軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85.町から国へ、マッチから電化製品へ 2

イニティア王国が小国群に攻めいったという報告が入ってからのこと。

俺は不測の事態に備えて領主の館に滞在していた。

「フジワラ様、入ります」

ポーロ商会支部長のレイナが、執務室に入って来る。

ある理由で、俺が彼女を呼んだのだ。

「ソファーにかけてくれ。落ち着いて話をしよう」

小さな長方形の椅子を挟んで向かい合うように設置してある長ソファー。

それにレイナが座ると、俺も執務席を立ちその向かいに座り、「これを」と手元から一通の書状を差し出す。

安物の植物紙ではない。高級な羊皮紙を使ったものだ。

レイナがその書状を受け取ると、それに目を通しながら言った。

「これは王宮からの……出兵要請ですか」

「ああ、王宮の要求は兵一千。それが無理な場合は膨大な量の麦を送るように言ってきている。どうするべきだと思う」

レイナは一度最後まで書状を読むと、視線をもう一度上に戻し、また最初から読みはじめる。

それを二度繰り返して、ようやく言葉を口にした。

「現状を整理します。

フジワラ領の人口はおよそ五千三百人。常備軍はおらず、出兵するのであれば、兵をまず集めねばなりません。兵を募った場合、ここでの生活は豊かでありますから、志願する者はほとんどいないと考えられます。したがって出兵要請に応じるのならば、徴兵が必要となります」

やはり元貴族というのは頼もしい。

領の運営にもよく協力してもらっていたから、人・田畑・税など、領内のあらゆることを熟知している。

俺は「その通りだ」と同意して、レイナの言葉に続けるように言った。

「村の男女比は大分その差が埋まってきたとはいえ、まだまだ男が多い。そのため、強制的にという条件ならば、千の兵を集めることは可能だ。しかしこれは領内の人口比の二十パーセントに値し、徴兵を実行したならば、このフジワラ領はほとんど機能しなくなることだろう」

俺の言葉に今度はレイナが頷き、言葉を引き継ぐ。

「では麦を送るのはどうか、について。

領内の主な農作物はジャガイモであり、麦はそれなりの量しか作っていません。村中から徴収し、さらに非常用に貯蓄しておいたものを合わせれば足りると思いますが、しかしそれはあまりに無体な行為。これまでに築いてきた領民との信頼を、大きく損じることになりかねません」

色のついてない冷静な言葉に見えて、深いところには強い否定の念が見える。

レイナは出兵にも麦を供出することにも反対なのだろう。

「他の領主はこの戦いにどこまで参加するのだろうか」

「国に忠誠を尽くす者。勝ちを見込んで、手柄欲しさに参加する者。食糧だけを供出する者。のらりくらりと王宮からの要求を躱しつつ機を窺う者。

最初から積極的に戦いに参加する者は、半分いればいい方じゃないでしょうか」

この大陸に多く存在するのが封建国家。

国家とはなんとも大層な肩書であるが、その実、中央集権は薄く、小国の集まりを王宮がまとめている、といったようなものでしかない。

その中でも、ことさらに王の力が弱く、地方の領主の力が強いのがドライアド王国であるから、レイナの予想する領主たちの行動も当然のことといえた。

絶対王政とは違うのだ。

「ドライアド王国は勝てるのか」

「東からの援軍が間に合えば。あるいは南のヨウジュ帝国の動き次第では、といったところです。しかし、相手も無能ではありません。なんらかの策を講じているでしょう」

ふむ、と別に大したことのない頭を働かせる。

戦いの結果はまだ予想できない。

ならば、俺が王宮からの要請を無視した場合はどうなるか。

言わずと知れたこと。

もしドライアド王国が勝った暁には、戦いに参加しなかった者の中で、まずこの俺が最初の生贄になることだろう。

ああ、殺されるとかいう意味ではなく、お金的な意味で骨の髄までしゃぶられるということだ。

「よし、麦を送ろう。もちろん領民からの徴収はなしだ」

「……先ほども言いましたが、倉庫を空にしても足りませんよ。商人から購入しようにも、麦の値段はここにきて、とてつもない高値になっています。今から買い付けるとなると膨大な額がかかると思いますが」

ジャガイモが世に出てから、麦の価格はほんの少しずつではあるが下落していった。

その反動もあるのだろう。

ジャガイモにない保存性をもつ麦は、糧食に向き、戦争を目の前に控えた今、ありえないほどの高値を付けていた。

しかし、である。

俺には能力がある。

商人から買えないのなら、能力で買えばいい話なのだ。

「大丈夫だ。麦の蓄えならある」

その一言でレイナは黙った。

俺の能力のことは知らないが、俺という人間の異常さを彼女は知っている。

「――ということで、だ。すまないが、ポーロ商会に輸送をお願いしたい。ついでに戦いの様子を観察してきてくれないか。もちろん安全第一で、だ」

「……担当する者たちへの危険手当をいただけますか」

「胡椒を五壷」

「いいでしょう」

親しき仲にも礼儀あり。

労働に対する対価をしっかりと支払っているからこそ、互いの信用は保たれるのだ。

小国群を破ったレアニス率いるイニティア王国軍はその野心を明らかにした。

すなわち教皇の座と、大陸の制覇である。

各地に檄文を送り、その文中でレアニスは己が教皇の座に就くことの正当性を主張し、さらには現教皇の悪行や間抜けな失敗談をこれでもかというほど書き立てていた。

こんな馬鹿がいるかよ、と話半分でその檄文――現教皇の失敗談――を読む世の人々であったが、書かれていたことは全て真実である。

とにかくも、イニティア王国が大陸制覇という野心を突如露わにした。

これに最も震えあがったのはドライアド王国である。

次に攻め込まれるのはどの国か、という質問を百人に聞けば百人がドライアド王国と答えるだろうからして。

相手が攻め込んでくるまで、座して待つ必要もない。

ドライアド王国宰相のイーデンスタムは直ちに軍を組織すると、敵が攻めてくる前に、前線となるであろう領地へと送り出した。

イーデンスタムの打ち出した策略は徹底防御。

イニティア王国の野心が明らかになった今、東方諸国並びにラシア教会が黙っているはずもない。

いずれ大軍で援軍がやって来る。

それまでとにかく堪え凌げばいい、というものである。

かくして、全ての人々が予想していた通り、イニティア王国軍がドライアド王国の領地――コーランド公爵領に侵攻した。

攻勢のイニティア王国軍に対し、亀のように城に閉じこもる守勢のドライアド王国軍。

はたして、どれだけ長引くのだろうか、とその戦いの成り行きを見守っていた者たちは思ったであろう。

しかし予想外にも、コーランド公爵領での戦いは驚くべき早さで決着した。

「報告! コーランド公爵領が陥落しました!」

「なんだとぉっ!」

執務室に響いた悲鳴にも似たイーデンスタムの叫び声。

それは、戦時であっても執務を滞らせてはならぬと、一人、他の者の何倍もの量の仕事に向き合っていた時のことであった。

各領主には城を出るなと伝え、前線にはイニティア王国軍が侵攻する以前より、王都や後方の領地から援軍を送っている。

まさに防衛の態勢は万端。

だというのに、イニティア王国軍の侵攻の報告から数日もしない内に南の要地が落ちたのだから、悲鳴だって上げるというものだ。

「それが、コーランド公爵は最初から敵側につき、夜寝静まったところで味方の陣営地に火を掛け、門を開いて敵軍を城の中に呼び込んだのです」

「ば、馬鹿な……!」

戦いは始まる前から既に決していたのだ。

ドライアド王国が前線に援軍を送り防衛に努めたことは、敵の大計に組み込まれていたことだった。

それにしても許されざるは、いの一番どころか、戦争が始まる以前より国を裏切っていたコーランド公爵である。

「王の血筋を引く者が謀反だと……? くそ! あの恥知らずめが!」

イーデンスタムは全身を紅潮させると、ここにはいない裏切り者に向けて、血を吐き出さんばかりの激烈な怒罵を浴びせた。

とそこへ、新たな伝令がやって来る。

「ほ、報告!」

息も絶え絶えの伝令であったが、それを気遣う余裕は今のイーデンスタムにはない。

苛立ちをぶつけるように「なんだ!」と声を荒らげた。

しかしその沸騰したような熱は、すぐさま冬の氷ついた池のように冷たくなる。

「だ、大至急援軍をっ! 敵の新兵器の前に、城壁はほとんど役に立ちません! コーランド公爵領の先、既に二つの砦が陥落、おそらく今頃はさらにもう一つ落ちています!」

「な、なんだと!? 詳しく申せ!」

「は、はい、それが――」

「――大きな筒から金属の球を撃ち出していた……?」

「はい」

領主の館。

俺は執務席に座りながら、早馬を飛ばして戻って来たポーロ商会の者より、戦地の状況を聞いていた。

その内容は、まさに驚愕に値するものである。

大きな筒と、金属の球。

大砲だった。間違いなく。

俺の胸中に、まさか【町をつくる能力】を持った奴がいたのかという疑念が浮かぶ。

だとするなら、他にも武器はあるはずだ。

「他に武器はなかったか。個人で携行していた武器はどうだ。細い筒のような物は持っていなかったか」

「いえ、すいません。わかりません」

「乗り物は? ひとりでに動く鉄の車はなかったか?」

「すいません、それもちょっと」

ポーロ商会の報告者からは、わからないという答えしか返ってこなかったが、俺は質問をするうちに、段々と冷静になり始めていた。

よく考えれば、【町をつくる能力】よりも、日本での知識を使って大砲を開発したことの方があり得る話だ。

俺にはわからないが、火薬の作り方を知っている者がいたんだろう。

魔法という便利なものがある以上、砲身の加工は容易く、ある程度の物理的思考があれば、あとは試行錯誤でなんとか大砲ができそうな気がする。

「イニティア王国軍の将軍たちの編成はわかるか」

「これを。今回戦いに参加している者の名前です」

横で話を聞いていたレイナが、羊皮紙を差し出した。

俺はそれを受け取り、一番上から眺めていく。

――いた。

上から四番目。左将軍ヨシキ・コマツナ。

この大陸には珍しい独特な響きは、間違いなく日本人の名前だ。

俺は話す相手をレイナへと変える。

「とにかく、ドライアド王国は敗北を免れないということでいいのか?」

「間違いないでしょう。ヨウジュ帝国は制圧したばかりの小国群に軍を差し向け、イニティア王国軍を本国と分断しようとしましたが、その直後、国内で反乱が起きました。

東方諸国はいまだ集まりきらず、半端な兵力では動こうとしません。いえ、ドライアド王国が制圧されるのを待っている節があります。パイをより大きくしようとしているのでしょう」

レイナ大先生の考え。

パイとは戦果。ドライアド王国を破ったイニティア王国を倒せば、その土地は丸々自分たちのものになる、ということだろう。

もっとも、イニティア王国に勝てたらの話だが。

「王宮はこれからどう動く。降伏はあるのか」

「予想がつきません。降伏はドライアド王族の死。小国群においては、のちの禍根を断つために、支配者の一族は全員殺されたと聞いています。この地でも例外ではありません。王族は皆殺しの憂き目にあうでしょう」

「そうか」

こればかりは仕方がない。

それが王族の務めというやつだ。

兵は戦場で生死を争うが、王は戦争の結果で生死が決まる。

しかし、王はそれでいいとして、領主である俺はどうなる。

相手の国は自ずから戦争を起こそうとする奴らだ。

相手側に日本人もいるとなれば、俺のこともすぐにわかるだろう。

いや既に俺のことは調べられているかもしれない。

なにせ、領地の名前が“フジワラ”領だ。

降伏の先に待ち受けているのは、利用されるか、殺されるか。

では立ち向かった場合はどうなるか。

相手は大砲という射程の大きい兵器を持っている。

これは脅威だ。

対する俺が武器を渡せる相手は限られている。

武器はあってもそれを使う者――人的戦力が少ないのだ。

では逃げるのか?

いや、と思った。

俺は領主。

裏切られてもいない内から、領民を見捨てるのは、それこそ裏切りではなかろうか。

それに、やっとここまで来たという思いもある。

人口も資金も。

「1兆3600億か。この三年と半年、我ながら儲けたな」

「?」

俺の呟きに、レイナが不思議そうな顔をした。

「いやなんでもない。こっちの話だ」

死ぬのも、誰かに利用されるのも、この領地を捨てるのも、まっぴらごめんだ。

俺は今ある手札で最善を尽くす。

俺と俺の周囲の人間以外は知ったことか。

たとえ同じ日本人であろうとも、だ。

「レイナはトラックには乗ったことなかったな」

「鉄の車のことですか。そうですね。話に聞いたことしかありません」

「急ぎの用がある。悪いがトラックに乗って王宮まで使いを頼まれてくれないか」

時間がない。

ここからは、一分一秒を争うことになるだろう。

今、足りないものは何か。

愚問だ。

足りないものなど、ありすぎて考えるのも馬鹿らしい。

しかし、足らないなら足せばいいのだ。