軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第110話:『魔法のエンジンと、鉄の仔馬】

「――お前、これ、物理法則の根幹を揺るがすレベルの異常現象だぞ!? 熱力学の常識が全く通用しない! この仕事量はどこから生まれてるんだ! 説明しろ、リナ!」

詰め寄る彼女の剣幕に、私は思わず肩をすくめた。

「ご、ごめんマキナ。言ってることの意味が、よく判んなかった……」

「……つまり、だ」

しばらくの沈黙の後。ようやく呼吸を取り戻した彼女は、こめかみを押さえながら呻いた。

「その『呪文』とやらを唱えれば、燃料なしで、こいつは無限に動き続けるってことか……?」

「……そうかも知れないです...」

私もまだ、現実味のない奇跡を前に、半信半疑で頷くしかなかった。

「……すげぇ……」

マキナがぽつりと呟く。次の瞬間、その目にギラリと光が宿った。絶望の淵から見出した希望の光。いや、もっと狂気じみた、探求心の炎だ。

「すげぇじゃねぇか、リナ! これさえあれば、あらゆる動力機関も目じゃねぇ! 帝国中の動力が全部これに置き換わるぞ! 馬車も! 船も! 全部だ! まさしく……産業革命だ!」

声は上擦り、両手を広げ、彼女はまだ見ぬ輝かしい未来を幻視するかのようにまくし立てる。

だが、その熱狂に、私は冷水を浴びせなければならなかった。気づいてしまった、一つの致命的な欠陥に。

「……あの、マキナさん」

「ん? なんだよ!」

最高潮に達した彼女の期待を裏切るように、私はおそるおそる口を開いた。

「……この『呪文』……たぶん、私にしか使えません」

「…………は?」

工房の時が、止まった。

熱狂が急速に凍りつき、マキナの顔から血の気が引いていく。

私は近くにいた職人の一人を呼び寄せ、できる限り分かりやすく、あの古代の言葉の発音を教えてみた。

「さあ、どうぞ。《この器にある、水よ……》」

「……こ、この、うつわに、ある、みずよ……?」

職人が、私の言葉をたどたどしく繰り返す。

だが、エンジンは沈黙したまま、ぴくりとも動かない。

何度試しても、結果は同じだった。冷たい金属の塊が、ただそこにあるだけ。

「……どうやら、ただ発音すれば良いというものではないようです。何か……特別な資格のようなものが……」

それは私のチート能力の根幹に関わるであろう問題。私以外の誰にも、再現できないかも知れないという事実。

「……そんな……」

マキナの膝が、まるで糸が切れた操り人形のように折れた。彼女はその場にがっくりとしゃがみ込み、床の油染みを虚ろに見つめる。掴みかけた夢の無限動力が、「リナ専用」という、あまりにも残酷な壁に阻まれたのだ。

「……使えねぇ……。これじゃ、量産化できねぇじゃねぇか……」

魂が抜けたような乾いた声。そのあまりの落ち込みように、私は慌てて彼女の肩に手を置いた。

「取り敢えず、マキナさんは今まで通りの熱による蒸気機関の開発を進めてください。あー」

「ま、まあ、落ち込まないでください! こっちもきっと、何か方法があるはずです。 私がもっと解読すれば、誰でも発音できる別の言葉が見つかるかもしれません!」

必死の言葉に、マキナがゆっくりと顔を上げる。光を失った目に、私は畳み掛けるようにおねだりをした。

「たぶん……? それで、その...練習用にですね……私専用の、小さな乗り物が欲しいです。この魔法のエンジンを積んだ、『鉄の仔馬』が」

私の脳裏には、前世で見た、風を切って走る軽快なスクーターの姿が浮かんでいた。

「……リナ専用の……鉄の仔馬……」

その言葉が、彼女の中で燻っていた最後の火種に触れた。

マキナの目に、再び光が宿る。それは先ほどの熱狂とは違う、一人の職人としての挑戦心と、悪戯っぽい好奇心の光だった。彼女はニヤリと口角を上げ、不敵に笑う。

「……いいだろう。やってやろうじゃねぇか!」

勢いよく立ち上がると、マキナは自信満々に胸を叩いた。

「数日待ってな! お前のために、最高のモトクロスバイクを作ってやる!」

「……え? モトクロス?」

「ああ、そうだ! 実は自分の移動用に、悪路を走れる自転車はもう試作済みでな。こいつにお前の魔法エンジンをくっつければ、あっという間だ!」

彼女が指さした工房の隅には、一台の自転車が置かれていた。

凶悪な凹凸を持つゴツいタイヤ。剥き出しの無骨なパイプフレーム。私が想像した可愛らしいスクーターとは似ても似つかない、戦場を駆け抜けるために生まれたかのような、戦闘的なフォルム。

私は、期待と一抹の不安を胸に抱きながら、帝都へと帰還の途についた。