軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夢話:『星降る夜の初詣』

音もなく降り積もる雪が、北壁の砦を白く染めてゆく夜だった。

部屋では深紅の炎が薪を喰らい、ぱち、と甲高い音を立てている。壁に掛けた武具の影が、まるで生きているかのように大きく揺らめいた。

私はその揺らめきをぼんやりと見つめながら、吐息まじりの言葉を漏らす。

「私の故郷では今頃、新しい年を迎える祝いで一番賑やかな夜なんですけどね……」

その言葉が、凍てついた時の歯車に触れたかのように。

視界の全てが白く焼き切れ、何もかもが光の奔流に飲み込まれていった。

次に目を開けた時、暖炉の燻る匂いは消えていた。

代わって甘く香ばしい醤油の香りと、数えきれない人々の喧騒が肌を撫でる。

目の前には、夜の闇を切り裂くように巨大な朱塗りの門。無数の提灯が、まるで天の川のように道を照らし出していた。

自分の姿に、息を呑む。

堅苦しい軍服は消え、闇夜に桜の花が舞う華やかな振袖をまとっていた。

隣を見れば、セラは気品のある藤色の訪問着を、ヴォルフラムは背筋の伸びた凛々しい袴姿を、そしてグレイグ中将は、その巨躯に風格のある紋付袴をまとっている。

「……何が」

「これは、一体……」

呆然と呟く三人の横で、私は歓喜に打ち震えていた。

「うそ……ここ、日本!? しかも、初詣!」

◇◆◇

私の袖を掴むセラが、不安げにきょろきょろと周囲を見回す。

「リナ様、この甘く香ばしい匂いは一体……? まあ、綿を雲のように固めたお菓子ですの?」

ベビーカステラの屋台から漂う匂いに小さく鼻をひくつかせ、ガラスケースの中の綿あめに目を輝かせる。いつもの完璧な顔はどこへやら、その姿は好奇心に満ちた無邪気な少女そのものだ。

「なんと奇妙な……防寒具にしては、機能美に欠けるな」

ヴォルフラムは、ダウンジャケットを着込んだ人々を値踏みするように見つめ、眉間に深い皺を刻んでいる。私に近づく人影があるたび、その視線は剃刀のように鋭さを増した。

ひときわ大きな人だかりの中心には、グレイグ中将がいた。

「おお! あの丸いものを鉄板で焼いておるぞ!」「あの紐を引けば景品がもらえるのか!」

巨体と和装は異様なほど目立ち、スマホを向けられていることにも気づかず、たこ焼きの屋台に釘付けだ。

「どれ、一つ」と買ったばかりのそれを、豪快にも一口で頬張った瞬間。中将の動きがぴたりと止まった。

大きく見開かれた目から涙が滲み、口から勢いよく湯気が噴き出す。

「ぐぉっ! こ、これは…あ、あふぃ!?」

その姿に、周囲からどっと笑いが起こった。

喧騒の中、私にぶつかりそうになった若者の肩を、ヴォルフラムの手が音もなく掴んだ。無言のまま放たれる殺気に、若者の顔が凍りつく。

「ご、ごめんなさい! この人、ちょっと人見知りで!」

私が慌てて頭を下げると、ヴォルフラムは不満げに鼻を鳴らし、そっと手を離した。

ひんやりとした長い石段を、一歩ずつ踏みしめて登る。

「真ん中は神様の通り道ですから、私たちは端を歩きましょうね」

小声で教えると、三人は神妙な顔つきで頷き、石畳の端を静かに進んだ。

手水舎に着くと、グレイグ中将が柄杓の水を豪快に飲もうとし、私の悲鳴に近い声に動きを止める。

「違います! これは身を清めるための水です!」

私の手本に倣い、左手、右手、口をすすぎ、最後に柄杓の柄を洗い流す。凍えるほどに冷たい水が肌を清めると、三人の表情から浮ついた空気が消え、神聖な儀式に臨む者の顔つきに変わっていった。

長い行列の末、ようやく辿り着いた拝殿の前。

賽銭箱にそっと硬貨を投げ入れ、囁いた。

「二拝二拍手一拝、ですよ」

鈴の音が厳かに響く中、四人はそれぞれの想いを胸に、深く頭を下げる。

(みんなが幸せでありますように。そして、私がこの世界で為すべきことを成し遂げられますように……)

(リナ様の心労が、少しでも和らぎますように……)

(いかなる脅威からもリナ様を守り抜く力を……)

(帝国の武運長久と、あの甘い菓子が皆と頂けますように!)

お参りを終え、私たちは運試しにおみくじを引くことにした。

しゃらしゃらと乾いた音を立てて筒を振る。小さな木の棒が、からりと穴から顔を出した。

『大吉』――私の手の中には、幸先の良い文字が躍っていた。『願望:思うままになる。驕らぬこと』という言葉に、自然と背筋が伸びる。

『吉』――セラは『待ち人:便りあり』の文字に、安堵の微笑みを浮かべた。

『末吉』――ヴォルフラムは『争い事:控えるが吉』と書かれた紙を睨みつけ、「むぅ……」と唸っている。

そして、グレイグ中将は。

「がっはっは! 凶か! 逆に良いわい! これ以上悪くなることはないという証拠だからな!」

そう言って豪快に笑い飛ばすと、おみくじを力強く枝に結びつけた。

帰り道、参道を照らす提灯の灯りが、来た時よりもずっと暖かく心に沁みるように感じられた。

張り詰めていたヴォルフラムの肩から力が抜け、セラは夢見るような瞳で光の列を見送っている。グレイグ中将は「あの光る果実の飴(りんご飴)も試したかったのう」と、まるで子供のように唇を尖らせた。

皆の穏やかな顔を見て、私の胸に温かいものが込み上げてくる。

「不思議な夜でしたけど、楽しかったですね」

私がそう微笑んだ、その瞬間。

朱塗りの鳥居をくぐり、再び世界が白い光に包まれた。

気づけば、そこはいつもの自室だった。暖炉の炎が静かに揺れ、服装も元に戻っている。

まるで束の間の幻。

そう思いかけた時、掌に微かな感触を覚えた。

固く握りしめていたのは、一枚の和紙。

そこには、見慣れぬ国の文字で、しかしはっきりと記されていた。

『大吉』、と。

不思議な一夜の確かな証を胸に、私は静かに微笑む。

暖炉の炎が、まるで祝福するかのように、一度だけ大きく揺らめいた。