軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

99.東西戦争とレアニス解放

北と南に分かれているフジワラ郷。

いわずもがな北は異種族居住区画となり、さらにその中には特別区画と名付けられた城郭が存在する。

そこにはトラックや戦車などが納められ、ジハル族長の部族が常に警戒に当たっているのであるが、俺が住んでいる場所もその特別区画の中だ。

特別区画内に【D型倉庫】を【購入】し、俺はその中でカトリーヌと暮らしていた。

さて、時はイニティア王国軍との戦いより、いまだ一カ月と経っていないある日。まだ太陽が、東の空を昇っている最中の頃のことである。

【D型倉庫】に敷き詰められた砂の上、カトリーヌがごろりと惰眠をむさぼり、俺はその隣にて【ビーチチェア】を広げ、読書(漫画)に勤しんでいた。

一見すると怠惰に見えるかもしれないこの状況だが、別に王としての仕事をさぼっているわけではない。

休憩もまた仕事であり、日頃の勤労を称えて、英気を養っていたところだ。

しかし、そんなわずかな休みも神様は許してくれないらしい。

突如【D型倉庫】内に、来客を知らせるブザー音が鳴り響いた。

特別区画に入れる者はジハル族長の部族のみ。

応対してみると、やはり来訪者は狼族の者であった。

何事かと聞いてみれば、レイナからの言伝だそうで、遂にイニティア王国と東方諸国が争う大戦争が始まったのだという。

「レイナは来ているのか?」

「はい、警衛所の一室に待ってもらっています」

「よし、すぐに会おう」

特別区画の入り口には、警衛所が設置されている。

中には面会室があり、急ぎの要件がある時はそこで話を聞くことになっているのだ。

面会室に行くと、狼族の者が言っていた通りにレイナがおり、東方諸国連合軍が各国ごとに軍を分散して、イニティア王国が占領したドライアドの地に侵攻したことを聞かされた。

俺は、午後から急きょ会議を開くことを通達し、午後までの間は、会議で使われる資料作りに追われることになる。

ところかわって異種族居住区画にある役所。

人間居住区画の役所とは違い、そこでは業務などは行われておらず、獣人たちの戸籍関係の書類が保管してあるだけ。

では、普段は全く使われていないのかといわれれば、そうではない。

国や町の方針を決める会議場として運用していた。

人間側の役所を使わないのは、俺の安全を考えてのことだ。

昼食をカトリーヌと共に済ました俺は、護衛を連れて異種族居住区画の役所に来ていた。

別室で待機し、午後の鐘が鳴ると同時に会議室に入室する。

部屋の中は和室でありながら、椅子と大きな長机が持ち込まれ、人間と獣人たちが左右に分かれるように座っている。

今日の議題は、軍事的に重要な案件。

ゆえに、人間側は軍の重職にあった現警備隊の幹部が全員揃い、獣人たちも族長クラスの者は皆揃っていた。

俺の入室に皆は立ち上がって出迎え、俺が上座に着いたのち許可を出すと皆座った。

「まずは地図を見てくれ」

俺の言葉に合わせて、護衛の一人が手に持ったプリントを回していく。

そのプリントには、ドライアドの大まかな地図と現在の戦況――イニティア王国の占領する城や砦に、東方諸国連合軍が攻め込む状況の概略が描かれている。

「おお……」「これは……!」

ジハル族長以外は、そのプリントを手に取ると目を開いて見せた。

プリントに描かれた戦況に驚いたわけではないだろう。

ある者は手触りを確認し、ある者は匂いを嗅いでいる。

つまり、紙の質や滲みのないインクなどに対する驚きだ。

「見ての通り、イニティア王国と東方諸国連合軍の間でとうとう戦争が始まった。皆の意見が聞きたい」

俺が言うと、人間側も獣人側も本当の意味でプリントに目を通した。

皆は戦況地図を眺め、「ううむ……」と考えを巡らしていく。

俺は、さらに付け加えて言う。

「先に言っておくが、こちらから出す兵力はない」

兵力がないのも確かだが、そもそも静観するという考えは既に俺の中で決まっている。

だから今日のこの会議は、王として家臣から広く意見を求めているというパフォーマンスにすぎない。

特に、獣人らと人間という大きな隔たりを持つ二つの種を抱えており、両者から意見を聞くことはどちらかを蔑ろしているわけではないというアピールになる。

「このまま放って置いて共倒れを狙うべきでは」

いきなり核心が来た。

答えたのは、人間側より警備隊隊長。

かつては軍の将軍であった男だ。

「共倒れになるかな。大砲を持つイニティア王国の圧勝ではないのか?」

「現在、レアニスがフジワラ王の手中にあるのです。イニティア王国側の士気は駄々下がりでしょう。

それに大砲という武器が最も力を発揮するのは攻城戦、城という動かぬ目標を相手にしてこそだと愚考します。守勢に回った場合、相当な数の大砲を用意できねば、イニティアの軍も存外脆いように思われますが」

なるほど、と俺は頷いて見せる。

警備隊長の意見は非常に的を射たものだった。

すると、さらに別の人間から発言がなされる。

「東方諸国連合を侮ってはなりませぬ。ドライアド王国にはなかった数という手段が東方諸国連合にはある。とてもイニティアに負けるとは思えません。王よ。ここは東方諸国連合に臣従する意思だけでも見せておくべきでは?」

これに反対する意見もまた人間側からだ。

「数など。ははっ。東方諸国連合など寄せ集めの烏合の衆にすぎん。我らが窮地に陥っていた時、仁義なく、ただ己が利益のために傍観していた輩たちだぞ。

目の前に小さな餌をぶら下げれば、途端に味方同士で争うのは目に見えている。そこをイニティアがつくのは容易い」

「だから侮るなと言うておろう! お主は東方諸国連合を鳥合と評したが、その一羽一羽がまぎれもない大国なのだぞ! 性質はどうであれ、連合に参加している国はそれぞれが竜だと考えよ!」

「竜! 竜と来たか! ははははは!」

ここから話し合いは人間側だけで紛糾した。

やれ東西のどちらがどれだけ優れているか、やれヨウジュ帝国はどうであるか、やれイニティア王国が新たに手に入れた地で内紛の兆しはないか、などなど。

限られた情報しかない中で、互いに知恵を絞り、時に相手をなじりつつ、意見を出しあっていく。

うむ、やる気があって大変よろしい。

では獣人たちはどうなのか。

ちらりと獣人側を覗いてみれば、ジハル族長とエルフ族、鼠族の族長は平然とした様子で聞くことに徹しており、他の者たちはむむむと考え込んでいる。

専門外ゆえに黙っている者たちと、人間に負けたくない一心で何かを意見しようと考えるが何も出てこない者たち、といったところだろう。

そんな中、人間側で黙する者がいる。

目を瞑り、まるで眠っているかのように耳を澄ますのは、白い長髭を蓄えた老人。

俺はその者に意見を聞いた。

「イーデンスタムはどう思う」

俺の発言に場が静まる。

次いで、皆の視線は、待つ席に座っていたイーデンスタムの方へ向いた。

「……国を興したことについて、連合国から反応はあったのか?」

「イーデンスタム殿」

イーデンスタムの態度は王に対するものではなく、レイナが叱責するようにその名を呼ぶ。

しかし、これはいつものこと。

俺はレイナを制して話を続けた。

「いや、どの国からも返書などは来ていない」

新国家の樹立を知らせる旨を、既に書簡にて各国に送っている。

サンドラ王国は遠方ゆえに仕方がない面もあるが、他の国からの返事はいまだ一通も返ってきていない。

新国家など認められないということなのだろう。

正式な禅譲ゆえに、これを認めてしまえばドライアドの権利もまた認めてしまうことになるからだ。

「ふん、国交を持つということは、国として認めるということだ。しかし連合国は使者すら寄越しておらん。

大方、イニティア王国を破ったのちは、ここにも軍を差し向け、賊として滅ぼすつもりなんじゃろう。ここには獣人もおる。大義には事欠かんわい」

「ふむ、続けて」

「わしの見立てでは東方諸国連合が勝つ確率はそれほど高くないように思える。もし勝ったとしても、一方的な展開にはならぬだろう。

東方諸国連合に相対するイニティア王国は、小国群とドライアドの攻略に当たり、用意周到にことを運んできた。“ここ”という例外を除いてな。

そのような綿密な計画を立ててきた国が、東方諸国連合との戦いになんの準備もしてこなかった、ということはありえない。

イニティアの軍は確かに、ここでは負けた。しかし、所詮は辺境の一戦でしかないのも事実。全体を見渡せばイニティア王国はドライアドの地のほとんどを手中に収めているし、小国群もまたしかりなのだ。

現状は多少の差異こそあれ、イニティア王国の予定通りといったところだろうよ」

「しかしレアニスは――」

誰かが反論を口にしようとしたが、それはすぐさまイーデンスタムに論破される結果となる。

「たとえレアニスが囚われの身になったとて、大事はない。

そう考えたからこそ、目下レアニス自身が己の身を差し出して、講和の条件となったのではないか?」

「む、ぐぅ……」

イーデンスタムは続けて言う。

「では現在、守勢のイニティアの軍がいずれ攻勢に回り、大陸を瞬く間に支配していくのか。

それも違うと思う。

早急な領地の拡大は数多の弊害を生む。必ず統治が必要になる。どこかで一度腰を据える必要があるのだ。

攻めるだけでは食糧も足りなくなる。ここまで略奪をしたという話は聞いていない以上、後方から運ばねばならない。大量の食糧の輸送となれば相当に時間がかかるじゃろうて。

つまりこれからのイニティア王国は、ゆっくりと着実に領土を広げていく考えであることは明白。

今は籠城し、東方諸国連合の息切れを待っているといったところか」

なるほど。

正しいかどうかは別として、なかなか説得力のある話だ。

ならば、と俺はイーデンスタムに尋ねる。

「つまり、ある程度膠着するような事態が続くだろう、ということでいいのかな。

では、その場合、俺たちが取るべき手段は?」

「戦いが長引いた場合、東方諸国はこの国に援軍を要請するじゃろう。

背後から攻めてくれとな。これをおぬしが断るのはわかる。では次に東方諸国連合は何をするか――乗っ取りじゃよ」

途端、人間側から、何故それを言うのかという驚きが見えた。

イーデンスタム以外の者が口にしなかったのは、もしかすれば乗っ取りを期待していたからか。

現状、やはり人間側の立場は不遇であると言っていいだろう。

民衆の多くは不満など微塵も持っていないだろうが、何らかの役職に就いていた者は違う。

権力というものに欲を見るはずだ。

ではイーデンスタムの口から、復権の可能性を潰すような意見が出たのはなぜか。

これは簡単だ。

心理学なんてものはトンとわからないが、イーデンスタムの心情は手に取るようにわかる。

すなわち、オリヴィアを思ってのこと。

イーデンスタムとオリヴィアを二人きりで会わせたことがある。

部屋はこちらが用意し、その際には盗聴器をしかけさせてもらった。

イーデンスタムは今しばらくの辛抱であると、いずれ復権を、とオリヴィアに語っていた。

だがオリヴィアは女王であった頃の辛い心中を吐露し、今の生活がいかに恵まれているかを語った。

つまりオリヴィアは女王の地位を望んではいないのだ。

「内側から、奴らは侵略してこようとするぞ。

まあ今はとにかく治安を引き締めることじゃな。よくよく注意せよ」

このイーデンスタムの言葉。

間違いなく、この町を、引いてはこの国を思っての忠言である。

確信した。オリヴィアが手元にある限り、イーデンスタムは忠臣になり得る。

彼はオリヴィアのために、俺からのどんな命令でも聞くだろう。

これはのちの異種族と人間との融和にも役立つに違いない。

ラシア教の教義よりもオリヴィアを優先するイーデンスタムなればこそ、獣人たちに対するわだかまりも容易く捨て去ることができるのだから。

「よし、非常にためになる話し合いであった。

現状はどちらにも与さない。ただし、戦いの均衡を保つために食糧の支援くらいは行うかもしれない。

あとは、町の治安の強化に努めよ。

今のところ移民を受け入れるつもりはないが、各国の商会については受け入れようと思う。当然それらに混ざって間者も入ってくるだろう。警備隊の者は気を引き締めて任務に当たれ。以上だ」

これにて、緊急会議は閉幕した。

それからまた一カ月ほどが経った。

南の戦況は、攻める東方諸国連合側に対してイニティア王国側は籠城を選択、劣勢ではあるものの、なんとか守っているようだ。

小松菜率いる騎馬軍が遊軍となり、各戦場を駆けまわって敵陣をかく乱しているらしい。

これにより、ドライアド攻略が容易にいかないと考えたであろう東方諸国連合は長期戦を選び、城を遠巻きに囲んで兵糧攻めに出たとのこと。

それにしても、小松菜である。

彼についての報告を受けた時は、生きていたのかという感想と共に、ブルリとした怖気が背中を走ったものだ。

ところで我が町においても、かの地での戦況を大きく変えるかもしれない事案が発生しようとしていた。

先日、とうとうレアニスの身代金が届いたのである。

そのため今日までの間、異種族居住区画の役所では、ポーロ商会の者と獣人たちが一緒になって身代金――金銭や財物――の確認作業に追われていた。

そして今、もう終わりそうだということで、俺は役所に呼ばれたところだ。

ちなみに講和条件に関しては以下の通りである。

・オリヴィア・フォーシュバリ・ドライアドよりノブヒデ・フジワラに王権が禅譲され、新国家が成立する。その際、イニティア王国は新国家を承認する。

・ドライアド王国の権利は新国家が全てを引き継ぐものとする。イニティア王国はそれを承認する。

・レアニス・ホルト・エン・ブリュームを人質とし、イニティア王国はその身代金として、二百七十万フロー(フロー金貨二百七十万枚で、日本円にしておよそ三千億円)に相当する財貨・財物を新国家に支払う。

・現在、イニティア王国が有するドライアド王国の地は賃借として、年間九万フロー(日本円にしておよそ百億円)を賃料として新国家に支払う。

・新国家に対する今後一切の武力行使を禁ずる。

・戦時におけるフジワラ領に関する詳細を漏らしてはならない。

もちろん、これらの講和条件が全て守られるとは思っていない。

仮初の約束であり、イニティア王国がいずれまた牙を剥くことがあるだろうという予感はある。

また身代金に関してはもっと要求してもよかったが、レアニスという人間にどこまでの価値があるか、というのが問題になってくる。

イニティア王国には確固とした王がおり、国を傾けるような額を軍の将軍でしかないレアニスに払うわけもない。

かつてサンドラ王国に対する賠償金においても三千億円近いものであったが、これに関しては【香辛料】の取引を見越してのもの。

それも一度にというわけではなく、分割での支払いであった。

さらにこのイニティア王国との条約を交わした時、レイナは言っていた。

レアニスは、こちらが遠征してまで攻めようとしないことを見抜いていると。

同じ日本人であるゆえに見抜いたのか、それとも戦いの最中と終わりにあった問答から判断したのか。

なんにしろ、レアニスを人質にイニティア王国軍は撤退を完了させた。

あとの金額の交渉は、レアニスの価値次第で決まるということである。

まあそんなわけで、賠償金代わりの身代金はこのような数字になったわけだ。

だが、それでも異常な額ではある。

俺は、一兆という途方もない額を短い期間で稼ぎ出した。

それを考えれば大したことはないと思うかもしれない。

しかしその一兆という利益は、胡椒という価値ある産物を用いてこそ。

通貨という価値ある物と、同じく胡椒という価値ある物とを交換した結果でしかない。

一方的に金だけを支払う場合とは、わけが違うのだ。

余談ではあるが、良貨の流通が悪い場所では胡椒が通貨の代わりになり始めているらしい。

これを聞いた際には、元の世界のことを少し思い出した。

南米のある地域ではコカインが通貨の代わりになっているという話だ。

要は違法薬物と同じくらい、この世界では胡椒の価値が高いということだろう。

「フジワラ様。身代金、全て確認しました。レアニスを解放しますか」

「ああ。それでいい」

レイナからの報告を受けて、俺はレアニス解放の許可を出した。

レアニスを閉じ込めていた場所は人間居住区画の一画。

異種族居住区画にしなかったのは、情報を奪われることを嫌ったためだ。

俺同様に獣人を味方にしていたレアニスである。

口八丁で見張りの者が取り込まれてはかなわない。

俺はレアニスの旅立ちを見守るため、南の城壁へと赴いた。

城壁の上から覗こうというのだ。

しばらくしてレアニスが南門を通って眼下に現れた。

レアニスは振り返り、見上げるようにしてこちらを見つめる。

城壁の上と地上では、十メートルの距離がある。

だというのに、レアニスの瞳の色ははっきりと確認できた。

波立つことのない、穏やかな海を思わせるような色だ。

不思議な男だと思う。

俺に対する憎しみなどまるで感じない。

ではなんのために戦うのか。

本当に大陸の平和だけを願っているとでもいうのだろうか。

まあ、関係ない。

また攻めてくるというのなら、返り討ちにするまでだ。

やがてレアニスは、自国の兵士らと共に、南へと去っていった。

「とりあえず一段落ということかな」

「そうですね。現状、南の情勢も早期に決着はつきそうにありません。

他国の混乱は、自国の安寧なりとも申します」

俺の何気ない言葉に、レイナが返答した。

全くその通りだと思う。

南の戦乱が深まれば深まるほど、このエド国は平和でいられるのだ。

しかし他人の不幸によって、自身の幸福が得られるというのはなかなかに難儀なものだ。

支配者だけが不幸になるならいいが、まず初めに犠牲になるのは下々の者なのだから。

まあ、そんなことをここで考えてもどうしようもないのだが。

「んんーー!!」

俺は両手を空に向けて、体を思いっきり伸ばした。

この気持ちよさ。

レアニスを解放し、ようやく俺自身の心も解放された気分だ。

「最近、色々とありすぎた。もっとこう、のんびりとした生活を送りたかっただけどなあ」

実際、気を張り詰めることばかりだった。

だが、それも今日で終わりだ。

「さあここからは内政だ。大金も手に入った。色々やってやるぞ」

金の匂いを嗅ぎつけて早くも商人たちがやってきている。

二万近い住人がいる大都市に、何千万フローという大金が流入したのだから、当然だろう。

とにかくも一段落。

明日からはのんびりと町の運営に精を出そうと思った。