軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第266話:『静かなる嵐、砕ける盾』

夕陽が地平線の彼方に沈み、荒野が深い藍色に染まり始めた頃。

私たちは丘の上の監視場所へと戻った。馬蹄の音に気づいたユリウス皇子たちが、安堵と興奮が入り混じった顔で駆け寄ってくる。

「無事であったか!」

「見事な交渉でした!」

その歓迎の言葉が氷のように冷たい一言によって断ち切られた。

「――後ほど、少しよろしいですわね?」

声の主は私の隣に立つセラだった。

その顔には完璧な微笑みが浮かんでいる。だが、その翠の瞳の奥は絶対零度の光を宿し、一切の感情を映していなかった。

私の背筋をぞくりと冷たいものが走り抜ける。

(……あ。……これ、本気で怒ってる……)

その場の空気が一瞬で凍りついた。皇子たちもただならぬ気配を察し、ごくりと喉を鳴らしている。

シュタイナー中将だけが状況を飲み込めずに「うむ? どうしたのだ、セラ殿」と呑気に首を傾げたが、セラの氷の視線が一瞬だけ彼を射抜くと、「ひっ」と小さな悲鳴を上げて口をつぐんだ。

「……ま、まあ、なんじゃ。その……おほん。天翼の軍師殿も無事に大役を果たされたのだ。あまり、その、責めてやるな……」

中将の狼狽したフォローの声は、誰の耳にも届かない。

◇◆◇

砦への帰路、馬車の中は墓場のように静かだった。

私は向かいに座るセラの完璧な微笑みから逃れるように、ひたすら外の闇を見つめ続けたが、垣間見えるその表情は氷のように冷たい。隣のヴォルフラムでさえ息を殺し、空気が張り詰めている。

シュタイナー中将や皇子たちの前では完璧な『軍師』を演じきった私だったが、馬車に乗り込んだ瞬間からセラの纏う空気が一変したことに気づいていた。それは怒りではない。もっと深く冷たい失望のような何か。その無言の圧力が私の心をじわじわと締め上げる。

自室に戻るなり、セラは扉を閉め、カチャリと鍵をかける音を響かせた。

「ヴォルフラムもこちらへ」

部屋の隅に控えていたヴォルフラムが、呼ばれるままに私の前に進み出る。

セラは私を叱責するのではなく、まず今回の行動の「戦術的リスク」をヴォルフラムを証人とするように、淡々と論理的に分析し始めた。

「もしバラクが敵意を翻意させていたら」「もし薬草に毒が盛られていたら」…その結果、帝国と北方がどれほどの血を流すことになったかを冷徹に説明する。

彼女はヴォルフラムに向き直り、問いかける。

「ヴォルフラム。あなたはあの時、軍師殿をお守りできると確信していましたか? 敵の刃が、毒が軍師殿に届く可能性は、万に一つもなかったと断言できますか?」

問われたヴォルフラムは顔を青くして唇を噛む。

「……いえ。絶対とは言い切れません……。私の未熟さゆえ……」

その声は悔しさに震えていた。

ヴォルフラムの痛切な告白を聞き、私が「で、ですが、結果として成功したので……」とか細く反論した瞬間、セラの完璧な仮面が初めて砕け散った。

「結果ではございません!」

声を荒らげる。そしてそこからは理屈ではない、一人の人間としての魂の叫びが溢れ出した。

「わたしは、あなたを失うのが怖いのです…!」

セラの視線は俯くヴォルフラムへと注がれる。

「そして、『主君を守れなかった』という死よりも辛い十字架を背負わせる可能性もあったのです!」

その言葉が引き金だった。それまで耐えていたヴォルフラムの肩が微かに震え始める。やがて堪えきれなかった嗚咽が漏れ、彼女はその場に崩れるように膝をついた。

「……申し訳…! 私が至らないばかりに……!」

大粒の涙が床の石畳に染みを作っていく。

ヴォルフラムを前に私は言葉を失う。自分の軽率な行動がこれほどまでに傷つけていた。その事実に胸が張り裂けそうになる。

セラは涙に濡れるヴォルフラムの肩に手を置くと、自らも彼女の隣に静かに片膝をついた。そして自らの剣を抜き、私の足元に捧げる。

「リナ様。わたしたちはあなた様の剣であり、盾であると誓いました。ですが、貴女様のお振る舞いは、その誓いを、わたくしたちの存在そのものを無にする行為です」

セラはヴォルフラムの手を取り、彼女の剣も抜かせると、自らの剣の上にそっと重ねて置いた。交差する二振りの剣がランプの光を鈍く反射する。

「――もし次に同じようにご自身の御身を危険に晒されるのであれば、その時はわたしたちはこの剣で果てます。主君を守れぬ騎士に生きる価値はございません。……我々二人の命をその肩に背負って、それでもなおその道を行かれますか」

そのあまりに痛切な誓い。

私はただ震えることしかできなかった。

長い長い沈黙が流れた。

私は足元に置かれた二振りの剣と涙に濡れた二人の顔を交互に見つめた。

そして静かに、しかし折れることのない声で答えた。

「……ごめんなさい」

まず心からの謝罪を。

「……私はこのやり方をやめることはできません」

その言葉に二人の顔がはっと上がる。