軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第575話 やるべき事を見失った人

市場には魔獣の肉や魚の干物、野菜や果物や穀類の店が所狭しと並んでいるようだった。俺が思っていたよりも充実しており、客も多いように見える。あんなに壊滅的に破壊された街なのに、どこからこんなにお客さんが集まって来るのかが不思議だ。

「復興は想像以上だな」

「そうですね」

「なあマリア。小さい頃と買い物に出かけたことを思い出さないか。でもあの時は市場はここにはなかったよな」

「はい。良い思い出です。あの頃と街並みは変わってしまいましたが、いまでのあの光景は目に焼き付いております」

市場はもっと市民の住む町の近くにあったと思うのだが、ここはどちらかと言うと南側の市壁の側にあった。

「市場は4カ所にあります。ここはバルギウス方面から入ってくる素材が多く集まる場所です」

ウルドが言う。

「なるほどなるほど。と言う事は西側にはユークリットやサナリアからの物資が、北はシュラーデンやラシュタルからの物資、西には山脈方面の森からの物資が集まってきてるってことか?」

「そう言う事になります」

どうやら一か所に市場を集中させるのではなく、4カ所に分散して住人の買い物が楽になるようにしているようだ。戦争前に都市が貴族中心で構成されていた時は、王城や貴族が利用しやすくなっていたが今は市民の為に配置されているらしい。

「まあ。あのデモンとの戦いで王城から西側はほとんど更地になってしまったしな、その後は利便性を求めた構成になったってことだろうな」

「はい。ハリス様も特段指示をしてはおりませんので、自由にさせた結果4カ所に分かれたわけです」

「まあそうなるわな、それでいい気がするけど」

「は!」

ウルドが軽く会釈をしたが、どこかいい香りがするのは気のせいだろうか?そのたびにエドハイラがウルドをガン見しているように感じる。

とにかく市場は活気がある。このどこかにマーカスがいるはずだった。

「お!第一職人発見!ちょっと話を聞いてみるかな」

俺達の前を30キロ以上ありそうな穀類の袋を担いだ職人が通り過ぎ、忙しそうに倉庫から荷物を荷馬車に積み込んでいた。ねじり鉢巻きに腕まくりで汗だくになっている。荷馬車には既に半分くらいの袋が積み上げられているようだ。

「あのー!お忙しい所すみません!マーカス伯爵を探しているのですが?」

俺が声をかけると、さっ!と職人がこちらを振り向いた。

マーカスだった。

「えっ!ラウル様!どうしてこんな場所に?」

「いやいやいやいや!どうしてマーカスさんが力仕事をしているのですか!」

「すみません。忙しくしておりまして、これを午前のうちに北側の市場へ運びこまなければならないのです。この荷物は北の市場から、それぞれの業者が村々へと運ぶ手筈になっております」

うん。俺が聞きたい答えとは違う。

「あの。どうしてというのは、マーカスさんがどうしてその荷物を一人で運んでいるのですか?」

「まあ、なんと申しますか人手が不足しておりますので」

「確かに冒険者や旅人がこの仕事をしないと思いますが、やる人はもっといると思うのですが」

「冒険者と旅人はもちろんですが、後は貴族が中心の街ですからね。村々から集まって来た働き手はおりますが、4カ所に分散しているため全員が動かないとうまく流通しないのですよ」

なるほどそう言う弊害があったか。

「マーカスさん。ちょっとすみません、いろいろとお話をしたいのですが」

「お話ですか…この荷物を運んでしまわないと、村々への便に間に合いません。午後でもよろしいでしょうか?」

「いいですよ。それなら俺達も手伝います」

「いえ!いけません!ラウル様にそんなことを!」

「いえ。とにかく積む込みを手伝いましょう。どれをどこに積めばいいですか?」

「あ、あの…倉庫の中にあるこの袋を、荷台に積んでいっぱいになったら運びます」

「わかりました。ファントム!」

ドン!

ファントムが倉庫の中に入って行って、10数袋まとめて担いで荷台に置いた。

「もう一回積みますか?」

「い…いえいえ。これ以上積んだら馬が動かなくなります」

「荷馬車が壊れなければいいですよね?」

「それはどういう?」

「馬を外して厩舎に戻してもらえます?」

「わかりました」

マーカスが馬を外して厩舎に入れている間に、ファントムが追加して馬車に袋を詰んだ。そこにマーカスが戻ってくる。

「これをどうするのです?」

「ひいて行きます」

ファントムが馬の代わりに荷馬車の前に行って、馬を繋いでいた綱を持った。

「これを?」

「はい。ファントム!あまり飛ばすと壊れるからな!馬ぐらいの速さで引くんだ。ウルドはファントムを先導して北の市場までいってくれ」

「は!」

「じゃあ、マーカスさんとマリアと、ハイラさんは荷馬車に乗って」

マーカスがよじ登り、マリアが綺麗な身のこなしで馬車に飛び乗る。ハイラがモタモタしているので、ウルドがひょいっと持ち上げて荷馬車に乗せてやった。

「あ、ありがとうございます」

「いえ」

《おいウルド!もう少し愛想よくしてやれ》

《は!》

ウルドはエドハイラにニッコリと微笑む。

パフッ

エドハイラは顔を真っ赤にして、穀類の袋の上に倒れてしまった。

「じゃあ行きます」

ファントムが大量の袋とマーカスたちを乗せた荷馬車を引き始める。馬が馬車を引く程度の速度におさえ、その前をウルドが走り出した。俺とアナミスがそのまま荷馬車の脇を追走するように走る。

「マーカスさん」

「は、はい?」

「すみませんでした。俺達が丸投げしてしまったばかりに」

「どういう意味でしょう?」

マーカスは商人だったころの体つきとは違っていた、腕っぷしが太く筋肉質になり顔は真っ黒に焼けていた。外で力仕事を毎日徹底的にした人の雰囲気をかもしだしている。

「伯爵様がおやりになるお仕事ではありません」

マリアが言う。

「いやマリアさん。元より私に伯爵など向いておりませんし、商人になる前の若い頃を思い出してむしろ生き生きしているくらいです」

「ですが…」

「本当にいいのです。ハリスを見ましたか?彼に比べれば私は健康で良い毎日を送っておりますよ」

そうか。どうやらこっちはこっちで仕事の病がかかっているらしい。

「マーカスさん。マーカスさんにはユークリットの財務大臣としてやっていただきたいことがあるのです」

「すみません。そう申されましても実務をやる人間が足りないのです」

「そうですか…」

俺はとりあえずそれ以上言うのをやめた。まずは一旦仕事にめどをつけさせなければならない。ファントムが引く馬車は10分もしないうちに北の市場に到着した。

「お!マーカスさん!早いですね!」

市場のおっさんがこっちを振り向いて…そしてファントムを見て唖然とした。マーカスとマリア、エドハイラが荷馬車の上の袋から下に降りる。市場のおっさんはチラリとマリアを見てうっとりした表情を見せる。だがそれを振り払うように頭を振り、フードをかぶったファントムを見る。

「えっと、馬じゃなくてこの人がひいてきたのかい?」

マーカスに尋ねる。

「あ、ああ。これには訳があるんだ」

「訳…どんな?…えーっと?」

「気にしない事だ」

「は、はあ」

「とにかく荷物を下ろして、魚を西に持って行くぞ」

「あ、ああ」

「わかった。ファントム!じゃあここに降ろそう」

市場の親父が言うので、俺はファントムに指示を出す。するとファントムは十数個の袋を担いで、指定された場所に一気に降ろしていく。

「う、うわわわ!」

男が尻餅をつく。

「ああ、気にするな。この人たちはこういう人なんだ」

マーカスが言う。

「こ…こういう…人?」

「そう。こういう人だ」

「はあ…?」

市場のおっさんがあっけに取られてみているが、ファントムは3回の荷下ろしですべてを終えた。

「す、すごいなあんた!人間業とは思えねえよ!」

まあね。人間じゃないからね。

「は、ははは、はははは」

マーカスが苦笑いをする。

「それで、今度は何の荷物を積むんですか?」

「あ、はい。あちら側の通りで新鮮な川魚を詰んで、西にある燻製を作る工場にいきます」

「魚はどれ?」

「あの並んでいる樽にはいっています」

「ファントム!」

「一応、冒険者に頼んで樽ごと凍らせているので重いですよ」

マーカスが一応注意してくれる。

「わかりました」

するとファントムはひょいひょいと1回5個くらいの樽を担いで、荷馬車に積んでいった。その作業は1分もかからなかった。そんな作業をしていると、ファントムの周りには市場の人たちが集まってきていた。

「凄いねえ!そんな力持ち見たことないよ」

「騎士でもいないんじゃないのかねえ」

「まるでレッドベアーみてえだ」

いやいや。レッドベアーなんかファントムにかかればコンマ1秒も生きてられないし、力はレッドベアーの何倍あるかもわからないよ。最高に力を制限してやっているんだから。

「えっと。とにかく工場へ向かいましょう。マーカスさんとマリア達は荷台へ」

「す、すみません」

「はい」

「あっ」

スッ

ウルドがエドハイラを持ち上げて荷馬車に乗せてやる。

「あ、ありがとうございます!」

今度はうっとりして倒れる事は無いようだった。顔は相変わらず赤い。

「では」

魚の入った樽を大量にのせた荷馬車を引いて、ファントムが西へと走り出した。ウルドが先導し、俺は再び荷馬車の隣で追走しながら話す。

「それでマーカスさん。魚を運び終わったら?」

「出来上がった魚や肉の燻製をもって、各市場を回っていきます。東の市場に行ったらお茶と小麦を積んで残り3カ所の市場に分配。それが終わったら南の市場に戻って売り上げの集計、西、北、東の順に回ります。それが終わると狩りを終えた者が素材を持って帰ってくるため、それらの素材の鑑定をしていきます。そして各市場に入荷物が入ってきますのでそれを集めて処理させて、明日に備えて荷物の分配の準備をします」

「あのちなみにですが」

「はい」

「それを毎日?」

「ええ」

ヤバイ。ここにも仕事中毒人間がいた。本来の仕事を何も出来てないし、これじゃあ何かを考える時間もありゃしない。改善なんか思いつくわけないし、全体をシステマチックに動かして行こうなんて思いつくわけがない。

「あの、マーカスさんがお休みになれる時間は?」

「そうですね…深夜の刻を半刻ほど過ぎたころでしょうか?」

なるほど。深夜1時半頃か…

「それで起きるのはどのくらいですか?」

「睡眠は一刻くらいですかね?」

睡眠時間3時間…それでこの肉体労働?普通の人間がやって大丈夫?

「そうですか…」

急性心不全などを起こす前にやめさせなければならない。マーカスはまだ年齢的に40代くらいだと思うが、どう考えても過労死してしまう労働量だ。

《アナミス眠らせろ》

《はい》

マーカスを赤紫の煙が包むと、魚の入った樽の脇にパタリと眠りこける。

「ウルド。さっきのマーカスさんの話は聞いたな?」

「はい」

「今日だけウルドがやってくれ。魔人を呼んでいい」

「かしこまりました」

ウルドが口に手をあてて、ピィィィィィ!と口笛を鳴らす。しばらくすると4人の進化魔人達がやって来た。オーク、ダークエルフ、竜人、ゴブリンだ。

「これは!ラウル様」

4人が俺に跪く。

「おう。頑張っている所悪いな。ちょっと頼みがある」

「なんと!ラウル様の直接のご指示!」

「幸せです」

「ありがとうございます!」

「なんでございましょう!?」

「ああ。このマーカスさんの仕事が残っててな。ウルドに指示を仰ぎながらそれを最短でこなしてほしい」

「「「「は!」」」」

「ラウル様」

「どうしたウルド」

「我々では素材の目利きと、売り上げの集計は出来かねます」

「なるほど…」

それもそうだ。物を運ぶ事は出来るが、そう言う細かい事を魔人ができるわけがない。

「それでは私が」

マリアが俺に言う。

「そうだな。マリアがやってくれ、生まれはユークリットの大商会の娘だったな」

「はい」

「じゃあウルド!マリアをつける」

「かしこまりました。マリア!よろしく頼む」

「もちろんよ」

マリアなら問題ない。元は大商人の娘、ユークリットではフォレスト家の切り盛りをしていた。

「えっと!あの!」

エドハイラが慌てたように言う。

「私もマリアさんと行きます!いろいろと勉強したいので!」

「わかった。じゃあマリア!ハイラさんもよろしくたのむ」

「かしこまりました」

たぶん理由は他にありそうだが、彼女の勉強のためという事にしておいてやろう。

「ファントム!マーカスさんをおぶってくれ」

「……」

ファントムがマーカスを背中に乗せた。

「じゃあみんな。よろしく頼む」

「は!」

「はい」

「いってきます」

マリアとエドハイラを荷馬車の上に乗せて、ウルドと4人の魔人達が荷馬車を引いていく。

「じゃあマーカスを連れて王城に戻ろうかな」

「はい」

「ファントムついてこい」

そして俺とアナミス、ファントムはマーカスを連れて王城へと向かう。やっぱり無茶ぶりだったと俺はこっそり反省するのだった。

「あの時は名案だと思ったんだけどなあ…」

「修正すればよいのです」

「ああ、アナミス。そうだな」

俺はどうやって修正していこうか思案し始めるのだった。ただマーカスの仕事の方はハリスの問題よりまだましだ。それについては早めにめどがつけられそうだった。