軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

茶話会:『軍師様の、まどろむ朝』192

南の軍港都市アクア・ポリスは、夜もなお静かな熱気を帯びていた。

司令部の一室。ランプの揺れる灯りが、机に広げられた海図の上に長い影を落とす。その上に突っ伏すようにして、小さな寝息が聞こえていた。

「……あらあら」

部屋に入ってきたセラは、その光景に小さく息をついた。

届いたばかりのアルビオンに関する報告書を読み解き、今後の戦略を練っていたのだろう。インクで汚れた指先、傍らに力なく転がるペン。小さな体で背負うにはあまりに重い責務に、ついに限界が来たらしい。

セラの隣で、ヴォルフラムが心配そうに眉を寄せている。

「リナ様、お疲れなのです。……今すぐ、ベッドへ」

「ええ、そうね」

ヴォルフラムがその体を抱き上げようとした手を、セラがそっと制した。

「私が」

セラはそう言うと、まるで壊れやすい宝物を扱うかのように、そっとリナの体を抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこだ。

すやすやと眠る顔は、軍師の威厳など微塵もない。ただの、あどけない子供の寝顔。セラの胸に頭をこすりつけ、「……ん……ケーキ、あと……五分……」などと寝言を呟いている。

「……かわいい……」

セラの口元が、慈しむように緩んだ。

その様子を、ヴォルフラムが羨望の眼差しで見つめている。

「……セラ副官。……代わります」

「あら、だめよ。これは、役得というものですから」

セラは悪戯っぽく微笑むと、私を隣の仮眠室の簡素なベッドへと運び、そっと寝かせた。

◇◆◇

翌朝。

港から聞こえるカモメの甲高い声が、私の意識をゆっくりと浮上させた。

ん……と身じろぎすると、ふわりと温かい毛布の感触。いつの間にか、ベッドで眠っていたらしい。

まだ半分夢の中にいるような、ぼんやりとした頭で体を起こす。

「――おはようございます、リナ様」

優しい声。

見ると、ベッドの脇にセラさんとヴォルフラムさんが、完璧な笑顔で控えていた。

リナがまだ覚醒しきっていない、無防備な姿を認めた瞬間、セラさんの完璧な微笑みの口角が、ほんのわずか、誰にも気づかれぬほど微かに、きゅっと吊り上がった。そして、まるで何でもないことのように、普段より心なしか手際よく、温かい濡れタオルを手に取った。

「よくお眠りでしたわね」

セラさんが、温かい濡れタオルで私の顔を優しく拭いてくれる。その指先が、いつもより楽しげに弾んでいるように感じたのは、きっと気のせいだろう。

「リナ様。朝のお召し物をご用意いたしました」

ヴォルフラムさんが、綺麗に畳まれた着替えを差し出す。

私はまだ、ぽーっとしたまま、されるがままになっていた。

眠い……。

セラさんの手で手際よく服を着せ替えられ、ヴォルフラムさんに髪を梳かされる。その指つきは少しぎこちないが、とても優しい。

私はされるがままに、こくり、こくりと舟を漕いでいた。

「まあ、リナ様。まだお眠りですか?」

「なんて、可愛らしい……」

二人の囁き声が、どこか遠くに聞こえる。

やがて椅子に座らされ、目の前に温かいミルクの入ったカップが置かれた。ふわりと甘い香りがして、ようやく私の意識がゆっくりと浮上してくる。

そして、私は気づいた。

自分が今、両脇からセラさんとヴォルフラムさんに挟まれ、至れり尽くせりの世話を焼かれているという、この状況に。

(…………はっ!?)

一気に目が覚めた。

顔に、カアッと熱が集まるのが分かる。

「あ、あの! もう大丈夫です! 自分でできますから!」

慌てて二人の手から逃れようとするが、がっちりとホールドされて動けない。

「あら、リナ様。お目覚めですか?」

「リナ様。スープが冷めてしまいます」

二人は、私の羞恥心などどこ吹く風。完璧な笑顔で、スプーンに乗せたスープを私の口元へと運んでくるではないか。

「あ、あーん、じゃなくて! 自分で食べられます!」

私の悲痛な叫びも虚しく、二人の「かわいいかわいい」という愛情のオーラの前では、なすすべもなかった。

その時だった。

バンッ! と、扉が何の遠慮もなく開け放たれた。

「おい、リナ! 『エーテル・ドライブ』の改良案、思いついたんだが――」

油と設計図の匂いをさせたマキナさんが、勢いよく部屋に飛び込んできた。そして、目の前の光景を見て、ぴたりと動きを止める。

スプーンを口元に運ばれ、顔を真っ赤にして固まっている私。

その両脇で、満面の笑みを浮かべる二人の副官。

「…………」

マキナさんは、目をぱちくりさせた後、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

「……なんだリナ。朝飯も一人で食えねえのか?ずいぶんと『赤ちゃん返り』しちまったんだな?」

その、的確なツッコミに私の羞恥心は限界を突破した。

「――ちがいます! これは、れっきとした、職務上の…その...スキンシップなんです!」

涙目で叫んだ私の、うっかり口走った前世の言葉。

その単語に、マキナの目がきらりと光った。

「へぇ、『スキンシップ』。ずいぶんとまあ、親密な『職務』のようで何よりだ。」

マキナさんの言葉に、私は完全にパニックになった。

「ち、ちが! そういう意味じゃなくて! その、こ、これは、部下との信頼関係を築くための、その、健全な……あ、あれ!? えっと……!?」

あわあわと必死に言い訳を探す私の姿に、マキナさんは腹を抱えて笑い出し、セラさんとヴォルフラムさんは「まあ、スキンシップ……」と、何やら新しい概念をインプットしているようだった。