軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【ver.改訂前】第278話:『二人の将軍、それぞれの盾』

作戦室に落ちる沈黙は、鉛のように重かった。

『囁きの小箱』の向こうで、グレイグ中将が獣のように唸り、言葉を探している気配が伝わってくる。シュタイナー中将は腕を組んだまま、私の顔と地図盤を交互に見つめ、その顔に深い苦悩の色を滲ませていた。

(彼女の言うことは正しい。だが、リナを危険に晒すわけには……)

ユリウスたちも固唾をのんで、この大陸屈指の猛将二人が一人の少女の言葉に苦悩する姿を見守っていた。

沈黙を破ったのは、シュタイナーだった。彼は深いため息をつくと、まず私の提案のもう一つの核に触れた。

「……軍師殿。貴官が自ら赴く件は、一旦置いておこう。……それよりも、だ。なぜ、そこまで大量の薬草が必要なのだ。バラクの部族を救うだけならば、先の量で十分なはず。それほどの資金を投じる意図を、まずは聞かせてもらわねば、我らも判断のしようがない」

指揮官としての、的確な問い。私はその言葉を待っていたかのように、地図を指し示した。

「中将閣下。バラクの部族は、始まりに過ぎません」

その声は静かだったが、部屋の空気を震わせるほどの確信に満ちていた。

「彼らの背後には、同じくクルガンの圧政と病に苦しむ無数の部族がいます。この大量の薬草は、単なる医療品ではありません。我々が北方諸族の盤面を動かすための強力な『武器』になります」

私はそこで一度言葉を切り、地図の上に駒を置くように指先を滑らせた。

「ゲッコーからの報告によれば、クルガン体制は一枚岩ではない。その傍らには全ての策を授けているであろう正体不明の『参謀』の影がある。そして、彼の覇業を最初期から支え、今も強い発言力を持つ旧来の有力部族長も」

「この部族長は、クルガンとは違う種類の求心力を持つようです。彼がもしクルガンを見限れば、体制は内から大きく揺らぐ。……ですが、彼を動かすのは容易ではない。だからこそ、まず揺さぶりから始めるのです」

その内部分析に、シュタイナーと通信機の向こうのグレイグは息を呑んだ。

「我々の策は、クルガンが築き上げた恐怖支配の土台に、 楔(くさび) を打ち込むための布石。バラクを通じて薬草を広範囲に供給することで、帝王クルガンを『動かざるを得ない』状況に追い込みます。彼がどのような行動を取ろうと、それは必ずや諸族の間に不信の種を蒔くことになるでしょう。……そのために、圧倒的な量の物資が必要なのです。中途半端な量では、ただクルガンに警戒されるだけで終わってしまいますから。……ひょっとすると、もっと効果的に内部の疑心暗鬼の種を芽吹かせることもできるかもしれませんが」

仮面の下で、私の口元が微かに上がったのを、誰も知る由もなかった。

シュタイナーが唸るように言う。

「……つまり貴官は、金と薬で、奴らの中に『クルガンに従う道』以外の選択肢を作り出し、その一枚岩を内から砕こうというのか」

「はい。……武力で制圧するよりも、遥かに安上がりで、確実かと」

シュタイナーは天を仰ぎ、深いため息をつくと、小箱に向かって語りかけた。

「……グレイグよ。この小娘の言うことにも、一理ある」

そしてシュタイナーは私に向き直り、指揮官としての冷徹な顔で条件を提示した。

「……よかろう。だが、条件がある」

セラ、ヴォルフラム、ゲッコーの同行は絶対。

現地の判断は、軍師ではなく副官であるセラが行うこと。

シュタイナー自身が後方支援と連絡体制の全責任を負い、少しでも危険と判断すれば即座に作戦を中止させる権限を持つこと。

それは私の提案を受け入れつつも、その身の安全を確保するための最大限の譲歩案だった。

シュタイナーまでもが折れたことで、グレイグは観念したように天を仰いで大きく息を吐いた。

『……分かった。……だが、少しでも危険だと判断したら、セラ、力ずくでも連れ戻せ! いいな!』

彼は通信越しに、まだ腑に落ちない声でシュタイナーに頼む。

『……シュタイナー中将。……すまないが、後方のサポートを頼めるか』

その申し出に、シュタイナーは待ってましたとばかりに胸を叩いた。

「当然である! 委細任せよ!」

そのあまりに力強く、食い気味な返答に、通信機の向こうでグレイグが「……お、おう……?」とわずかに引いた気配がした。シュタイナーとリナの間に芽生えた関係性を知らない彼にとって、この鋼鉄の男の過剰なまでの協力姿勢は、少し奇妙に映ったのだろう。だが、リナを守るという共通の目的の下、二人の猛将の間に確かな信頼関係が生まれた瞬間でもあった。

重い空気が和らいだのを見計らい、私は別の『囁きの小箱』を取り出す。北の研究所のマキナへと繋いだ。

「マキナさん……長距離対応の『新しい武器』の開発はどうなっていますか?」

通信機の向こうからマキナの快活な声が響く。

『ああ、超長距離ライフル銃のことか? 面白い試作品はできたが、まだ問題が山積みでな……。弾丸の精度とか、反動の制御とか……』

「超長距離ライフル銃?」

訝しむユリウスたちの顔を見ながら、私は「詳細は後ほど」とだけ言い、通信を切った。