軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第171話:『影の終結、涙の理由』 -シルエット-

祈りの歌と香のかおりが夜風に漂う聖王都『 蓮華(レンファ) 』。

その敬虔な静寂から切り捨てられたように、黴と絶望の匂いが澱む裏路地がある。打ち捨てられた倉庫の二階。軋む床板の上で、デニウス・ラウルは獣のように息を潜めていた。

蝋燭の頼りない光が、床に散らばる羊皮紙を照らし出す。リナの行方を追う情報が、神経をすり減らした筆跡で殴り書きされている。だが、どれも行き止まりの迷路だ。聖女マリアが張り巡らせた見えざる檻が、じりじりと彼を締め上げていく。

「……どこだ……どこへ消えた……!」

喉から絞り出すような声が漏れる。苛立ちに任せて掴んだインク壺を、壁に叩きつけた。

ガシャン、と陶器の砕ける音。黒い染みが、彼の心の闇そのもののように、じわりと壁を侵食した。

その、無防備な一瞬だった。

部屋の隅の闇が、不意に深さを増す。

床板の軋む音一つない。窓から吹き込む風の音にさえ、変化はない。

だというのに、いつの間にか部屋の四隅に人影が滲み出していた。音もなく、気配もなく。

そして、扉の前に立つ男。

影たちとは明らかに違う、鋼のような覇気が空気を圧する。その昏い瞳は、追い詰めた獲物を見据える狼のように、冷たい光を宿していた。

「……見つけたぞ、デニウス・ラウル」

聖王都に残り、捜索の指揮を執っていたライナー・ミルザだった。

デニウスは弾かれたように立ち上がり、腰の剣に手をかけた。

だが、柄に指が触れることはなかった。

背後に滑り込んだ影が、首筋に冷たい刃を添える。ひやりとした感触に、全身の血が凍った。同時に、もう一つの影が腕を掴み、捻り上げる。ごきり、と骨が鳴る音。抵抗する力も意思も、いともたやすく奪われた。

鮮やかで、無慈悲な制圧劇だった。

◇◆◇

気がつくと、デニウスは石造りの冷たい床に転がされていた。

聖王都のどこかに潜む、隠れ家。湿った土と鉄の匂いが微かに漂うそこは、音も光も届かぬ地下室だった。

部屋の中央、一つの椅子に深く身を沈めるライナーと、その前に無様に引き据えられたデニウス。二人の間に落ちる沈黙は、刃のように鋭く空気を切り裂いていた。

「……話せ」

ライナーの低い声が、静寂を破る。

「リナ様をどうした。アルビオンの目的は何だ。……全てだ」

だが、デニウスは嘲るように唇の端を吊り上げた。

「……殺せ。何も話すことはない」

その瞳には、失うものなど何もないという、絶望的な覚悟が燃えている。

ライナーは、静かに息を吐いた。

そして、意外な言葉を口にする。

「そうか。ならば、仕方ない」

彼は立ち上がると、部下たちに顎で示した。

「こいつを聖王宮の大神官に突き出せ。『帝国と王国の要人を誘拐したテロリストだ』と伝えろ。……あとは、大神官殿がお好きに料理してくれよう」

その言葉に、デニウスの顔色が劇的に変わった。

聖王宮の薄暗い地下牢。異端審問という名の、終わりなき拷問。その噂以上に、彼を恐怖させるものがあった。

「……待て」

絞り出すような声が、部屋に響く。

「……もし、私が全てを話せば……一つだけ、願いを聞いてもらえるか」

「……内容による」

デニウスは観念したように、ゆっくりと語り始めた。

アルビオンの計画。秘密拠点の存在。そして、彼がこの非道に手を染めた、たった一つの理由を。

「……故郷に、病に伏せる少女がいる」

彼の声は、ひどく掠れていた。

「イリアーヌ……。彼女も癒やしの力を持っていた。だがその力は、我が国の王の延命のためだけに、一方的に搾取され続けている。あの子は……日に日に衰弱していくばかりなのだ……!」

絶望が、彼の言葉を震わせる。

「リナ殿の力があれば……イリアーヌを救えるやもしれぬと……!」

気づけば、その瞳から大粒の涙が止めどなく溢れていた。誇りも何もかも捨て去った、一人の男の慟哭。彼は椅子から崩れ落ち、ライナーの足元に額をこすりつけた。

「頼む……! あの子を、助けてくれ……! そのためなら、俺の命など……!」

ライナーは、足元で泣きじゃくる男を、ただ冷たい目で見下ろしていた。

私情を挟むな。敵の言葉に惑わされるな。軍人としての理性が、脳内で警鐘を鳴らす。

だが、その瞳の奥で、何かが確かに揺らいだ。

脳裏をよぎるのは、かつての自分。腐敗した祖国に絶望し、それでも守るべきもののために泥水を啜った日々。目の前の男もまた、自分と同じ、歪んだ愛を抱く者なのか。

「……立て」

絞り出すような、低い声だった。

「貴様の処遇は、俺が決めることではない」

その言葉に、デニウスがはっと顔を上げた。涙に濡れた瞳に、わずかな、しかし確かな希望の光が灯る。

ライナーは、その厄介な光から逃れるように、ふいと顔を背けた。

窓の外に広がる、聖王都の静かな夜景が目に映る。

彼は誰に聞かせるともなく、深いため息を一つ、夜の闇に溶かした。

----

なかなかいい出来だったので、シルエットでサービスです。(他のも出来ていますが要望あれば)