作品タイトル不明
①④ 混沌
「ちょっと宜しくて!?」
甲高く鋭い声が耳に届く。
まさか自分が呼ばれているとは思わずに、無視していると「ちょっと、貴女!アナタよ、クリスティン・アインホルン!!」と名前を呼ばれて舌打ちしそうになるのを我慢する。
薄々気付いてはいたが、やはり呼ばれていたようだ。
営業スマイルを作り上げてから振り向いた。
「はい、なんでしょうか…?」
「ジョエル様に声を掛けて頂いたからと言って、勘違いなさらない事ですわ」
「……?」
「貴女だけが特別な訳ではありませんことよ?他の方々にも平等にお優しいの……微笑んでくれただけで調子に乗らないことね」
「はぁ…」
「わたくしが忠告している内に聞いた方が身のためよ?」
「……」
ご丁寧に普段のジョエルの様子を伺えるような説明。
声を掛けてきた令嬢の背後では、彼女の言葉に首振り人形のように頷いている令嬢達。
ジョエルは噂通り御令嬢達に人気なようだ。
目の前には圧倒的な存在感を放ち、テラコッタ色の髪を手でブンブンと振り乱す少女。
グルングルンに巻いている髪は随分と立体的で、動く度に気になってしまう。
薔薇のような真っ赤なドレスを纏ったド迫力の御令嬢に何度も瞬きを繰り返した。
その後ろには、これまた派手で色とりどりの令嬢達が連なって群れている。
(……うげぇ、香水くさっ)
キャバクラの更衣室並みの匂いである…いやそれ以上か。
最近は自然の中で暮らし、潮と緑の香りに慣れてしまっていたので、久しぶりに嗅ぐ人工的な渋みのある匂いに顔を歪めるのを我慢していた。
(まるでカオス…!!)
脳にガツンと来る匂いで眠気も覚める。
ラスター王国の香油はあんなに良い香りなのに、マーリナルト王国の香水技術は余り進んでいないようだ。
「エンジェル様の言う通りよ!!身の程を知りなさいっ」
「……エンジェル様?」
「エンジェル・ヘルマン様ですわ!!田舎貴族はエンジェル様の名前も知らないのかしら!?」
「……」
「ちょっとアナタ、聞いてますの!?」
「ぎいでいまずわ」
堂々と鼻を塞ぐ事は出来ない為、鼻腔を閉じて息を止めながら必死に話を聞いていた。
「……おやめなさい、失礼よ」
「さすがエンジェル様、お優しいわ」
「こんな肉団子に忠告して差し上げるなんて」
「ブッ…不味そうな肉団子ね、脂身が多いからかしら?」
「……」
「アハハハ」
「ウフフフ」
こんな鼻くそ以下の攻撃は、今の私には全く効果がない。
あの戦場ともいえる店の中で、水面下に起こる争いこそ泥沼の地獄。
バレないように緻密な作戦を練って笑いながら貶めてくる奴など、ごまんといる。
稀に堂々と客を取られることもあったが倍返しするのがマイルールである。
堂々と本人の前で忠告してくれるなんて、なんて優しいのだろう。
思わず可愛いらしくて鼻で笑ってしまう。
それよりも強烈過ぎる匂いで、頭はガンガンとしていた。
我慢出来ずに左右にユラユラしながら誤魔化す。
嫌味を言い終わったなら、さっさと離れて欲しいと思わずにはいられなかった。
目はもう白目である。
「……貴女達!人の身なりを馬鹿にするなんて、はしたなくってよ」
「…っ」
「エ、エンジェル様……申し訳ありませんわ」
「気をつけます…」
「分かればいいわ」
エンジェルに指摘を受けた御令嬢達は一瞬で縮こまってしまった。
何故か突然クリスティンを庇いはじめるエンジェル。
庇うというよりは高潔でマナーに厳しいと言った感じだ。
どうやら曲がったことがあまり好きではない御令嬢のようだ。