軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-5

「グレンツェで災害ですって!?」

昼を過ぎたアロイスの執務室。突然告げられた言葉を、カミラは思わず繰り返した。

アロイスは忙しそうに資料をめくりながら、カミラを一瞥する。

「正しくは、グレンツェとアインストの間になります。ちょうど、二つの鉱脈の交点。どちらが被害の中心かはわかっていません」

アロイスの机に広げられているのは、早馬で知らされた被害の状況らしい。荒い字で書かれたその中身を読み取ることはできないが、ただ事ではないらしいとはカミラにもわかった。

災害が起きたのは、昨日の朝。同時刻、屋敷を揺らす地震に、驚いて目を覚ましたことをカミラは覚えている。一瞬、「アロイスかな?」と思いもしたが、その後の屋敷の慌ただしさから、ただ事ではないと気付いていた。

地震と共に、瞬間的に吹き抜けた瘴気の風から、アロイスはすぐに採掘地に向けて馬を出したらしい。それから丸一日。帰ってきた報告を、渋い顔でアロイスは見つめている。

「やはり、鉱脈内での魔石の暴発だったようです。ですが、まだ瘴気は消えていません。この後も被害が出る恐れがあります」

「暴発って……どんなものだったんですか!? グレンツェの町は!? 孤児院は!?」

「詳しいことはまだわかりません。ただ、ざっと見た限りですと、そこまで被害は出ていないようです。採掘地の崩落と、家屋の倒壊。数人の軽い怪我程度だと」

アロイスの言葉に、カミラは安堵半分、不安半分に息を吐く。家屋の倒壊、怪我。カミラの見知った人々が巻き込まれていないとは限らない。

孤児院の老女と、生意気な顔ぶれ。腹の立つ侍女たちまで。なにもかも無事だろうか。

視線を落とすカミラに、アロイスは続けた。

「もう少し詳しい状況を見てから、私も慰問を兼ねて様子見に行きます。事故の発生現場も調べなければなりません。どちらの鉱脈が災害を起こしたのか見つけておく必要がありますから」

アロイスの魔力は、こういう時に役に立つ。

もともと、魔石の鉱脈探しは、強い魔力を持つ者の役割だ。魔力同士が感応するおかげで、瘴気の揺らぎや魔石のありかを探り当てることができる。

そのことを利用すれば、特に強く魔力や瘴気の渦巻く場所を特定することができる。昔から、魔石採掘のさなかに地下に誰かが閉じ込められた場合は、地下で魔石を割るのが定石だった。魔石を割ってあふれた魔力を、地上の魔力持ちが察知できるからだ。

逆に、地上の魔力持ちが魔法を放つことで、地下の人間たちを誘導することもできる。魔石採掘には、必ず二人。地上と地下に魔力持ちを配置するのが鉄則だ。

今回は、地中の人探しではなく、事故現場の特定だ。しかし、やることは変わらない。いまだ消えない瘴気の発生源を調べ、危険な場所を見つけ出さなくてはならない。

特に今回は、グレンツェとアインストの鉱脈の交わる場所で起きた事故。交わる二種の瘴気から、異常のある方がどちらかを見極める必要がある。

調査にあたって、魔力は強ければ強いほど良いのは当然のこと。それに加えて、瘴気の濃い場所においても乱れず、力を操ることのできる人間でなくてはならない。

適任であるのは、モーントン屈指の魔力持ちであるアロイスに他ならなかった。

「出立は次の報告が戻ってきてから。あと数日後になるでしょう。出立した後は、しばらくは戻れないかもしれません。不便をおかけするかもしれませんが、カミラさんは留守の間を――」

お願いします。というより先に、カミラは声を上げた。

「私も行きます!」

「……話を聞かれていましたか?」

アロイスは胡乱な視線を返す。呆れやら苦々しさやらが入り混じり、言葉にしがたい渋い顔が出来上がっていた。

「被害は軽微とはいえ、まだ瘴気が残っていて、危険だと言いましたでしょう」

「聞いています。でも、アロイス様だって行くのでしょう」

「私は調査と慰問のために行くのです。遊びに行くわけではありません」

「私だって、遊びに行くつもりじゃありません!」

アロイスの言い草に、思わずカミラは強く言い返す。カミラだって、能天気にただ物見遊山に行こうというつもりではない。そのくらいはわかっているつもりだ。

「グレンツェは、私も知った町です。邪魔だてしようというつもりはありません。それに慰問というからには、立場上、私が行ってもおかしくはないはずじゃないですか!」

不本意ながら、カミラはいずれアロイスの妻になるとされる立場。夫婦そろっての被災地訪問は、珍しくない話である。

それにたいていは、夫婦での訪問の方が、土地の人間に対して心象が良い。それも、できるだけ早く。その方が、夫婦で駆けつけるほどに大事な土地であると思わせることができるためだ。

もちろん、大災害の時はまた話は別だ。ドレスを着た夫人は足手まといになるし、一人歓待するだけでも重荷だろう。そういう場合は、少し落ち着いてから慰問をすることになる。

しかし、アロイスの話を聞くからには、被害はさほど大きくはないという。ならばカミラが行っても問題はない。むしろ喜ばれる話のはず。

そう思うカミラに対し、アロイスは渋い顔を崩さず首を横に振る。

「行き先はグレンツェだけではありません。グレンツェの前に必ずアインストを寄ることになります」

グレンツェは北端。領都は南端にある。領土の中央にあるのはアインスト。地図上、二つの町を訪ねる際は、アインストが先、グレンツェが後になる。

だが、アインストが先になる理由はそれだけではない。

「カミラさんがグレンツェを尋ねるのでしたら、アインストも行かなくてはなりません。それも、必ずアインストが先です。さもなければ、アインストの老人たちは納得がしないでしょう」

アロイスは、苦々しさにさらに険しさを乗せて、カエルめいた顔をしかめた。

アインストは、モーントン領第二の都市。

そして、かつての第一の都市。

マイヤーハイム家の影響下にある、歴史と伝統の根付いた町は、一言でいえば実に「ややこしい」。

魔石の採掘地としては、グレンツェよりも優れている。

町は禁欲的で、グレンツェのような荒っぽさはまるでない。かつて罪人の流刑地であった風習を踏襲し、大きな町だが祭りの類は一切ない。酒場もない。食堂はひっそりしていて、客たちは声を潜めて食事をする。服は色づいたものを禁じ、鮮やかな花も咲かない。

ただ採掘をし、ただ魔石を売るだけの町。それだけ愚直な町を築き上げておきながら、奔放なグレンツェに第一の座を奪われた。

そのことを、町の重鎮たちは快く思っていない。

グレンツェと取引をする商人。グレンツェの気風である、酒と騒ぎと喧嘩。グレンツェを発展させたアロイスのこと。すべてに眉をひそめていた。

だが、採掘地として無視はできない程度に、大きな町でもあった。モーントン領は、結局は魔石採掘で成り立つ土地なのだ。アインストがへそを曲げれば、採掘量は半分以下になる。その時の打撃は計り知れない。

それに、アインストは、小さな町々にも影響を持っている。マイヤーハイム家とのつながりも深い。町の重鎮たちのほとんどは、彼らの息がかかっているといっていいだろう。そうなると、うかつなことをすれば、マイヤーハイム家との仲をこじらせるはめにもなるのだ。

アインストはグレンツェに対し、劣等感と優越感を併せ持っている。

モンテナハト家は、アインストの方を重視しているのだ。グレンツェは、収益で第一となっても、あくまで領主に寄り添っているのはアインストの方なのだ、と。

だから、まかり間違っても、グレンツェを先に訪問してはいけない。グレンツェにのみカミラを行かせてはいけない。必ずアインストにも同じことを、グレンツェよりも先に行ってやらなければならなかった。

「アインストは閉塞的な町です。私に対しても良い印象を抱いてはくれていません。カミラさんは、不快な思いをされるかもしれませんよ」

「そんなの!」

神妙に告げるアロイスに、カミラは迷いなく首を横に振った。今さらである。

「不快だからやめるなんて言うとお思いですか!」

不快でもともと。今まで、どれだけ不快な思いをさせられてきたことか。

だからって、嫌だ嫌だと逃げたって、なにも解決にはならない。そもそも、「アインストに行くのが嫌だから、グレンツェの慰問も行きません」などという考えが、カミラの頭に浮かぶはずがないのだ。

アインストなんて、このままカミラが結婚することになれば、いずれは付き合わなければならない相手。だいたい、この手合いは行っても行かなくても文句を言うに決まっている。

――それに。

内心で、カミラは呟く。思い返すのは、料理人ギュンターとのやり取りだった。

アロイスはグレンツェを発展させたことで、大反発にあったという。アインストは、グレンツェの発展で割を食った町。アロイスに良い印象を抱いていないとなると、十年近い歳月が過ぎてもなおくすぶり続けていることになる。

きっとアロイスに向けられる視線は冷たいだろう。おそらくは、カミラが受けたもの以上に。

「アロイス様だって、不快な思いをされるのに訪問されるんでしょう?」

カミラの言葉に、アロイスは笑うでもなく口を曲げた。自嘲という表情が一番近いだろうか。吐き出すように彼は言った。

「……私は領主ですから」

「だったら、それを支えるのが私の役目です!」

カミラはアロイスを飲み込む声量で、断固とした言葉を返す。

アロイスが瞬く前で、カミラは腰に手を当てて胸を張り、ふん、と息を吐き出した。

――それに。カミラはギュンターに大見栄を切ってしまったのだ。

アロイスが一人でいたときに、お前はなにをしていたのか、と。

まさか自分で言っておいて、アロイスを一人放り出すなど。

そんなこと、カミラの自尊心が許すはずがない。