軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第182話:『砕ける天、そして大地の沈黙』

狼の断末魔が、天を砕いた。

――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

鼓膜を突き破り、内臓を直接揺さぶるかのような轟音が世界を支配した。足元の地面が生き物のようにうねり、立っていることすらままならない。両岸の断崖が内側から爆ぜ、巨大な岩盤が悲鳴を上げて砕け散る。それはもはや崩落ではなかった。夜明けの光を遮り、空そのものが私たちを押し潰さんと牙を剥き、落ちてくる。

「総員、船に戻れーっ!」

『鋼のトビウオ』から響くロッシ中将の絶叫は、降り注ぐ岩石の轟音に一瞬で飲み込まれ、誰の耳にも届かない。

工兵たちが、アルビオン兵たちが、敵も味方もない。ただ生きるために港へと殺到するが、その先で絶望が口を開けていた。入り江の出口が、巨大な岩の滝によって無慈悲に塞がれていく。

逃げ場は、ない。

「リナ様!」

ヴォルフラムの叫びが耳元で弾けた。彼女は私を庇うように覆いかぶさり、その背に降り注ぐ鋭い石片を弾く。ガッ、ガッ、と鈍い音が響き、彼女の苦悶の息が漏れる。だが、やがて来るであろう家ほどもある岩塊の前では、その抵抗はあまりに儚かった。

ゲッコーとファルコが、血を流しながら泥濘を駆けてくる。その顔には、常の冷静さなど微塵もない、剥き出しの焦りが浮かんでいた。崖の上ではハヤトが「くそったれがァ!」と咆哮し、人の身ではありえぬ力で巨大な岩を蹴り砕き、殴り飛ばす。だが、彼の拳が生む衝撃波さえ、この大規模で広範囲な崩落の前ではあまりにちっぽけな波紋でしかなかった。

絶望が、冷たい霧となって肺腑を満たしていく。

ヴォルフラムが私を抱え、比較的安全そうな大木の根元へと走るが、その全てが無意味な悪あがきに思えた。

死ぬ。

誰もが、そう確信した。

全てが終わる、その刹那。

私の脳裏に、あの黒い岩に刻まれたもう一つの言葉が、稲妻のように閃いた。

水だけではない。この世界の、もう一つの根源を司る、精霊への呼びかけ。

(……お願い……!)

もはや理屈ではなかった。ただ、目の前で失われようとしている命を救いたい。仲間たちを、そして、つい先刻まで殺し合っていた敵兵たちさえも。

私はヴォルフラムの腕の中から身を捩らせ、崩れ落ちてくる天を、まっすぐに見据えた。

そして、全ての祈りを込めて、叫んだ。

「――《この地なる全ての岩よ、土よ! 我が声を聞け! 命を慈しむ大地の御霊に願い奉る! その動きを止め、我が同胞を守る壁となれ!》」

声にならない、魂の咆哮。

その言の葉が、世界に響き渡った、瞬間。

――音が、消えた。

あれほど全てを蹂躙していた轟音が嘘のように止み、絶対的な無音が支配する。

降り注いでいた岩石の滝が、ぴたり、と空中で静止していた。

まるで、見えざる神の手が世界の時間を止め、重力という理さえも捻じ曲げたかのように。

カラーん。

静止した岩の壁から、小さな小石が一つこぼれ落ち、地面を打つ乾いた音が、異常なほど大きく響いた。

逃げ惑っていた全ての者が、足を止め、魂が抜けたように空を見上げていた。

ヴォルフラムも、ゲッコーも、崖の上で拳を振り上げたままのハヤトさえも、目の前の「現象」を理解できず、ただ立ち尽くしている。

完全な静寂が、入り江を支配していた。

私自身、目の前の光景が信じられなかった。

(……うそ……。止まった……?)

自分の口から紡がれた言葉が、これほどの奇跡を呼び起こした。その事実に、思考が追いつかない。ただ、自分の内に眠る力の、その底知れない奔流に、背筋が凍る。

「……リナ……様……?」

隣で、ヴォルフラムが震える声で私の名を呼んだ。

彼女はゆっくりと私の前に膝をつくと、まるで神託を受けた巫女のように、その場に深く、深く額ずく。

畏敬と、そして燃えるような光を宿した彼女の瞳が、静かに私を見上げていた。