なんか王太子殿下のクラスに魅了魔法が充満してるんだけど、これってヤバない?
作者: 仁司方
本文
教室に一歩入った瞬間、むせた。
「……ふぉごっ!?」
匂いも濃密すぎてヤバいけど、いきなりメイク剥げそうなのがもっとヤバい!
「えふっ、えふんっ……んぐっ……」
ハンカチを取り出して、どうにか顔を覆った。
ヤバいよヤバいよ、潜入開始2秒で歳バレちゃうから!
「あ、あの……だいじょうぶですか?」
どうにか呼吸を落ち着かせようとする私に、優しい声をかけてくれる生徒がいた。
「すみません、お気遣いありがとうござ……」
崩れかけたメイクを 補修(F I X) の魔法で直して、どうにか顔を上げた私の目の前にいたのは、ピンクブロンドの髪をゆるふわツインテールにまとめ、特大のお星さまを浮かべた青い眼をしている美少女。
あやうく、再度吹くところだった。
口を半開きにした状態で停止したわたしへ、ゆるふわピンクは小首をかしげる。
「わたしの顔、なにかついてますか……?」
「あ、いえ……とっても可愛い人だなって。つい見惚れてしまいました」
全力の 虚言(フォールスフッド) でその場をしのいだ私に対し、ゆるピンははにかみながら笑った。
「同性のかたから『可愛い』って言われると、殿がたに言っていただくよりも嬉しいですね。……あ、すみません、自己紹介のお邪魔をしてしまって」
ゆるピンはクラス担任のエンフィールド氏に一礼してから、自分の席に戻った。
「……では、あらためて。今日から諸君らとともに学ぶ、転入生だ」
「皆さんはじめまして、アリサ=シーヴェルトです。父が地方から王都勤務に異動となりまして、こんな半端な時期に転入してくることになりましたが、よろしくお願いします」
ぱちぱちぱち、と、お義理の歓迎の拍手が響く。もっとも、このクラスは王都貴族学園の中でもっとも序列が高いα組だから、居眠りしていたり、私語や、机の上に足を投げ出すなんて斜に構えたパフォーマンスで、担任教師の司会進行を妨げるような不届き者はいない。
「ではシーヴェルトくん、空いている席へ」
「はい、先生」
私は教室の一番うしろの列、すみっこの空卓へ向かう。クラスの全員が視界におさまる位置なのは都合がいい。
王太子ベルナール、聖騎士団長の弟ヴェイガン、大蔵卿長子ロスタム……この国を代表する貴顕の子弟が綺羅星のごとく居並んでいる。
そしてわが国の大公フェリクス殿下。
……そんな中で 魅了の術(ファッシネイション) ぶりぶりにまき散らしてるって、なに考えてるんだこのゆるゆるピンクは!?
+++++
そう、私は名前と年齢と身分を偽って潜入調査へやってきた、 監査官(インクィジター) であった。
この国、ソルグレースから要請を受けてのものではない。わが国の独自判断である。
初日をどうにか無難に切り抜けて“家”へ帰った私を迎えると、“母”のミーアは、さっそく状況報告を求めてきた。
若作りメイクは落として制服は着たまま、半端なコスプレ状態でとりあえず初日の所見を述べる。
「監査対象は堂々と 魅了の術(ファッシネイション) を使っています。もうすこしでいきなり正体がバレるところでしたよ」
「この国の 有害魔法規制(ハザードス・マジック・レギュレートリィ) は、いったいどうなっているんだ?」
「そんなの、こっちが訊きたいですよ」
あんな堂々と魅了の術が使われている空間なんて、これまで見たことも聞いたことも踏み込んだこともなかった。
これまで38人の魔女を火刑台へ送り込んできた、この私がむせて咳き込みが止まらなくなるなんて、あのゆるふわピンクはヤバすぎる。
ミーア室長は柳眉をひそめた。
「フェリクス殿下はご無事なんだろうな?」
「もし殿下がもう魅了されていたら、初日で私の任務完了してましたよ。ソルグレース当局に証拠突きつけて、あのゆるピン焚刑にして、おしまい」
「では、いったいだれが被害を受けているんだ?」
「王太子ベルナール、聖騎士団長実弟ヴェイガン、大蔵卿長男ロスタム、公爵家継嗣コンラッド……次世代のソルグレース指導層は、全滅ですね」
「大丈夫かそれ……?」
「じゃないと思います」
魔術監査局はじまって以来の才媛と言われるミーア室長のあぜんとした顔を見られただけでも、この変なミッションに駆り出された価値はあっただろうか。
日がとっぷりと暮れてから帰ってきた“父”モーリス(偽装を完璧なものにするため、ちゃんと魔術監査局のフロント企業である貿易商会で働いている)と、ミーア室長はしばらくふたりだけで会議をしていた。平隊員である私は蚊帳の外だ。
「エリセ……アリサ、入りなさい」
「はい」
モーリス課長に呼ばれて、私はダイニングへ入った。まだ慣れていないからか、課長は私の 作戦名(コードネーム) ではなく本名のほうを一瞬呼びかけたが、使用人たちはもう屋根裏部屋へ引っ込んでいるので、たぶん大丈夫だろう。
「このまま、しばらく様子を見ることになった」
「……いいんですか?」
「監査対象がいったいなにを考えているのか、さっぱりわからんからな。フェリクス殿下に害がおよんでいないなら、状況の推移を見極めるべきだ」
「つまり……ソルグレースが大幅弱体化するような結果になるなら、あの魔女を見逃すと」
「高度な政治的判断について、きみが検討したり懸念を抱く必要はない」
「了解」
私は無表情で敬礼する。ソルグレースは周辺地域でもっとも 影響力(プレゼンス) の大きな、覇権国家だ。わが国はソルグレースの同盟国であると同時に従属国であり、留学という て(・) い(・) で次期国家元首を人質として差し出してもいる。
ゆるふわピンクの逆ハー魔法がソルグレースの未来に毒をもたらすなら、黙って見ているほうが得だろうというのが、わが国にとっての「政治的判断」というわけだ。
+++++
私の偽装学園生活はつづいた。20年も前のことを思い出しながらというのは、なかなか難しい……なりに楽しくもあったが。
「アリサさんすごいわね。今回の試験もまた満点!?」
「私はこのとおり、地味で気も利かない女ですから。勉強だけが唯一の取り柄なんです」
「そんなことないわよ。アリサさんのオトナっぽい雰囲気、最近けっこう隠れファン増えてるんだから」
クラスメイトたちは、みんな私によくしてくれる。……ああ、青春がまぶしいなあ。
なお、私がこのミッションに採用された理由は、「ちんちくりんで、顔と手指の加齢さえなんとかすれば 10代(ティーン) で通るから」である。エリート校であるソルグレース王都貴族学園といっても、しょせんは10代の少年少女のための 学舎(まなびや) 。魔術監査局の要員なら、だれでもαクラスに編入できるだけの学力はある。
わが国の明日を背負う希望の星、フェリクス殿下にゆるピンの毒牙が迫るようなことがあれば、即座に正体を現して火刑を宣告してやろうと身構えている私をよそに、殿下の周辺は平穏だった。
いっぽう、ゆるピンは王太子ベルナールをはじめ、ソルグレースの次世代を背負って立つ面々を全員掌握し、いつも侍らせている。
地獄耳(クレアオーディエンス) の魔法を使って、私はゆるピンの逆ハーでなにが語られているのか聴取しているのだが……。
「ベルナールさまは古文、ヴェイガンさまは数学、次回のテストではあと20点取れるようになりましょう」
「べつに、数学や古文なんて、卒業後は使わないだろう?」
「そんなことないですよ! 古文への基本的理解があるかどうかで、儀式のときの様式的宣言の意味するところがわかりますし、外交でも現在の日常会話や一般文章では使わない古い表現がよく出てきます。ベルナールさまはつぎの国王になるかたなんですから」
……なんか、このピンクまともすぎないか?
「じゃあ、数学はなんの役に立つんだい?」
「ヴェイガンさまは聖騎士団長オルブライトさまの弟ぎみ、この学園を卒業なさって、騎士団の一部隊の指揮を執られることもあるでしょう。たとえば、三ヶ月の遠征にどれくらいの食料が必要になるかとか、計算技能が必要になってくるんです」
「……それは数学ってほどじゃないだろ? 1日3食を、部隊の人数と遠征の90日で掛けるだけなんだから」
「90日分の270食、騎士さま本人が全部運べるでしょうか?」
「それは、まあ、無理だ。荷馬車の補給部隊が必要になる」
「補給部隊の人たちぶんの食料は? おおよそ、一般的な荷馬車に積み込むことのできる食料は、100マイルほどで馬車の御者と荷駄自身が食べつくしてしまうと言われています。つまり、遠征距離が100マイルを超えるなら、補給馬車に補給するためのさらなる補給部隊が必要になるんです」
このピンク……賢すぎんか?
「……すまん、降参だ。算数じゃ解けない、数学が必要になる」
「おわかりいただけてよかったです」
「セラーナは優秀だなあ。きみが転入してくるまでは、貴族学園なんて単なる疑似宮廷で、社交の真似事をするだけの場所だと思っていたよ」
「とんでもない。国家の将来を背負って立つ、王族、貴族の跡取りの皆さまが、心身を鍛え、必要な知識を身につけるためにこの学園は存在しているんです。わたしのような庶民の娘にまで門戸が開かれているというのは、すばらしいこと。可能なかぎりのご恩を返させていただいているだけです」
なんなのよピンク……次世代の王国首脳陣に軒並み 魅了の術(ファッシネイション) をかけてやることが、清く正しい学徒生活を送るための薫陶って。
爛れた不純異性交遊も、下剋上を狙う庶民による特権階級への取り入りもない。
意味がわからなくなった私は、ベルナール王子の婚約者である、カルバリーフォート侯爵家令嬢ユージェニーのところへ聞き込みへ向かった。
「ぶしつけにすみません、ユージェニーさま」
「あらアリサさん、ちょうどよかった。これからお茶にしようと思っていたところなの。よろしければご一緒しませんこと?」
「それでは、お言葉に甘えて」
ユージェニーが本当に私を歓迎しているかどうかはともかく、都合が良かったので図々しくも午後のお茶のテーブルの一角に収まる。
庭園でガーデンアフヌンを開いていたのは、ユージェニーのほかに、レザント伯爵家令嬢クララと、ヴァインソーン伯爵家令嬢マルティナ。
騎士団長の弟ヴェイガン、大蔵卿の息子ロスタムの婚約者までそろっているとは、おあつらえ向きだ。
「アリサさんは本当にすごいわよね。宮廷へ入れば史上初の女宰相でも目指せるのじゃないかしら」
「いやいやそんな、私は父の仕事の手伝いができるようになれたらいいと思って、勉強しているだけですから」
お嬢さまがたは私のことを憧れの目で見てくれるけど、イイ歳したオトナが子供の学校に入り込んでいるだけなので、謙遜ではなく真の苦笑だった。入局から15年、いまだ平の監査官をやっている私が一国の宰相なんて、おこがましい。
マカロンやクッキー、キュウリサンドをいただきながら、お茶の席の会話が弾んできたところを見計らって、本題を切り出す。
「ところで皆さま……セラーナさんのこと、どのように思われていらっしゃいますか?」
私がゆるふわピンクの名を出すと、ご令嬢三人は顔を見合わせた。そりゃそうよね、婚約者である王太子たちを手玉に取っている妖婦なわけだし。
どんな告発が聞けるかな、と私は期待していたのだが、ユージェニーの口から出たのは意外な言葉だった。
「わたくしたちは、あのかたにとても感謝していますのよ」
「それは……どういうことでしょうか?」
私が眉根を寄せて首をかしげると、クララが話を引き継ぐ。
「セラーナさんがα組に転入していらっしゃるまで、ヴェイガンさまたちの素行はそれはひどいものでしたの」
「ひどい……とは」
「β組やγ組の子爵家や男爵家のご令嬢に 手(・) をつけたり、学園の外でも女遊びが絶えず」
マルティナは、婚約者たちの過去の行状をはっきりと糾弾した。私にとっては想像外の展開。
「正式な結婚前の若気のいたり、強く咎めるつもりはわたくしどもとてありませんでした。ですが……仮にも婚約者であるわたくしたちの誕生日に、花の一輪、祝いの言葉のひと言もなく、相変わらず遊び呆けているというのは、さすがに腹に据えかねましたわ」
「それはひどい」
憂愁を帯びたユージェニーの述懐に、私は職業上の任務を忘れて本気で同情していた。
「婚約を解消していただこう……そう、三人で話し合って、あとはいつ宮廷へ参内しようか……と思っていたところへ、セラーナさんが転入していらしたんです」
「殿下たちが、ほかの女性を急に放り出してセラーナさんを取り囲みはじめたときは、彼らは 手(・) 癖(・) が悪いから気をつけるようにって、セラーナさんに注意するつもりでした」
「でも、セラーナさんは殿がたの手綱を握るのが上手かった。あのひとたちが、あっという間に心を入れ替えて勉学や鍛錬に打ち込むようになり、わたくしどもに対しても、ちょっとした気持ちを込めた品を送ってくれるようになりましたの」
クララ、マルティナ、ユージェニーの順で、ゆるピン登場後の王子たちの激変について語られた。
話を終えたユージェニーが恋慕の情がこもった視線を向けたのは、テーブルの上の花瓶に挿されている百合の花だった。どうやら、これも王子からのプレゼントらしい。
「皆さまは、卒業後にこのままご結婚なさることへ、不満がない、と?」
「もちろん、受けた仕打ちを忘れることはできませんが。ですが、貴族の結婚というのはそうしたものです。不満のひとつふたつで破棄できるものではない。繰り返されないのなら、飲み込んでおくしかないことですわ」
私の質問に対しユージェニーはそう答え、クララとマルティナもうなずいた。
……いや、私の目から見てもオトナだなあ、この三人は。えらい。ていうか聞き分けよすぎて、本当にそれでいいの?って再確認したくなるくらい。
それはそうと、彼女たちの話から、ひとつ確信できたことがある。
あのゆるふわピンク、セラーナは、学生ではない。
私と同じく、年齢を偽って学園に潜入してきた 特殊工作員(エージェント) だ。
バカ王子どもの性根を叩き直せと、ソルグレース首脳部のだれかが呼び寄せたのだろう。
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私の報告を聞いたモーリス課長とミーア室長は、またもふたりだけで会議をはじめた。今度は長い。
つぎの日も登校しなければならないので、私はずっと待っているわけにもいかず、自室へ戻って 就寝(やす) んだが、朝まで起こされることはなかった。どうやら、夜のあいだに結論は出なかったらしい。
翌朝、寝不足の気配を欠片も見せずモーニングのテーブルを囲んだモーリス課長から、魔法のメッセージが飛んできた。偽装一家“シーヴェルト”家の使用人たちは、なにも知らないソルグレース人なので、話を聞かせるわけにはいかないのだ。
〈セラーナ=フレグラントが他組織のエージェントだというのは、間違いないのだろうな?〉
〈これまで38人の魔女と、54人の無実の容疑者を嗅ぎ分けてきた、私の 鼻(・) をお疑いになりますか?〉
〈物的証拠は?〉
〈ありませんけど、ソルグレース当局に通報して身体検査をさせれば、彼女が成人だということはすぐに判明するでしょう〉
〈万が一のリスクも冒せんのだ。ここはソルグレースの王都、わが国の司法権はおよんでおらん〉
〈それでしたら、実害はないのですし、セラーナ=フレグラントのことは放任なさればよろしいのでは。われわれの本来の任務である、フェリクス大公の安全は確保できているのですから〉
表面上は疲れを見せていなくても、やはりモーリス課長は寝不足のようだ。「セラーナ=フレグラントを排除するか否か」が魔術監査局上層部の現在の懸案となっていることを、私が知っているはずもないのに、この 会(・) 話(・) の内容に違和感を覚えることができないでいる。
〈独断では動くな。方針が決定ししだい、追って指示する〉
〈了解〉
ソルグレースの次世代を背負うベルナール王子たちは、王立貴族学園に潜入している魔女によって、骨抜きにされているのではなく、たくましく鍛えられつつある——この事実が、わが公国にとって都合の悪いことになろうとしているのだろうか。
+++++
……王立貴族学園の卒業式が近づいてきた。
式のあとには、盛大な卒業パーティーが開かれる。オトナの仲間入りを果たした卒業生たちにとっては、初の夜会の舞台ともなるわけだ。
婚約関係にある上級貴族の男女は、このパーティーであらためて結婚を誓い合うというのが、ソルグレースの習わしだという。ときどき、モラトリアム期間に羽目を外しすぎて愛想を尽かされ、婚約破棄が宣告されたりもするとか。
期せずしてずいぶん長くすごすことになった、二度目の学生ライフ。私は最近、任務であることを半ば忘れて楽しむようになっていたが、卒業式まであと三日ほどとなったとある昼下がりに、思わぬ声をかけられた。
「アリサ嬢、ちょっといいかな?」
「……フェリクスさま? なにか、ご用でしょうか」
どうなさいましたか護衛対象さま?
サラサラの銀髪に涼し気な蒼い目、わが公国が誇る“清月”の貴公子は、すこし困っている顔で話をはじめた。
「きみも知っていることとは思うけど、僕はこの国に留学生としてやってきている身だ。卒業パーティーへ一緒に行ってくれる、同伴者がいなくてね。……もし、アリサ嬢がまだだれにも声をかけられていないのなら、僕のパートナーとしてパーティーに出てもらえないだろうか」
……あ、そういえば卒業イベントのプロムって、そういうものでしたね。なんも考えてませんでした。
「わ……私なんかじゃ、とてもフェリクスさまには相応しくありません。そうだ、セラーナさんとかどうでしょう?」
護衛任務としては真横についていられればそれが一番いいというのに、なぜか躱そうとした私に対し、フェリクス殿下はかぶりを振った。
「セラーナ嬢のことは、コンラッドが誘うつもりだと言っていた。α組でまだパートナーが決まっていない男子は、僕だけになってしまってね」
公爵家の子息であるコンラッドにも婚約者はいるが、ソルグレースの貴族令嬢ではなく、王立貴族学園に通っていないのだ。
「……なるほど。そういうことでしたら、およばずながら私がおつとめします」
「ありがとう。どうにか恥をかかずにすみそうだ。じゃあ、当日に」
爽やかな笑顔を残して、フェリクス殿下は立ち去っていく。どうしよう、わが国の次期国家元首から卒業パーティーの同伴者として指名されちゃった。……いや、ドキドキする意味とかないですけどね。
ところが、“家”へ帰ったら思わぬ展開が待っていた。
「……卒業パーティーの最中に、セラーナ=フレグラントの正体を暴く?」
「本国の決定だ」
「意味ありますかそれ?」
「魔女が王立貴族学園内に侵入し、王太子はじめとする次期首脳部に 魅了の術(ファッシネイション) をかけて洗脳していた——ソルグレースの威信を低下させ、その 影響力(プレゼンス) を弱めるには充分なスキャンダルだろう」
「どうでしょうか。セラーナ=フレグラントは、あきらかにベルナール王子たちを監督するために、ソルグレース有力者のいずれかから指示を受けています。セラーナを送り込んだのは、もしかしたら国王自身かもしれない。ソルグレースのメンツを い(・) ま(・) さ(・) ら(・) 潰したところで、わが国にとって有益な結果になるのか、疑問があります」
私は「判断が遅い」という点を強調した。
ベルナール王子たちは、もう特権を笠に着た、浮気性の怠惰なボンボンではない。立派な次期指導者として育って し(・) ま(・) っ(・) た(・) 。学園を卒業して王宮に戻ればピンクの術は解けるだろうが、ユージェニーたちをないがしろにして、ふたたび放蕩の道に戻るとは思えない。
……と、モーリス課長の眼が、冷酷に光った。
「もちろん、わが国としてソルグレース内部の問題には干渉しない。セラーナ=フレグラントが魔女だと告発するのは、 き(・) み(・) の(・) 役(・) 目(・) だ」
「私に、セラーナ=フレグラントと刺し違えで、 個(・) 人(・) としてソルグレース当局に拘束されろと?」
上司へ向けるべきではない種類の視線になった私に対し、横からミーア室長がとりなす。
「建前上、こちらからソルグレース当局に直接の要求をするわけにはいかないが、間接的な働きかけをわが国の外交部署が全力で行う。長いあいだの拘束とはならない。もちろん、解放されたあかつきには充分な報奨金と、昇進を約束する」
「 私(・) のために政治的取引をソルグレースへ持ちかけたら、交換条件はセラーナ=フレグラントの無罪放免になるでしょう。魔女としてセラーナを裁くことができない告発に、なんの意味があるんですか?」
「間近からベルナール王子やセラーナ=フレグラントの監査をつづけてきたきみに、上と異なる見解があるということはわかる。これは私やモーリス課長の判断ではない。……覆せないんだ、わかってくれ」
「了解。ひとつだけ確約してください。わが国の外交団による間接交渉が功を発揮せずに、私がソルグレース当局によって処刑された場合、私の家族へ手厚い補償をお願いします」
「きみの 生命(いのち) に危険がおよぶような作戦ではないよ」
大げさな、と言いたげなモーリス課長へ、私は真顔で個人的見解を語る。
「私はこれまで、38人の魔女を火刑台に送り込んできました。そして私の身にも備わっている魔法の力が、魔女のものではないと断言する自信はない。ソルグレースから見た私は、国家に忠節を誓っている 白魔女(ホワイトウィッチ) セラーナを陥れるために現れた、 黒魔女(ブラックウィッチ) でしょう」
「そのきみの見識、あやういな。魔法は使い手の心しだいで黒くなったり白くなったりするものではない。 魅了の術(ファッシネイション) を操るセラーナ=フレグラントは異論の余地なく魔女だ、そこに白黒はない」
「しかし魔女を新世代教育に利用している、ソルグレースの国家体質そのものを糾弾するつもりはない、と」
「わが国はソルグレースとの全面対決には耐えられない、きみも承知だろう? まずは牽制と釘刺しだ。ソルグレースの強さと、賢明で有能に見える指導層の裏には、魔女の存在があるのだと広く知らしめることができれば、つぎの手も見えてくる」
国家百年の計、いずれわが国がソルグレースの覇権を覆すため、私は礎になるべきというわけだ。
モーリス課長は渋ったが、ミーア室長は私が生還しなかった場合の補償について文章化することに同意してくれた。4部複写し、1通は私が、1通はミーア室長が保管し、1通を本国の私の家族へ、最後の1通を魔術監査局本部へ送付する。
……ここまでやれば、知らぬ存ぜぬで握りつぶされることはないだろう。
やってやろうじゃん。39人目に火あぶりとなるのは、セラーナか、それとも私自身か。
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卒業生総代として、ベルナール王子が、この三年で学んだ知識と育んだ友誼を生涯の糧にすると宣誓し、王立貴族学園の卒業式は無事に終わった。
制服から夜の正装に着替え、つぎは卒業パーティーだ。
準備を整えた私のもとへ、フェリクス殿下が迎えにきてくれた。
と、年若い乙女向けの絵物語から抜け出してきたようなキラキラ感満点の殿下が、しばし言葉なく立ち尽くしている。
「どうなさいましたか、フェリクスさま?」
「……いや、すまない。アリサ嬢が美しすぎて、つい見惚れてしまった。ぶしつけを寛恕してほしい」
「お上手ですね。それ、若い女性にはよく効きますから、この先も常套句としてお使いになるといいですよ」
そりゃまあ、私は歳が歳ですから、お子さまよりはドレス着慣れてますけどね。これから殿下は私より1000倍は魅力的な女性たちに囲まれることになるんですから、このくらいで見惚れてちゃダメですよ?
フェリクス殿下に右腕を預け、パーティー会場である大講堂へ。
美味しい料理が並び、オトナの世界に踏み入った卒業生たちのためにアルコールも少々、パーティーはごくごく定番の、奇抜な演出を凝らしたりはしていないスタンダードなものだった。もちろん、王立校としてメニューの質は高かったが。
楽団がワルツを奏じる中、まずはパートナーと一曲踊り、それから、今後お近づきになりたい相手をダンスに誘う生徒も見受けられた。
小なりとはいえ一国の次期元首となるフェリクス殿下は、当然ながら引っ張りだこ。私はひさしぶりのお酒を味わいながら、殿下にあやしげなやつが近寄ってこないかそれとなく目を配っていた。
魔女セラーナを告発するのは、もうすこし卒業生たちが踊り疲れてからだ。いま大声を上げても注目を集めることはできない。
……と。
「みなさん! お祝いの席をお騒がせして申しわけありませんが、お聞きしていただかないといけないことがあります!!」
私は様子を見ていたというのに、あろうことか当のセラーナが会場のど真ん中で、すさまじくよくとおる声で叫んだ。これはおそらく、 拡声魔法(アンプリファイ) を使っている。
セラーナが身にまとっているのは、裾からスリットが深く切れ込み、デコルテも97%開襟のすごいドレス……というか布の断片だった。……指でちょっと引っ張ったら、 見(・) え(・) る(・) ぞこれ。
思わぬ妨害でダンスは中断。楽団すら、演奏の手を止める。
「セラーナ、いったいどうしたんだい?」
β組の伯爵令嬢と踊っていたベルナールが、ピンクのことをまったく疑っていない顔で訊ねた。
セラーナのほうは、ふだんのお気楽そうな表情から一変、その冗談みたいな格好を忘れさせるほど真剣な眼の光で、
「ベルナールさまにも関係のあることです」
という。
……卒業生たちはクラスのべつなく、すっかりセラーナを中心に人の輪を作っていた。学園の職員たちは、いったいなにごとかと困惑を浮かべている。輪に入りそこねた私は、フェリクス殿下の周囲の安全を確認することしかできない。
「ユージェニーさま、クララさま、マルティナさま」
セラーナに呼ばれて、要領をえられていない顔のまま、ユージェニーたち三人が人の輪を抜けて進み出てきた。
「ヴェイガンさまとロスタムさまも、こちらへ」
すでにかたわらにいた王子に加え、セラーナは聖騎士団長の弟と大蔵卿の長男も呼び出した。
三組の婚約カップルを向かい合わせたセラーナの口から出たのは、
「ベルナールさま、ヴェイガンさま、ロスタムさま……さあ、ユージェニーさまたちに謝って!」
まさかの謝罪要求だった。
どよっと、会場がざわめく。
「謝れって……いったい、なにについてなんだ?」
完全に虚を突かれた顔でベルナールがそういい、ヴェイガンとロスタムも、意味がわからない、と目で訴える。
男たちより察しがよかったのはお嬢さんがたで、
「わたくしどもはもう、すぎたことにこだわってはおりません。謝っていただくにはおよびませんわ」
そうユージェニーが鷹揚に告げ、クララとマルティナもうんうんとうなずいた。
対して、セラーナはきっぱりと首を左右に振った。
「いいえ、それではいけません! いまでは心を入れ替えたといっても、ベルナールさまたちが一度は婚約者であるユージェニーさまたちをないがしろにし、裏切っていた事実が消えるわけではないのですから。人生の節目となるこの場で、きちんと過去の己の行いと向き合い、はっきりと罪の告白と許しを交わさなければ、この先の長い人生をともに歩んでいくことは叶いませんよ」
……うわー、このピンクめっちゃはっきり言うじゃん。完全に人生の酸いも甘いも噛み分けた年長者のお言葉だし。正体隠す気ゼロじゃないのこれ。
衆人環視の中での公開謝罪、次期国王にとってこれほどの屈辱はないだろうに、ベルナールはユージェニーの前にひざまずいた。
「セラーナ嬢のいうとおりだ。このままうやむやにしてはいけない。……ユージェニー嬢、私はきみという婚約者がありながら、一度ならずほかの女性と関係を持った。セラーナ嬢が過ちを正してくれたが、それで私の罪が消えるわけではない。婚約を破棄したいときみが望むなら、もちろん私の全面的な有責として受け入れる。それでも……もし許してもらえるのであれば、私は生涯きみとともにありたい。二度ときみの期待を裏切らないと誓う。……どうだろうか?」
ひとすじ涙を流して、ユージェニーが応じる。
「忘れはしないまでも、殿下の一時の行いを責め立てはすまいと思っていました……。ですが、はっきりと殿下ご自身の口から罪を認めるお言葉をいただいて、心のわだかまりはすべて晴れました。……忘れます、わたくしはあなたの過去に瑕疵があったことなどもう知りません。殿下ももうお忘れください、反省などする必要もないくらいに、わたくしだけを愛して」
「もちろんだ。私にきみの前に愛した女などいない。きみ以外の女性を愛することなどもない!」
……おいおいおい、それはちょっと都合がよすぎだろ王子。と、ひとりツッコミを入れる私をよそに、ベルナールとユージェニーはひしと抱き合い、熱い口づけを交わした。
ヴェイガンとロスタムも自分の罪を認めて許しを乞い、クララとマルティナが謝罪を受け入れて、こちらのふた組もしあわせなキスをする。
パーティー会場はやんやの盛り上がりとなり、将来の連れ合いがいる男女は、自分たちもこれまでの過失を告白し、お互いの愛をあらたに確認しはじめた。
……いいねえ、青春って。ていうかなんでセラーナさんは、こんな良いこと言う場面で、あんなビッチ丸出しのふしだらな格好してたの?
——と、会場のどこにも、セラーナの姿がないことに私は気づいた。そういえば、今日はむせ返るような 魅了の術(ファッシネイション) の匂いが最初からしていなかった。
術はもう解かれていて、ベルナール王子たちの告解と謝罪は、セラーナに誘導されたわけではなく、真に自発的なものだったのか。
……でもどうしよ、告発対象に逃げられちゃった。まあいっか。セラーナは絶対に悪い魔女じゃないし。ソルグレースがますます盤石となって、わが国の隷従がつづいてしまうというのは、別問題だろうし。
さあて帰るか、魔術監査局はクビになるかもしれないけどな、ガハハ……と、軽く考えるようにつとめながら会場をあとにしようとした私の前に、なぜか立ちふさがったのは、わが国の大公殿下。
「どうなさいましたか、フェリクスさま?」
「アリサ嬢……会場の皆が、自分の気持ちと、過去の罪に向き合う勇気を見せてくれたことで、僕も覚悟が決まった」
ものすごい 眼力(メヂカラ) で見つめられ、ちょっと気圧される。
「はい……?」
「僕と結婚してくれ、アリサ嬢! あなたほど魅力的な女性を、僕はこれまで見たことがない!!」
まだまだお子さま、しかしその若さなりに真剣な表情で、フェリクス殿下は片ひざつくと、私の眼を真っ直ぐ見ながら告白してきた。
「ええっと……それは……」
もちろん、絵に描いたような貴公子からそんなこと言われて、心が揺らがないわけはないんですが……。
「この場で返事をしろというのはたしかに強引すぎるだろう。いますぐ答えてくれとまではいわない。だが、僕は本気だ」
「申しわけありませんフェリクス殿下。私じつは……既婚者なんです」
私の返答は予想のいかなる範囲にも入っていなかっただろう。フェリクス殿下は、魔法で超天跳躍空間に放り込まれた猫みたいな顔になった。
「…………??」
「順を追って説明しますね。驚かせてしまって本当にすみません」
・・・・・
私が実年齢アラフォーで既婚の潜入監査官だったということを納得してくれて、フェリクス殿下は結婚の申し出を取り下げられた。
ついでにというか、留学を終えて帰国された殿下は、魔女セラーナを告発しそこなった私の職務怠慢を不問とし、モーリス課長が空手形として出していた報奨金を実際に支払い、昇進稟議も通してくださった。
室長に昇格した私は、ソルグレースとわが国が今後対等な関係になるためにはどうすればいいか、フェリクス殿下特任の外交作業部会のオブザーバーとして、魔術監査局から出向する形であらたな職務に取りかかることになった。
現場で魔女を摘発する仕事とは、しばらくお別れだ。
おしまい