軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第114話:『商人の青写真と、皇帝の追認』

約束の日の午後。

皇宮の一室は、ペンが羊皮紙を擦る音だけが響く静寂と、その裏に潜む熱気に満ちていた。カイは額の汗を手の甲で拭い、分厚い資料の束を焦燥と共にめくっている。対照的に、腕を組んだマキナは口の端に余裕の笑みを浮かべ、これから始まる饗宴を待ちわびているかのようだ。テーブルの上では、黒光りする『囁きの小箱』が静かにその刻を待つ。その向こうで、グランとマリアが息を殺して耳を澄ませている。

やがて侍従に案内され、一人の男が入室した。

ヴェネーリアの商人、マルコ・ポラーニ。

その背後には、忠実な番頭ピエトロが、主人のものよりさらに分厚い資料の束を抱え、息を切らしている。マルコの目は数日の徹夜で赤く充血していたが、その奥では途方もない事業を成し遂げんとする男の野心が、ギラギラと炎のように燃え盛っていた。

「――お待たせいたしました、『天翼の軍師』殿」

挨拶もそこそこに、マルコはテーブルに巨大な地図を叩きつけるように広げた。

それは帝国と王国の中間に広がる、未開の荒野の地図。だが、その中央には、彼がこの五日間で描き上げた未来都市の青写真が、狂気じみた緻密さで描かれていた。

「まず水源の確保! 次に街道の整備! そして居住区画と商業区画の分離!」

地図の上を指が踊る。彼の情熱的な声が部屋に響き渡り、何もない荒野に未来の都市の幻影を立ち上げていく。創成期から拡大期、そして充実期に至るまでの長期構想。それはただの夢物語ではない。緻密な計算と現実的な見通しに裏打ちされた、完璧な事業計画だった。

一通りマルコの説明が終わった、その静寂を破ったのは、それまで黙って聞いていたマキナの、ふっと漏らした鼻息だった。

「――それで終わりか、商人」

その声は冷たく、それでいて子供のような好奇心に満ちている。

「……と、おっしゃいますと?」

「その立派な街道、面白いとは思うが……夢が足りねえ」

マキナは立ち上がると、マルコの完璧な地図の上に、インクペンを大胆に走らせ始めた。

「まずこのメインストリート。ここには馬のいらない『蒸気バス』と『蒸気トラック』を走らせる。石畳はもっと頑丈に、そして平らにする必要がある」

「じょ、蒸気バス!?」

マルコもピエトロも、初めて聞く単語に目を丸くする。彼らの常識が、マキナの一言で音を立ててひび割れた。

「ああ。だが、こんなもんはまだ序の口だ」

マキナはさらに、都市を貫き、帝国と王国へと伸びる長大な直線を地図に刻みつけた。それはもはや道ではなく、大地を切り裂く傷跡のようだった。

「最終的にはここに『鉄道』を敷く。蒸気の心臓を持つ鉄の巨人が走る、新しい血脈だ。だから初めから、今の計画に用地を確保しろ。ああ、それと湾岸近くに巨大な……そうだな、いずれ『駅』と呼ばれることになる中継拠点を忘れるなよ」

「て、鉄道……!? 駅……!?」

マルコたちの理解は、マキナの描く未来に完全に置き去りにされていた。

「お待ちください!」

今度はカイが鋭く切り込んだ。彼は指先で資料の一点を弾き、氷のような冷静さでマルコを射抜く。

「その税率では初期の帝国益が薄すぎる。だが、代わりにこの関税の仕組みをこう変更すれば……!」

そこからは、もはや会議ではなかった。言葉の剣戟だ。

マルコが掲げる壮大なビジョンという名の青龍刀に、マキナが常識外れの未来技術という名の諸刃の剣で切りかかり、カイが緻密な経済理論という名の鉄壁の盾で受け止め、鋭い刺突を繰り出す。三つの才能が火花を散らし、ぶつかり合い、そして溶け合って、誰も見たことのない巨大な未来図へと練り上げられていく。

私はその激流がひととき凪いだ瞬間を見計らい、「少し休憩を」と提案した。そして一人部屋を出ると、グランとマリアとの内密の通信を始める。

『――すごいわね。まるで新しい世界が生まれる瞬間を見ているようだわ』

グランの感嘆の声が震えている。

『鉄道ですって? 面白そうじゃないの。グラン、王国側にもその新しい道を引くよう交渉なさい。乗り遅れるわけにはいかないわ!』

マリアの声も熱を帯びている。

『ええ。それと、特区に置く帝国と王国の代表部は、いっそ同じ建物の中にしては? 毎日顔を突き合わせていれば、嫌でも対話せざるを得ませんから』

グランから、さらに提案が飛び出した。

私は満足して頷くと、再び戦場へと戻った。

議論はさらに熱を帯び、部屋の空気は張り詰めた弓弦のように震えていた。

その会議が最高潮に達した、まさにその時。

なんの前触れもなく、部屋の扉が静かに開かれた。そこに立っていたのは、皇帝陛下と宰相閣下。

部屋中の時間が凍りついた。誰もが慌てて椅子を鳴らして立ち上がり、床に片膝をつく。

「――うむ。楽にせよ」

皇帝は、この部屋を満たす尋常ならざる熱気を、まるで心地よい薫風のように浴びて満足げに頷いた。そして、顔を上げた私の前に歩みを進めると、静かに問いかける。

「天翼よ。そなたのお眼鏡にかなう者たちは、見つかったか?」

その問いに、私は仮面の下で静かに微笑み、深く頭を垂れた。

「――はい、陛下。この事業を進めるために必要な全ての力が、今、この場所に揃ったと確信いたしました」

「そうか」

皇帝は大きく頷いた。その声は静かだったが、万雷の轟きよりも強く、その場にいる全員の魂を震わせた。

「ならば進めるがよい。この計画の全ての采配、そなたに一任する」

帝国の、そして大陸の新たな歴史が始まることを告げる、高らかな号砲だった。

誰もが息を呑み、これから始まる途方もない未来への畏れと興奮に身を震わせる。

私の小さな手から始まった物語が、今、多くの仲間を巻き込み、巨大なうねりとなって未来へと流れ出していく。

その確かな手応えに、私の胸もまた、熱く燃えていた。