軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第294話:『天翼の威光、鋼鉄の抱擁』

夕闇が荒野を深い藍色に染め始め、風が一層冷たさを増してきた。

揺れるランプの灯りがテーブルに落ちる沈黙を濃くしている。

「お客様に少し夜風が冷たいかもしれませんね」

私はいつの間にか、後背に控えていたセラさんに目配せを送ると、彼女は静かに頷き、懐から小さな角笛を取り出した。

ピィ、と短く澄んだ音が夜の静寂に響く。

直後。

野営地を囲む丘の稜線に、松明の灯りが一つ、また一つと無数に灯り始めた。それは瞬く間に巨大な光の輪となり、この野営地全体が帝国軍に完全に包囲されているという揺るぎない事実を暗闇に描き出した。

ゴードとエルラは絶句し、その顔から血の気が引いていく。側近たちが反射的に剣の柄に手をかけるが、その無意味さを悟りただ立ち尽くすだけだった。

「なっ……いつの間に……!?」

「我らの退路を……!」

その絶望的な沈黙の中さして間をおかずに、地響きと共に一つの部隊が闇の奥から現れる。

凄まじいのはその統率だった。

百を超える騎馬が駆けているはずなのに、蹄の音がまるで一つの巨大な獣の足音のように重なり合っている。そしてティーテーブルの手前数十メートルの位置で、先頭の指揮官が片手を挙げた瞬間――

ズザザッ!

全ての騎馬が呼吸を合わせたかのように、寸分の狂いもなく静止した。

巻き上がる砂塵の中から一人の巨漢が悠然と馬を降り、歩み寄ってくる。

北壁の守護神、シュタイナー中将。

歴戦の傷が刻まれた鋼鉄の鎧がカシャン、カシャンと重く冷たい音を立てる。彼が歩くたびに、夜の空気がビリビリと震えるような威圧感が放たれていた。

ゴードとエルラは呼吸すら忘れ、その「暴力的なまでの武の化身」を見上げることしかできない。蛇に睨まれた蛙のように、身体が金縛りにあっていた。

シュタイナーは二人の族長を路傍の石でも見るかのように一瞥しただけで素通りし、私の前で足を止めた。

その岩のような表情が引き締まり、大地を震わせるような腹の底からの声が響く。

「――軍師殿。これは如何なる状況でしょうかな?」

彼は音を立てて踵を合わせ、私に対して完璧な、そして最敬礼を捧げた。

「虫ケラを掃除しに参ったのだが……。ちと、刀を抜くのが早すぎたかな?」

その双眸がギラリと族長たちを射抜く。

たったそれだけで、ゴードの膝がガクリと折れそうになった。殺気が肌を物理的に刺すほどに鋭い。

私はゆっくりと立ち上がった。

「ええ、中将。もう大丈夫です。お客様との話もまとまりましたので」

そしてシュタイナーに、悪戯っぽく微笑んでみせる。

「ご足労に感謝します。……席が一つ、空いておりますが?」

「……ふむ」

シュタイナーは殺気を霧散させると、口元に微かな、しかし獰猛な笑みを浮かべた。

「では、ご相伴にあずかるとしよう」

彼は鎧の重みを感じさせない動作で椅子に腰を下ろすと、鉄の 手甲(ガントレット) を外し、ゴトリとテーブルに置いた。その重い音が、族長たちの心臓を直接叩く。

そして彼は背後に向かって、軽く手を振った。

号令などない。

ただそれだけの動作で、数瞬のちに丘の上の無数の松明が消え、共に来た騎馬隊が音もなく闇に溶けるように後退していく。

まるで最初からそこには誰もいなかったかのような、神業じみた撤収。

ゴードとエルラは、その一糸乱れぬ統率力と、目の前の少女が帝国軍司令官の一人を忠実な騎士のように従えている光景に、言葉も出ない。

武力でも、知略でも、格が違う。

自分たちが巨大な盤上の上で踊らされていたに過ぎないことを、骨身に染みて理解する。

もはや選択の余地などない。

だが、その諦念の中、彼らの脳裏によぎるのはバラクの言葉だった。

(……呪いは解かれ、子供らは笑っておる……)

そうだ。この『天翼の軍師』は、ただ脅すだけではないのだろう。現に、この荒野で最も疲弊していたはずのバラクの部族は、今や息を吹き返している。

クルガンに従えば待つのは確実な消耗と死。

だが……。

…まだ見ぬ未来があるのかもしれない。

それは恐怖による屈服ではない。

八方塞がりの荒野で、初めて示された「生き残るための道」への、かすかな、しかし確かな希望だった。

二人は互いの顔を見合わせ、深いため息と共に、その決断を心中深くに静かに受け入れた。