軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

82.園遊会 4

イーデンスタムが玉座に座り会場を眺める女王オリヴィアの傍に寄った。

しかし、これにいい顔をする者はいない。

イーデンスタムという男は、ドライアド貴族にとって目の上のたん瘤である。

普段、オリヴィアに近づこうと思う時、イーデンスタムがいつも邪魔をする。

政務においても実権を握っているのはイーデンスタム。

まさに、表に出ることのない女王オリヴィアの寵愛を一身に受けているのがイーデンスタムといってよかった。

イーデンスタムの口からオリヴィアの耳に、ぼそりと優しく言葉が囁かれる。

不敬とも思われるかもしれないが、そういった些細な指摘はこれまでに貴族たちによって何度も行われて、既に決着がついている。

「陛下、今日は大変珍しい献上品が届きましてな。それを皆々様に披露したいのですが、いかがでしょうか」

「それはなんですか」

「はい、ジャガイモというものです」

オリヴィアは「まあ」と微笑した。

花が開いたような表情である。

しかしイーデンスタムは、あれ? と不思議そうな顔をした。

オリヴィアはまるでジャガイモというものを知っているような、そんな風に見受けられたのだ。

「こほん、いえ、そのえっと、ジャガイモでしたか。そうですね、せっかくの献上品ですから皆にも味わってもらいましょう」

「はっ、わかりました。ですが、もう一つ、陛下にお願いがあるのです」

まあ、気のせいかと思い直し、イーデンスタムは話を続ける。

「それは、なんですか?」

「それはですね――」

イーデンスタムは己のたくらみを説明する。

それに対し、気が進まない表情を浮かべるオリヴィアであったが、なんとか了解を得ると、イーデンスタムは調理場へと向かった。

ややあって茹で上がったジャガイモが会場に運ばれる。

「おや?」

「なんだ、あの料理は」

茹でただけの単純な料理であることが、逆に皆の興味を引いた。

見たこともない作物であると、一目で看破したのである。

「さあ、皆々様! ただ今出された料理は、ある者が今日の贈り物として献上したものである!

まずは女王陛下、ご賞味あれ!」

イーデンスタムの声が会場内に響き、皆の視線は目の前のジャガイモからオリヴィアへと移った。

「では、いただきますね」

日光を照らし返す細く白い指。

その指先でオリヴィアは手慣れたようにジャガイモを摘みあげ、口へと運ぶ。

その挙動は美しく、皆が見惚れていた。

「まあおいしい」

浮かべたのはコロコロとした笑顔。

穢れを知らず、純粋極まりない。

まるで子供のようだ、と見る者は感じた。

だが女王は子供ではない。成人した女性であるからこそ、この場にいる男たちは、胸が締め付けられるようななんともいえぬ心地となった。

「では、皆様方もご賞味あれ!」

先ほどのオリヴィアの鈴が鳴るような声とは打って変わって、イーデンスタムの口から出たのは老人特有のしゃがれた声である。

女王陛下の穢れなき美しさに浸っていた皆々は一様に顔をしかめつつ、手元のジャガイモに手を付けた。

途端、八の字であった眉は、大きく開かれることになる。

「おお、これはなかなか」

「うむ、悪くないな。他の料理にも合うんじゃないか? パンで挟んでもよさそうだし、肉の添え物としてもよさそうだ」

「シチューに入れてもいいぞ。うむ、悪くない」

手放しに褒めることはなかったのは、自尊心の高い貴族という種ゆえ。

だが、いずれも食通をきどる者たちばかりであり、価値がわからないということもなく、概ねは好評といってよかった。

「この作物の名前はジャガイモ! 北の寒く痩せた地にあっても高い生産力を誇る新種の作物である!」

イーデンスタムが高らかに叫ぶと、会場内にどよめきが走った。

その発言を聞く限り、おそらくは北の地で新たに発見されたのだろうと思われる。

大陸の食糧事情が大きく変わるかもしれないのだ。

しかし献上品とのこと。

どこの誰がこれを、という疑問が湧く。

「フジワラ殿」

イーデンスタムが言った。

誰だろうか、と皆がイーデンスタムの視線を追う。

ある顔だけはいい貴族もその一人。

『はて、そんな奴がいたかな』と思いつつ、皆と同じ方へと視線を向けた。

するとそこにいたのは、先ほど皆で侮辱し、己に至っては『ウジムシ』などと呼んだ男である。

会場にいる者の視線が信秀に集中すると、イーデンスタムがもう一度その名を呼んだ。

「フジワラ男爵、女王陛下の前へ」

信秀の顔にはためらいが見られたが、それも一瞬。

さざめきと数多の瞳に見つめられる中、オリヴィアの前へと歩を進める。

信秀がオリヴィアに跪いた時、辺りはもう静まり返っていた。

「フジワラ……男爵」

「はっ」

オリヴィアが信秀の名を口にした。

その声に、どこか釈然としないぎこちなさを感じたのは、一人二人ではない。

『まさか、陛下があの男に好意を持った?』などと下世話な考えを持つ者もいたが、信秀の後ろ姿からその冴えない面を思い出し、『ないない』と首を振った。

オリヴィアは、こほんと仕切りなおすように小さな咳をして、言葉を紡ぐ。

「とても素晴らしいものですね、このジャガイモというものは」

「はっ、お褒めに授かり光栄でございます」

「その、とても言いにくいことなんですが……」

「なんなりとおっしゃってください。私は女王陛下の臣下でございます」

「……そうですか、わかりました。このジャガイモというものを我が領でも育てるために、分けていただきたいのです」

とてもすまなそうに、オリヴィアは言った。

信秀とオリヴィアのやり取りを、少し下がった位置で見つめているイーデンスタム。

その時イーデンスタムは、ククク……と笑みを浮かべていた。

他の者が見れば、何を企んでいるこの乱心者め! と罵られてしまいそうな邪悪な笑みである。

しかし、皆の意識は女王と信秀のやり取りに向いているため、残念ながらそのような事態には発展しない。

(さあどうするポーロ商会!)

心の内、信秀に向けて敵対心を剥きだすように、イーデンスタムは叫んだ。

勝ち誇った感情の裏には、絶対の自信がある。

己が計略には、最適な時と場所と人が揃っている。

穴はない。

(フジワラはまずは断るだろう、だが、そこを叩く)

イーデンスタムは信秀の口元をじっと見ていた。

『すみませんが――』『申し訳ありませんが――』

そんな言葉を口にする信秀の姿が脳裏に浮かぶ。

言った瞬間に、『貴様! 女王陛下の頼みを無碍にするつもりか!』と怒鳴り散らすのだ。

信秀を快く思わぬ者は多い。

成り上がり貴族である信秀と、正統な貴族たちの間にある溝。

先ほどローマットの言葉によって、落着したかに見えた一件ではあったが、実際のところ納得した者はおらず、多くの貴族の鬱憤を溜めることになったであろう。

そうでなくとも新作物を一領主が独占することは、看過できないことである。

多くの貴族が己に賛同するはずだ、とイーデンスタムは思った。

(さあ言え、早く言え!)

イーデンスタムの心の声に呼応するかのように、信秀が口を開く。

肺から喉を通った空気が声帯を震わせて、信秀の口から音となって出た瞬間、イーデンスタムもまた叱責の声を上げるために大きく息を吸い込んだ。

そして――。

「ええ、わかりました。ジャガイモを分けましょう」

「ごふう!」

信秀の思いもよらぬ言葉に、イーデンスタムは口の中で空気を爆発させて、わけのわからない言葉を発した。

それにより、なんだなんだ? と会場中の視線がイーデンスタムの方へ向く。

「い、いや、とんだ粗相を、申し訳ありませぬ」

イーデンスタムは恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、その胸中は混乱でいっぱいだった。

(今、なんと言ったこの男は!? 『わかりました』と了承したのか、この男はッ!!)

わけがわからない。

そんな容易く了承するなど、商人の手先がやることではない。

いや商人が関わっていなくとも変わらない。

領主にとって、己が領地の富を減らすことは愚にもつかぬ行いなのだ。

そう思ったのはイーデンスタムだけではなかったのだろう。

計画を知っていたオリヴィアが、確認のために聞き返した。

「申し訳ありません。もう一度よろしいですか?」

「はい、ジャガイモを提供しましょう。もちろん無償で」

再び信秀の口から放たれた了承の言葉。

イーデンスタムは、再び驚くが、今度は流石に大きく取り乱さなかった。

さらには、『いや、これでいいのだ』と思い直す。

過程は違ったが、結果は同じ。

自ずから国に尽くしてくれるのならば何も言うことはないのだ。

むしろ、信秀のことを『国に忠義を尽くす義臣であったか』とイーデンスタムは思い、見誤っていたと心の中で謝罪までした。

しかし話はこれで終わらない。

オリヴィアの謝礼を受けてその場を辞した信秀。

そこに声をかけたのは、イゴール帝国から来た高級貴族。

「ジャガイモとやら、我が国にももらえないだろうか」

何を馬鹿な、とイーデンスタムは思った。

そんなことを了承するわけがなかろうとせせら笑いつつ、イゴール帝国の貴族も本気ではなく戯れのつもりであると思い至った。

だがこの考えは大いに外れることになる。

「ええ、いいですよ」

なんと信秀は、了承したのだ。

これにはイーデンスタムはおろか、ジャガイモを欲しいといった本人であるイゴール帝国貴族も泡を食った顔をした。

とはいえ、確かなことは信秀がイゴール帝国の貴族にジャガイモを提供すると約束したこと。

なれば、他の国の者たちも放って置くわけがない。

「な、ならば我が国にも」

「わかりました」

「で、では我が国にも」

「いいでしょう」

ジャガイモを分けてほしいと要請する各国からの賓客らに対し、ねじが外れたように頷き続ける信秀。

まさにジャガイモのバーゲンセール。

このままでは、ジャガイモの価値がどんどんとなくなってしまうだろう。

当然、その恩恵に預かろうとしていたイーデンスタムは、驚愕し憤慨した。

「な、ななな、何を貴様勝手に我が国の作物を……!」

しかしイーデンスタムの声は届かない。

信秀のもとに各国からの賓客以外にもドライアド貴族までもが殺到していたためだ。

皆が信秀のもつジャガイモを望んだのである。

どのみち、イーデンスタムがここで何か行動を起こしても、もはやどうにもならなかった。

他国の者との約束を一方的な都合で反故にするには、園遊会という場は格式が高すぎる。

こうしてイーデンスタムの計画は、ある意味で成功したものの、ある意味では失敗する結果となった。

ところで、皆がジャガイモを望んだということは、顔だけはいい貴族もジャガイモを望んだうちの一人であるということだ。

顔だけはいい貴族は、恥知らずにも集団に紛れて信秀に言う。

「な、ならば我が領地にもジャガイモを……」

だが――。

「あ、それは駄目です」

「え?」

信秀から発せられた、まさかの答えである。

顔だけはいい貴族は間抜けな声を呟き、そのまま口を開けて数秒固まった。

「いや、だからあなたにはジャガイモを分けません」

「そんな! き、貴様! 他の者にはジャガイモを与えているくせに、私にだけ与えないなど、そのような依怙の所業が許されるわけあるか!」

必死である。

なにせこの顔だけはいい貴族、実のところフジワラ領のすぐ南に位置する領主の嫡男で、名をテディ・エルナンデルと言う。

当主の体の調子が悪く、今日はその代理での参加であった。

彼が住む土地はフジワラ領よりはマシとはいえ、寒く厳しい地。

つまりジャガイモは、テディの領地において宝となり得るものだったのだ。

そのため、今日他の領地の者がジャガイモを得て、己が得られなければどうなるか。

その責任は重く、次期当主の座を追われかねないこと必至である。

「ふざけるな!」と口汚く罵るテディ。

これに追従するのは、テディ同様信秀を馬鹿にしていた者たち。

ジャガイモが欲しくはあったが、自身の行いを顧みて信秀に頼むことができなかったのだ。

そのため、テディの悶着はちょうどいい契機であった。

皆で一丸となり、駄々をこねてジャガイモを勝ち取ろうという腹である。

「ふう、わかりました、一つ条件を付けましょう」

やがて信秀は、やれやれと仕方なさそうに言った。

これに対し文句を言っていた者たちは、ほっと一息つくような心地である。

しかしテディは、信秀の瞳の奥にある愉悦の色を見て、いやな予感をせずにはいられなかった。

そしてその予想は的中する。

信秀は机の上にあったワインの入った 瓶(かめ) を手に取り、空の杯にワインを注いだ。

「さあどなたからでもどうぞ。鼻から一気にお飲みください。あなた方が言っていた貴族の作法を見せていただけたのなら、私もジャガイモを譲りましょう」

藤原信秀という男。

他の貴族たちに負けず劣らずの狭量な部分があった。