軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第263話:『若き獅子の目覚め』

通信が切れ、部屋に静寂が戻る。

だが、ユリウスの心の中は嵐が吹き荒れていた。父とリナ。そのやり取りが彼の脳裏に焼き付いて離れない。自分が知らない二人だけの世界。その事実が、彼の矜持を鋭く、深く抉った。

軍議が終わり、将校たちがそれぞれの持ち場へと戻っていく。その喧騒の中、ユリウスだけが一人、椅子に座ったまま動けずにいた。テーブルの下で固く握りしめられた拳が微かに震えている。

「ユリウス、どうしたんだ?」

レオンがその異変に気づき声をかける。彼は今日の会議の圧倒的な情報量に興奮し、ユリウスの内心の嵐には気づいていない。

「……いや。少し風にあたってくる」

ユリウスは絞り出すように言うと、誰の顔も見ずに部屋を出て行った。

「どうしたんだろうな、殿下は」

不思議そうに首を傾げるレオンの横で、ゼイドは黙って立ち上がった。彼の目はユリウスが消えた扉をじっと見つめている。

「……俺は、殿下のお側に」

彼はそれだけ言うと、レオンの返事を待たずに後を追った。

◇◆◇

月明かりが砦の中庭を青白く照らし出していた。

ユリウスは手すりに凭れ、ただ虚空を見つめている。

「――殿下」

背後からの声に、彼はゆっくりと振り返った。そこに立っていたのは、二本の木剣を抱えたゼイドだった。

彼は何も言わず、その一本をユリウスに差し出す。

「……今は、そんな気分では……」

ユリウスが断ろうとするが、ゼイドは無言のまま、ただ木剣を差し出し続けている。その真っ直ぐな瞳が有無を言わさぬ圧を放っていた。

その時、二人の間にぬっと影が差した。

いつの間にかゲッコーがそこに立っていたのだ。彼は驚くゼイドの頭をぽんと軽く叩くと、その傷だらけの顔ににぃっと似合わない笑みを浮かべてみせた。

そして、ユリウスに向き直る。

「……リナ様とご自分を比べるのはおやめなさいませ」

そのあまりに唐突で、全てを見透かしたような言葉に、ユリウスはハッと顔を上げた。

「そ、そのようなことなど……!」

語尾が消え入るように小さくなる。

「リナ様はこの世に現れた奇跡。その思慮の深さ、広さ、そして優しさは無二のものです。……殿下がリナ様になる必要はございません」

「がっはっは! 心配する必要はなかったようだな!」

地響きのような声と共に、シュタイナー中将が姿を現した。彼は満足げに頷くと、ユリウスの背中を軽く押す。

「さあ、行け。若いうちは頭で考えるより、体を動かす方が性に合っておろう」

促されるまま、ユリウスはふらふらとゼイドの前へ進み出た。そして、諦めたように木剣を受け取る。

「……よろしくお願いいたします」

ゼイドは一礼すると、中庭の中央で静かに剣を構えた。

ユリウスもつられるように構える。

「……こうして剣を構えるのも久しぶりですね」

その言葉が終わるか終わらないかの刹那。ゼイドの剣が閃光となってユリウスの脳天へと振り下ろされた。

ガキンッ!

ユリウスは辛うじてそれを受け止めるが、腕に走る痺れと共に、木剣が手から弾き飛ばされた。

「おや。ユリウス皇子の剣の実力はこの程度なのかな。これでは、護る者も大変であろうなぁ」

シュタイナーの煽るような声に、ユリウスの顔がカッと熱くなる。

「ゼイド! ここからが本気だ! 受け損なうなよ!」

そこからは一方的な蹂躙だった。

ユリウスはがむしゃらに打ち込んでいくが、その全てがゼイドにいなされ、いとも簡単に地面に転がされる。泥だらけになり、息も絶え絶えになりながら、それでも彼は何度も立ち上がった。

やがて、完全に体力の尽きたユリウスがその場にへたり込んだ。

「……ユリウス殿」

シュタイナーがその隣に静かに腰を下ろす。

「そなたが目指すべきは、皇帝陛下であろう。あの御方も若い頃は、ただの腕白坊主であったわ。だが、多くの者と出会い、多くのことを学び、そして、誰よりも民を想う心で今の帝国を築かれた」

その言葉がユリウスの心にじんわりと染みていく。

その時、ふと視線を上げると、ゼイドの前にゲッコーが音もなく立っていた。ゼイドの目が嬉しそうに輝くのが見えた。

一礼し、ゼイドが突っ込む。その速さは先程の比ではない。ゲッコーの顔面に木剣が迫る――と思った瞬間、ゼイドの身体が宙を舞い、バックドロップで地面に叩きつけられていた。

ゲッコーは倒れたゼイドの喉元に木剣の切っ先を突きつけ、にぃっと笑う。

「け、剣術の戦いでは……!」

呻くゼイドに、ゲッコーは静かに告げた。

「……剣など、武器の一つに過ぎぬ」

「ふははは。あちらも楽しそうなことをやっておるな」

シュタイナーが楽しげに笑う。

その光景を見ながら、ユリウスの心の中で何かが吹っ切れた。

そうだ。自分はちっぽけなことで悩んでいた。今はあらゆることを学ぶ時なのだ。

剣を、知略を、そして人の心を。

僕は最高の教師たちに囲まれている。

その事実に気づいた時、彼の口元に久しぶりに心からの笑みがこぼれた。