軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

92.フジワラ領防衛戦 2

信秀が役所の二階で、作戦に不備がないかと考えていた時のことだった。

突如として城郭都市の至る所から聞こえたのは、乱雑としてやかましい銅鑼や太鼓の音。

敵の来訪を知らせる合図である。

「早い! もう来たか!」

信秀は苛立つように叫びつつ、すぐに『町データ』を呼び出した。

目の前に映し出されるのは、自分の名前、時代設定、そして現在の人口。

【町の人口】7153人

人口は一万人に遠く及ばない。

当然だ。

都市に移民たちが入場してまだ間もない。

厳密にいえば五時間ほど経ったところだ。

現在、時刻は午後三時。

敵がここまで来るまでにまだ猶予はある。

休息も取らなければならないし、今日中に攻めてくるかも怪しいところだ。

しかし、人口一万人は間に合わないだろう、と信秀は思った。

千人当たりにかかる時間は、およそ七時間といったところか。

残り約二千八百人であるから、単純計算であと十九時間ほど。

(係の者を補充するべきか……)

そう考えて、いや、と信秀は首を左右に振った。

書類に間違いが少しでもあれば、人口に換算されない。

この世界。『読み』はできても『書き』ができる者は驚くほど少ない。

ペッテル村長でさえ読みはできるが、書くことはおぼつかなかった。

だからこそ、ポーロ商会の者のみに任せている。

人員はこのままでいい。

(まあ、人口一万に到達しないならしないでも構わない。十億円の新兵器以外にも準備はできている)

間もなくして、電話機型有線通信機より敵の来訪が告げられると、信秀は別の場所に通信を入れる。

王族と兵士を一か所に集めた区画。現在そこに滞在してもらっているレイナが、通信の相手だ。

王族と兵を一か所に集めたのは、反乱を起こされた際、一挙に鎮圧をするため。

反乱分子になり得る者を集めて、反乱を助長させるより、町中に紛れられることの方が恐ろしかったからである。

レイナに兵士をこちらに寄越すように伝えてから、信秀は護衛を連れて、すぐに階段を下りていった。

役所の一階では、係の者が努めて平静に、移民たちをなだめながら戸籍登録を続けている。

これは前もって信秀が指示していたことだ。

何が起ころうとも作業を続けるように、と。

その分給金はたくさん支払うようになっている。

(役所内は問題ない、だが外は……)

信秀が役所を出ると、外はまるで別世界だった。

「じゅ、獣人か!? さっきの獣人かっ!?」

「ま、まさか、獣人が私たちを攻撃する合図じゃないの!?」

「王宮の兵士はどこへいったんだ! まさか俺たちは騙されたんじゃないのか!?」

四方から鳴り響く銅鑼や太鼓の音に、何が起きているのかと慌てふためく移民たち。

そもそも城壁の上にいた獣人たちを移民たちは見ている。

ゆえに、これが彼らの手によるものだと思って、わけもわからず狂乱しているのだろう。

彼らにしてみれば、何も情報がない中での異常な事態なのだから、当然の反応だと信秀は思った。

静まり返らせるには、大きな力がいる。

信秀は今一度役所の中に戻ると、階段の陰でもう何個目になるかわからない【拡声器】を【購入】し、再び外に出た。

『落ち着け!』

【拡声器】を使った一喝。

異常には異常で、ということだ。

キーンという耳障りなハウリング現象も同時に発生して、移民たちの意識は信秀の方へと向いた。

『この都市の主、ノブヒデ・フジワラだ! まずは落ち着け!』

もう一度、【拡声器】を通して命令する。

移民たちのざわめきは段々と収まって、やがて信秀の考えを聞く体制が整った。

『いいか。落ち着いて聞け。現在、敵軍がすぐそこまで迫っている――』

敵軍という言葉に反応して、移民たちがざわりとした。

だが、信秀は気に留めることなく次の言葉を紡ぐ。

『――だが慌てることはない。この都市の防備は万全だ。守護には獣人たちが当たっている。心配は無用だ』

「避難は! 俺たちはどこに避難すればいいんだ!」

群衆のずっと奥から聞こえた声。

自身の正体がわからない位置にいるからこそ、強気に質問できるのだろう。

『戸籍登録が終わった者から順次、自分の家で隠れているといい!』

「そんな! こんな事態で戸籍登録なんてやっている場合か!」

再び群衆の中から、今度は別の者が叫んだ。

それに伴い、「そうだ、ふざけるな!」という声の波が、潮のごとく信秀にぶつかった。

ミラを含む信秀の背後の護衛が、【89式小銃】を握りしめる。

いつ反乱が起きてもいいように、護衛たちの装備に加えられたものだ。

『ふざけてなどいない! いいか! 避難したかったら円滑に戸籍登録ができるよう文句を言わず指示に従うことだ!

それからもう一つ! 許可なしに列を乱したものは厳罰に処す、いいな!』

横暴ともいえる発言。のちの統治に影響を及ぼしかねない行動だった。

しかし、今はこれ以外に手がなかった。

じきにドライアド王国の兵士も列の統制にやって来る。

ここは、もう問題ないだろう。

信秀は役所に停めてあった馬に乗って、すぐさま南の城壁へ向かった。

城壁の上の獣人たちは、移民たちほどとは言わないまでも、結構な狼狽ぶりであった。

なにせ、、どう考えても届かないはるか遠くの敵に向かって、大砲を撃とうとするほどである。

「おい! まだだ! まだ、布幕を外すんじゃない! 敵はあんなに遠いぞ!」

ちょうど城壁の上にやって来た信秀が一喝した。

できることならば、こちらが大砲を持っていないと思わせた状態から、不意の初撃を与えて大きな損害を与えたかった。そのための布幕だ。

つい最近までは、秘匿などお構いなしに大砲の訓練をやっていたので、それによって大砲の存在が露見していた場合は仕方がない。

信秀は【双眼鏡】を覗いた。

大砲を引いているというのになかなかの速度で進んでいる。

その理由は、軍の先頭を行く使役獣にあった。

他とは隔絶した獣。それはイニティア王国が始まりの国と呼ばれている所以のもの。

巨大な体躯に、背に甲羅を背負ったような硬い鱗。長い尻尾を持ち、四肢は短い。

元の世界では決して見ることのできない生物――聖獣。

信秀は知らないことであったが、元の世界の恐竜、アンキロサウルスによく似ていた。

「フ、フジワラ殿」

ここを指揮する鼠族の族長が、信秀に声をかけた。

冷静沈着と思われた鼠族の族長は、珍しくも蚊の鳴くような声を発し、実に頼りなさげである。

怯え。

大砲の絶倫の威力は、それを扱う彼らもよく知っていることだ。

既に彼らには、敵も大砲を持っていることを伝えているが、彼我の射程の優劣の差も教えた。

だが、やはり人間に対する恐怖は骨髄にまで刷り込まれていたのだろう。

「敵は大陸の半分を手にした人間最強の軍。ここで勝てば、獣人は何もかもを手に入れられるぞ。それとも、ここの指揮官を狼族に代わってもらうか?」

信秀はこのように言ったが、余っている狼族はいない。

余剰をつくり出すとなれば、現在信秀の護衛についているミラともう一人の狼族だけ。

信秀は護衛の二人を見た。

気後れする様子はない。命令とあればいつでも、という強い意思が伝わってくる。

さあ、どうするのか、と信秀の視線は鼠族の族長へと戻った。

鼠族の族長の目にはまだ逡巡と呼べるものがある。

しかし、先ほどの狼族と比べるような信秀の発言。加えて、この場にいる北の森の獣人たちの視線が、鼠族の族長に集まっていた。

こういう時、長たる者は力強さを発揮するものだ。

「いや、すまないことを言った。このままやらせてほしい。必ずや人間を打ち滅ぼしてみせよう」

「そうか、任せたぞ。くれぐれも先走るようなことがないように」

鼠族の族長のセリフは、人間である信秀としてはかなり怖いものであったが、縮こまるよりはいいと思い、今は深く考えないようにした。

信秀が、もう一度敵軍を眺める。

如何に敵の速度とはいえ、まだ時間はある。

ここに到達するのは夜。

もしくは、一度どこかで陣を張り、夜明けとともに攻めてくるか。

鼠族の族長だけではない。

信秀は、他の者たちの不安を取り除かなければならないと思い、有線通信機を手に取り、西を守護するジハル族長に連絡した。

自分だけでは手が足りないため、ジハル族長と協力して、城壁の各所を回るのである。

一万にも及ぶイニティア王国軍。

その先頭を行くのが五十門もの大砲を装備した、小松菜率いる二百の機甲科部隊だ。

百頭ほどの甲竜と呼ばれる聖獣が、背中に括り付けた椅子には複数の人間を、背後には大砲を牽引して、それらの重みを感じさせずに、のっしのっしと前に進む。

この大陸の半分を恐るべき速度で支配できたのは、大砲によるところも大きいが、この甲竜の存在も一因であった。

大きい体もさることながら、その頑丈な太い足と低い重心は、足場など気にすることもなくただ進むのだ。

とはいえ、甲竜がいかに優れていようとも、軍を同じくしている馬は休みなしでは動けないし、人の速度にも合わせなければならない。

甲竜の運用は独立機動こそ本領であるが、今日のように軍が一体となって動く場合は、甲竜は大きな荷物を運べる運搬獣でしかなかった。

まあ、それでも十分なのであるが。

十キロを優に超える広大な距離を、イニティア王国軍は進んだ。

平野が続くとはいえ、地面は真っ平らというわけではないし、途中に幾つかの小川も挟んでいる。

軍は何度も休憩をし、城郭都市より南に四キロの地点に到着したのは、夜のとばりが完全に落ちた頃。

軍はその地に陣を張り、都市攻撃は翌朝からということになった。

ちなみに、ここに来るまでに小松菜の目は、城郭の櫓をはっきりと捉えている。

それは懐かしさを覚える形だった。

小松菜の頭には、何故あんな物がここにあるのか、という疑問が当然のように浮かんだ。

「城郭都市はもしかして、フジワラの手によってつくられたのか……?」

行き着く考えはそれだった。

この世界においては、あんな瓦屋根の木造建築物を見たことがない。

陣幕でレアニスと話し合ったところ、ことここに至っては深く考えても意味がないという結論になった。

フジワラがそういう技術を持っているというのならば、それは戦後の話だ。

翌日の早朝。

太陽が東の水平線からようやく顔を出して、空が白みががった青色になった頃のこと。

イニティア王国軍は、陣地をそのままに、城郭都市に向けて出発した。

先頭の小松菜率いる機甲化部隊が、すぐに城郭都市から三キロ地点に到着する。

小松菜の能力によって上積みされた類い稀な視力が、城壁の上の獣人の姿を捉えた。

敵は獣人を従えているということだ。

別に驚くことではない。

ラシア教において獣人を国家に組み込むことは恥以外の何物ではないが、この世界の常識に囚われない者が相手側にもいる。

さらに無数の布幕が見えた。

なんだあれは、とは思い、小松菜は考えを巡らした。

一瞬、大砲の存在を頭に浮かべたが、それにしては布幕の形がおかしい。

大砲より、もっと大きいものだと推測され、おそらくは投石機のような兵器を用意したのだろうと小松菜は考えた。

この考えに至るにあたっては、 今(こん) ドライアド攻略戦において、敵側に一度も大砲の存在が確認できなかったことも大きく作用している。

どのようなものであれ、火薬を使わない前時代の兵器。

軍を止める理由にはならない。

機甲科部隊が、城郭都市から二・五キロ地点に到着する。

さあ、そろそろどうするか、と小松菜は考えた。

どこで止めて、どこで降伏勧告を出すか。

近寄れば近寄るほど、威圧になるだろうと、さらに軍を進めた。

目指すは、『イニティア砲』と名付けられた自軍大砲の射程である一キロの地点。

そして城郭都市から二キロの地点。

甲竜の上で小松菜は、ふと、土の軟さが気になった。

まるで一度掘り返したような、そんな沈みを感じたのだ。

よく見れば、色もおかしい。今までに比べて土が黒い。

色は置いておいて、土が柔いのには思い当たることがある。

大砲練習のあとは、その土を均さなければならない。

これまで、何度も経験してきたことだ。

(まさか――)

何かに気付いたようにハッとして、小松菜は城壁の上を見た。

その目に映ったのは布幕に手をかける獣人の姿。

もはやギョッとする暇もない。

小松菜は、大きく息を吸い込み、声として吐き出そうとする。

「全軍――!」

途端、布幕が翻った。

露わになるのは――大砲。

布幕の異な膨らみは、木の骨組みによる偽装であったのだ。

しかし小松菜は、その小さな体のどこから出しているのかとでもいう声で、己が兵士たちに命令した。

「全力で前に進めぇぇぇ!」

――瞬間、轟音が響いた。

言わずもがな、城郭からの砲撃である。

激烈な音とともに、着弾により吹き上げられた砂煙が舞った。

兵たちの悲鳴がそこかしこで聞こえる。

だがそれでも部隊が部隊としての機能を保っていたのは、小松菜の命令があってこそ。

戦場において、死に物狂いになるのは、誰であっても等しきこと。

だが優秀な兵というものは、将を信じ、その命令に死に物狂いになる。

一瞬の判断により、小松菜は後退よりも前進を選んだ。

兵士たちは、それこそが生きる道と信じ、前に進んだのだ。

「敵は城壁の上から撃っている! 城壁を崩せば我らの勝ちだ! ただ前に進め! 射程に入れば、迷わず撃て!」

小松菜は叫びながら、己の乗っていた甲竜の首を大きな斬馬剣で叩き斬った。

気でも触れたのかとでも思うかもしれないが、そうではない。

小松菜は、自らの恐るべき膂力で甲竜を腹の方から持ち上げると、その腹に斬馬剣を横向きに突き刺し、甲竜の背中を巨大な盾にしつつ、前に進んだのである。

数トンを誇る重さの巨体を持ち上げる。

敵側からすれば絶句すべき所業、どれほど常軌を逸した相手であろうか。

「ここだ!! イニティア王国軍の将軍小松菜はここにいるぞ!!」

砲撃の音をはるかに凌ぐ、世界の果てまで轟かすような小松菜の声が響く。

この巨大な声に、これまで多くの敵兵が恐怖し士気をくじかれた。

今日もまた同じ。恐怖ゆえか、第二撃目の砲撃は小松菜へと集中する。

しかし甲竜の鱗は 殊更(ことさら) に硬く、フジワラ軍の砲撃のことごとくをはじき返した。

それだけではない。

砲撃の狙いがあまりにも甘いのだ。

これは、フジワラ軍の砲兵が如何に未熟であるかの表れだった。

(いける。この敵の練度なら、ひたすらに前進する部隊に必中はない)

小松菜が、心中で強く頷いたその考えに間違いはない。

自身の足下にある色の違う土。それは目印である。

初弾を必ず当てるように、前もって着弾の距離を測り、その射角を固定する。

もちろん日々変わる天候や風、空気によって距離は変わるが、相手は軍という巨大なもの。

大きな影響はない。

つまり城郭の獣人たちは、あらかじめ射角を固定した距離の相手にこそ砲撃を当てられるが、いざ動く目標物を撃とうとすると狙いが緩慢になる、ということだ。

(やはり、前進にこそ活路があった)

よく考えての命令ではなかった。

いわば勝利への嗅覚や本能とでもいうべきものが、小松菜に『前進』の二文字を命令として下させていた。

小松菜は激しい戦いの中に勝ち目を見た――――その瞬間のことである。

――。

それは形容しようがないほどの凄まじい音。

いや、音の壁であった。

「え……?」

呆けたような声は、小松菜の口から発せられたものである。

一時の油断が生死を分ける戦いの最中でありながら、小松菜は思考力の大部分を失っていた。

耳に残る不明の音。

唯一、脳裏にあったのは、何が起きたのか、だ。

神が下す裁きの雷のような。

世界にピリオドを打つような。

――そんな音。

あまりの音ゆえに、音だけでは何が起きたのか理解できなかったのである。

不思議なことに、先ほどまで自軍に加えられていた砲撃すらも止まっていた。

これは敵側も驚いていたということを意味し、イニティア王国軍からしてみれば僥倖であったといえよう。

わずかな力と意思で、小松菜は盾とした甲竜の向こう側を覗いた。

時が止まったかのように、その場に停止する兵士たちがいる。

さらに兵士と兵士の隙間。

その先では砂煙の中には、酸鼻極める死屍累々とした有様の己が部隊があった。

「なんだ……これは……」

小松菜の唇はひくひくと痙攣していた。

甲竜の苦し気な鳴き声が聞こえど、人の気配は感じられない。

その惨状に、小松菜はただただ愕然とするばかりである。

ところでこの時、一キロばかり先の城郭の上でのこと。

「ふ、地雷が【購入】できないのならば、実際につくればいいのだよ」とのたまいながら、小松菜と真逆の顔を浮かべている信秀がいたのであるが、このような状況ゆえ、いかな視力を持つ小松菜でも気づく余裕などなかった。