作品タイトル不明
03
さて、今度こそと、わたしは庭に出て待っていた。
門の向こうに、馬車の影が見える。
今回も、ちゃんと来た。
馬車が止まり、扉が開く。
先に降りてきたのは——テリウスではなかった。
白い手が、縁にかかる。
少しだけためらうような動き。
そのまま、アリシアさんが姿を見せた。
「あら」
思わず、声が出た。
顔色が悪い。
というより、青い。
「エリー」
続いて降りてきたテリウスが、少し困ったように笑った。
「アリシアが、どうしても直接謝りたいって言って」
「そうですか」
わたしは一歩だけ近づいた。
アリシアさんは、わたしに向かって軽く頭を下げた。
「先日は」
そこまで言って、少しふらついた。
なるほど。
わたしは、にこりと笑った。
「今日はやめましょう」
テリウスが、ぴたりと動きを止めた。
「え?」
「見てわかるでしょう?」
わたしは穏やかに言った。
「顔色が優れません。移動も長いですし、無理をする日ではありませんよ」
アリシアさんが、かすかに息をのんだ。
「で、でも……」
「謝罪は、元気なときに受けた方が安心です」
言葉を重ねる。
やわらかく、逃げ道を与えないように。
「今日のところはお帰りになって、きちんと休んでください」
テリウスが、わたしとアリシアさんを見比べた。
「確かに、顔色は良くないな」
そう言って、少し眉を寄せる。
「無理させるのも良くないか」
決まった。
アリシアさんの指先が、わずかに震えた。
「大丈夫です、わたしは……」
「いいえ」
わたしは、はっきりと首を振った。
「大丈夫ではない方に、大丈夫ですと言わせるのは、良くありません」
ほんの一瞬。
アリシアさんの目の奥が、揺れた。
「テリウス」
わたしは彼の方を見た。
「今日は、送って差し上げてください」
言い切る。
お願いではなく、判断として。
テリウスは少しだけ迷ったあと、うなずいた。
「そうだな。そうしよう」
アリシアさんが、わずかに唇を噛んだ。
けれど、もう何も言えない。
「また改めて、日を取りましょう」
わたしは笑った。
「そのときは、三人でゆっくり」
その機会が来るかどうかは、別として。
馬車の扉が閉まる。
小さく音を立てて、車輪が動き出した。
わたしはその場で、静かに見送った。
門の外へ消えていくのを確認してから、ふっと息を吐く。
さて。
「今日は、一人で行きましょうか」
甘いものは、予定通り食べることにする。
観察、追記
体調不良を理由に場を支配しようとする人は。
それを理由に退場させられる想定を、あまりしていない。
少なくとも、今日の彼女はそうだった。