軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第174話:『鋼の獣と豆の弾丸』 -シルエット2-

船がきしむ悲鳴が、絶え間なく響いている。

もはや船は海を滑るのではない。紺碧の海原の顎に殴りつけられ、空へと跳ね上げられ、内臓を揺さぶる衝撃と共に叩きつけられる。甲板に砕け散る波飛沫が塩辛い霧となり、視界を白く煙らせていた。

屈強なはずの帝国海兵たちは、吐瀉物をこらえて手すりに爪を立て、ただこの地獄が過ぎ去るのを祈るばかりだ。

その甲板で、ハヤトは船室の壁に背を預け、退屈そうにあくびを一つした。

ふと、何かを思い出したように、近くで仁王立ちするヴォルフラムへ声をかける。その瞳は、獲物を見つけた獣のように愉しげに光っていた。

「――そういや、宰相の爺さんが言ってたな。敵は『銃器』とやらを持ってる、と」

その、聞き慣れない単語に、ヴォルフラムが険しい視線を返す。リナを案じる焦燥と、目の前の男への不信感が、その蒼い瞳の中で渦を巻いていた。

「……銃器、とは何だ」

「ん? ああ、大したもんじゃねえ」

ハヤトはこともなげに肩をすくめる。

「火の力で、ちっこい鉄の玉をぶっ飛ばすだけのオモチャさ。躱すか弾くかすりゃ、なんてことはない」

そして彼は、悪戯を企む子供のように口の端を吊り上げると、ヴォルフラムの肩を馴れ馴れしく叩いた。

「――特訓といくか」

「……は?」

彼女が間の抜けた声を漏らすより早く、ハヤトの手が閃光のように動いた。懐から掴み出した数個の硬い干し豆が、指先で圧縮された空気のように弾き飛ばされる。

ビュッ、と空気を裂く鋭い音。ヴォルフラムの頬を掠めた一粒が、熱い線を描いた。

「ぐっ…! き、さま、何を……っ!」

不意に船が大きく傾ぎ、足元が滑る。体勢が崩れたその一瞬を、ハヤトは見逃さない。見えない弾丸がヴォルフラムの額や肩を次々と打ち据える。剣を抜こうにも、その予備動作を完璧に読まれ、手首に叩き込まれた正確な一撃に指から力が抜けていく。

「机に座って祈ってても、主は守れねえぞ。俺はいい、無敵だからな。だが――今のてめえじゃ、リナは守れねえ。銃器とやらを前にすれば、一瞬で蜂の巣だ」

冷酷なまでに的確な言葉。

その挑発が、ヴォルフラムの中で張り詰めていた最後の理性を断ち切った。視界が赤く染まり、奥歯が砕けんばかりに噛みしめられる。

「……なぜ、貴様のような者に、そこまで言われねばならんのだ……!」

怒りに任せて踏み込もうとした足が、再び大きく揺れた船体にもつれる。その無防備な体に、容赦なく豆の追撃が叩き込まれた。

彼女の悲鳴が、荒れ狂う海風に攫われていく。

その日から、激しく揺れる甲板の片隅で繰り広げられる地獄の特訓は、船の新たな日常となった。

熱気とオイルの匂いが渦巻く船倉の奥。機関の轟音の中、マキナの耳が甲板から漏れ聞こえる異音を拾った。

「……銃器、ねぇ。火薬の安定供給は帝国じゃまだ課題が多い。けど、あの訓練、揺れる船上で豆を手で投げるだけじゃ効率が悪すぎるだろ」

彼女の頭脳に、火花が散る。指先が、まるでそこに設計図があるかのように空を切った。

「……いや、待てよ。『蒸気圧』だ。この船の心臓からエネルギーを少し拝借する。鉄の筒と、高圧の蒸気……上から豆を落とす簡単な給弾機構をつければ……いける!」

油と煤に汚れた顔に、新たな玩具を見つけた子供のような、無垢で凶悪な笑みが浮かぶ。

「おし! 試作品くらいなら、すぐできそうだ! ヴォルフラムの特訓には、もってこいのオモチャができるじゃねえか!」

マキナは工具を掴むと、機関室の闇へと嬉々として消えていった。

翌日。

甲板の光景は、混沌を極めていた。

ヴォルフラムの前に立ちはだかるのは、鉄パイプと蒸気ホースを不格好に組み合わせた機械を構えたマキナ。漏れ出す蒸気がシューシューと威嚇するような音を立てている。

その名も『蒸気式豆鉄砲・試作一号機』だ。

「いくぜ、ヴォルフラム! ハヤト! 気合入れろよ!」

マキナがバルブを捻ると、機械が絶叫のような音を上げて蒸気を噴出した。

ダダダダダダダダダッ!

銃口から放たれる豆の弾幕が、まるで雹のように甲板を叩き、けたたましい音を立てる。

「――ひゃっはー! 見ろ、この程度はできなきゃ話にならねえ! はーっはっはっは!」

弾幕の只中で、ハヤトが哄笑していた。

大きく傾ぐ船体の上で、彼の体幹は微塵も揺るがない。重力を無視したかのように身を翻し、弾幕の隙間を縫って舞う。その動きはもはや回避ではなく、死そのものとの戯れだ。剣閃が豆を切り裂き、砕け散る。それは狂気の舞踏だった。

その横で、ヴォルフラムは必死に剣を振るっていた。ハヤトが「舞う」のなら、彼女は大地に根を張るように「耐える」。足を踏ん張り、衝撃に耐え、顔に当たる豆の痛みに奥歯を食いしばる。それでも、主君を守るという一心だけで、その剣を握りしめていた。

「くっ……この、化け物が……!」

彼女の悲痛な叫びは、ハヤトの狂気の笑い声と、豆鉄砲の騒音に虚しく溶けていく。

その一部始終を艦橋から遠巻きに見ていたロッシ中将は、こめかみを押さえた。

「……若いもんは、元気でええのう……」

彼の胃は、この奇妙な乗組員たちのせいで、ここ数日、キリキリと悲鳴を上げ続けている。

そして、特訓の周囲では。

船酔いから回復した海兵たちが、網と籠を手に必死に走り回っていた。

「おい! 弾が甲板から落ちるぞ! 拾え拾え!」

「もったいない! 今夜のスープの具だぞ!」

鋼の獣は、混沌と希望、そして一人の指揮官の胃痛を乗せて。

決戦の海域へと、ただひたすらに突き進む。

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ライナーとゲッコーを何気に追加です(楽しくって♪)