前なら絶対に止めに入らなかったでしょ」

「…………そうか?」

「ブルーメの内情に介入して、娯楽の擁護。これって伯父さんやフランツに、真っ向から対立したってことでしょ。わざわざ自分から波風立てるなんてさ」

たしかに、とアロイスは思う。まだクラウスとフランツのどちらが当主になるかわからない状態。無闇にフランツの反感を買うのは得策ではない。そうではなくとも、あれほど人のいる前で、自ら名乗りを上げることは、いらぬ敵を作る行為だろう。

だが、敵ができたぶんだけ、味方も得られることがある。それはもしかしたら、カミラが教えてくれたのかもしれない。

「――それなら、お前が当主になればいいだけだろう、クラウス」

アロイスは顔を上げると、当たり前のように言った。

「私は町の私刑を許すつもりもなければ、強権を持った自警団の存在を許すつもりもない。フランツが当主となるのであれば、私はブルーメと対立し続けることになる。ブルーメは想像よりも、ずっと不安定になるだろう。――お前が当主にならなければな」

アロイスの言葉に、クラウスが面白くなさそうに口を曲げた。けっと吐き出すと、「どうせそんなことだろうと思った」と苦々しく言い捨てる。

「みーんな俺に期待ばっかりして。人の気も知らず、なんでも押し付けてさ」

「そう言うな。お前が、 好(よ) い男だから期待しているんだ」

「男に言われてもね」

アロイスとしては本心から褒めたつもりだが、クラウスはますますへそを曲げたらしい。深く息を吐くと同時に肩を落とし、頭を軽く振る。

それから、ひどく不服そうに、小さくつぶやいた。

「…………しょうがないなあ。まあ、天才の俺に期待するなって方が無理だったんだよな」

片手で頭を荒く掻くと、クラウスは上目でアロイスを見やった。遊びっぽくて、少し意地が悪そうなその視線の奥に、真面目な彼の根底がうかがえる。

「カミラの居場所を教えてやるよ」

「知っているのか!」

言葉を食い気味に、アロイスはクラウスに問い返した。口をついて出た思いがけない声音に、アロイスは自分自身で戸惑い、誤魔化すように咳払いをする。

感情の制御には、アロイスはそれなりに自信があった。なのに、カミラに関することとなると、ときどき自制が効かなくなってしまう。うかつに晒したおのれの感情に、アロイスはばつの悪さを感じていた。

そんなアロイスの様子を、クラウスは面白くなさそうに眺めた。

「あんたはいいよな」

「……急になんだ?」

「なんでもない。居場所だったな? 一人になれる場所なんて、この屋敷の中じゃそうそうない」

クラウスは少し前までの表情を消し、いたずらっぽく目を細めた。

そして、自嘲気味に、だけど妙に気取った態度で吐き出した。

「どうせ俺が行っても、慰めにはならないだろうし。行ってこいよ――――カミラは真っ白な、真冬の花園にいる」