軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68.村とジャガイモ 2

「よし、解散だ。ジハル族長には俺から言っておくから、各人今日は休むといい」

町に戻ると、車両を【D型倉庫】の前に停めて、護衛たちには暇を出した。

すると遠巻きにいた狼族の子どもたちが「ふじわらさま!」「ふじわらさま!」と近寄ってくる。

道端で遊んでいたところ、車を見かけてここまでついてきたのだ。

話が終わるのを窺っていたのだろう。

「ふじわらさま! 『こんにちわ』!」

「『こんにちわ』!」「『こんにちわ』!」

日本語で『こんにちわ』という言葉を口にする子どもたち。

褒めてもらいたいのか、覚えたばかりの言葉を使いたくてたまらないのか。

子どもたちは、自分の勉強の成果を誇るように日本語で挨拶をし、俺は思わず嬉しくなって、ウンウンと頷いた。

「はい、『こんにちは』。ほら、【金平糖】をやろう」

手早い操作で『町データ』を呼び出して、【金平糖】を【購入】し、一粒ずつ配っていく。

「ふじわらさま、『ありがとう』!」

【金平糖】を受け取った子が、今度は日本語でお礼を言う。

俺はその頭を軽く撫でた。頭の上にある耳のさわり心地がとてもいい。

子どもたちは頭を撫でられる度に、目を細める。

俺もまた目を細めているのだろう。

「ふじわらさま、『さようなら』!」

「『さようなら』!」「『さようなら』!」

「ああ、さようなら」

別れの挨拶まで日本語で済ますと、子どもたちはまた遊びに戻った。

順調だ。流石は子ども、飲み込みが早い。

遊ぶような感覚で日本語を習得していっている。

「負けていられないな」

その場で一連のやり取りを眺めていた護衛の狼族たちへと、からかうように言った。

ミラは「うっ……」と唸り、他の者も顔をしかめている。

やる気はあるが、勉強は苦手だという表情だ。

だが、これは仕方がないと思う。

大人と子どもでは、言葉を使い込んだ年数が違う。

理論的に何かを学ぶのならば、大人の方が有利であるが、言語のように感覚的に身につけなければならないものに関しては、頭の柔らかい子どもの方が有利だ。

「まあ、向き不向きもあるし、自分のペースで覚えていってくれたらいいよ」

俺の言葉に、ミラたちは明らかにほっとした顔をした。

そもそもミラたちに日本語の能力はあまり求めていない。

護衛の仕事はあくまで俺を守ることだ。

そしてこれは、彼ら以外にもいえることである。

語学の習得が芳しくない者には、農作業のような技術的でない仕事に従事してもらうことになるだろう。

この考えは、決して見下したものではなく、適材適所というやつだ。

それに農業だって大切な仕事である。行う者がいなければ困る仕事だ。

職業に貴賤はない。住人たちは互いが互いを補い合って、町という体を動かす。

優秀な者はいっそうの評価を与えるべきであるが、だからといって頑張って町に尽くす者を蔑ろにはせずに、町を運営していきたい。

しかし、なかなか難しいものだとも思う。

人の心は難しく、そこに優劣があれば、優れた者は己を誇り、劣る者は葛藤する。

度を過ぎれば、優れた者が自尊心を満たすために、劣る者を攻撃するかもしれない。

誰もが仲良くなんていうのは、机上の空論でしかないのだ。

だが、やってみなければわからない。

少なくとも俺は挑戦できる立場にある。やらないうちからあきらめる手はないだろう。

なんにせよ、それらは今後の課題の一つだ。

護衛たちが己の家に足を進め、俺は講堂へと向かう。

講堂では、俺が残したプリントを手にジハル族長が教鞭をとっており、休憩を待ってから、俺は無事に帰還したことを伝えた。

ジハル族長からは不在間の報告を受け、その後は家に戻り、数日ぶりのカトリーヌとめちゃくちゃに戯れた。

ジャガイモの収穫までは村と町とを行き来する日々が続く。

それに合わせて、村の領主の館と町との間にゴムで被覆した銅線――電話線を繋いだ。

全て手作業である。

トラックの荷台に銅線を巻いた大型の筒状ドラムを括り付け、そのドラムをくるくると回して銅線を引き、地に張られた銅線は人目につかぬよう穴を掘って埋めた。

距離が距離だったので、とても大変だった。

……狼族たちが。

俺は指示していただけなので、そう大変でもない。

ところで、この電話線に関して【町をつくる能力】があれば能力で設置するだけではないのかと思うかもしれないが、それは違う。

【町をつくる能力】はあくまでも『本拠地』である町の中だけの能力。

『本拠地』以外で能力を発動する場合は、俺という存在が近くにいなければならない。

たとえばかつての町の南につくった牢獄。

あれは今もそのまま残っているはずだ。

あの牢獄を売却するためには、俺がその近くにいかなければならないのである。

これは、【時代設定】を成長させる条件でもある人口一万人という条件にも関わってくる。

仮に領内の村に人を流入させて人口が一万人になっても、当該の条件を達成したことにはならない。

なぜなら、【町をつくる能力】が『本拠地』と認めているのは俺と狼族が住む町であり、領内の村はそれに含まれないからである。

では、領内の村に一万人を集めても意味ないのではないか、という疑問が持ち上がる。

しかし、意味ならある。

『本拠地』と道などの人造物を繋げることで、村は『本拠地』の一部になるのだ。

なので、俺は領内の人口一万人と資金一兆円に到達したならば、『本拠地』の町と領内の村とを道で繋げるつもりだ。

【時代設定】が【現代】になれば怖いものなどなく、町を隠す必要もない。

何かあっても力でねじ伏せることができるだろう。

ちなみに、俺の支配下にない集落と道を繋げても意味はない。

これが厄介なところで、【町をつくる能力】は、他人の支配下にある集落を道で繋げようとも認識しないのだ。

なんだろうか。

【町をつくる能力】は確かに俺の能力なのだが、どうにも思い通りにいかないというか、振り回されているなあ、という気がする。

まあ、そういう能力だとあきらめるしかないのだが。

とにかくも、電話を繋いで町と村との連絡が容易になると、俺は領主として人間の村に留まることが増えるようになった。

村でジャガイモを植えてから、およそ三カ月が過ぎた。

秋が深まり、吹きすさぶ風がより冷たさを増した頃、ジャガイモの花が開き、とうとう収穫と相成った。

俺の指示の下、村人たちが手に手に農具を持って、土の中からジャガイモを掘り起こしていく。

結果、ジャガイモの収穫は飢えた種芋の5倍ほど。

農業の本を読んだところ、プロの農家ならば失格といっていい数字らしいが、よしとしよう。

環境と植えた時期を考えたら、順当な収穫量だ。

あとは、村人たちをジャガイモに親しませることが肝要。

そこで、今日はそのままジャガイモの試食会となった。

俺がジャガイモの食べ方というものを、村人たちに教授しなければならない。

野外にて各家から持ち寄った机を並べ、その上には食器類が置かれる。

地面には、円を描くように石を積んで即席の竈をつくり、そこに塩水を張った大鍋を置いて、薪を燃やした。

しかし村長以下、村人たちの表情は優れない。

ジャガイモを見て、こんなもの本当に食べられるのか、という顔だ。

唯一、子どもたちが、日頃と違ったイベントにワクワクとした表情を覗かせているだけだった。

村人たちにジャガイモの皮を剥かせつつ、芽や日に当たって緑化した皮に毒があることを説明する。

村人たちは、毒と聞いて目を丸くする者や顔をしかめる者など様々。

俺自身、普段食べているジャガイモに毒があるなんて聞いた時は、驚いたに違いない。

もっとも、あまりに昔過ぎて覚えていないのだけれども。

ジャガイモの皮が剥き終わると、それらを籠の中に入れて、ブクブクと沸騰し始めた大鍋の中に浸けた。

それからしばらくして――。

「もういいかな」

鍋からジャガイモを一つ取り出し、皿に置いてフォークを刺す。

フォークはズブリと抵抗なく刺さり、そこからジャガイモは二つに割れた。

いい塩梅である。

「よし、頃あいだ。ジャガイモを全て引き上げろ!」

村人たちの手によって、沈めた籠がザバっと水を切る音と共に引き上げられた。

晴天の下、机の上に並んだ黄金色の茹であがったジャガイモたち。

ホカホカとして湯気を放っており、その匂いはたまらない。

護衛の狼族たちも鼻をひくつかせている。

彼らは俺が不味いものを出したことがないから、たとえジャガイモを口にしたことがなくても、それがうまいものだと予想しているのだ。

そして、その狼族たちの考えは間違っていないといえる。

はっきり言おう。

俺はジャガイモが好きだ。

茹でジャガは最高であるし、フライドポテトも格別。ポテトサラダにジャガイモの天ぷら、果てはポテトチップスに至るまで大大大好きだ。

単体ではもちろんのこと、いろんな料理にも合う。

カレー、シチュー、コロッケ、肉じゃがなどなど。

あ、味噌汁だけはあまり口に合わなかったが。

けれどあれが好きな人もいるのだから、やはりジャガイモは偉大である。

というか、ジャガイモが嫌いな人なんていないんじゃないかと思う。

「ではまず、俺からいただこう。俺が食べたら皆好きなように食べるといい」

宣言ののち、皆が見つめる中で俺は、先ほどの二つに割ったジャガイモの片割れをフォークに刺して口に入れた。

はふはふと口の中に熱さを感じながら、柔らかい歯応えとジャガイモ特有のほんのりとした甘さ、絶妙の塩加減を堪能する。

舌の上で溶けるような感覚。

唾液が溢れ、俺はごくりと口の中のものを飲み込んだ。

「うまい! やはりジャガイモは最高だ!」

本心ではあるが、実にわざとらしく振る舞う。

普通は思っても口に出したりしないものだ。しかし、今回ばかりは理由がある。

俺は貴族。

無論、俺自身は人間の価値に上下などないと思っているが、この大陸の価値観はそうではない。

ただの村人と貴族である俺とでは、隔絶した上下の差が存在する。

そんな身分の高い俺が、おいしそうにジャガイモを食べて見せれば、それは何よりの宣伝といえるのだ。

「お、おい」

「あ、ああ、食べてみるか。領主様があれだけうまそうに食べているんだから」

俺の思惑通り、半信半疑であった村人たちも、おいしそうに食べる俺の姿に感じたものがあったのだろう。

それぞれが机に並んだ皿に手を伸ばした。

「――っ!? これはうまいぞ!」

「ほ、本当だ! うまい!」

一人が食べ、二人が食べ、やがて皆ががむしゃらにになってジャガイモを口にした。

食事とは最高の快楽の一つである。

しかし貧しい村の食事とはなんであるか。麦で作ったパンと牛乳やチーズなど代り映えのしないものばかり。

そのレパートリーは少なく、彼らが日々の食事に飽きているであろうことは必然である。

それゆえに新しい味、新しい食感に村人たちは酔いしれた。

「ご領主様」

皆が食事を楽しむ中、頭をかきつつ申し訳なさそうに俺に声をかける者がいる。

髭もじゃの若村長、ペッテルだ。

「ジャガイモなる物がこれほどおいしいものだとは知らず、疑念をもっていたこと、お恥ずかしい限りです」

「見た目が見た目だからな。気にするな」

「そういっていただけると、ありがたいです。しかし、このジャガイモをどうするのですか」

「前にも言ったが、ジャガイモは寒冷に強く、痩せた土地でもよく育つ。この地によく合った作物だと思う。だが、問題もある。病気に弱い作物であり、同じ土地で連続して育てることはできない」

連作障害。植えた作物を好物とする病原菌や害虫が、連作をすることによって増殖し、その作物に病害をもたらすのである。

特にジャガイモは連作障害に弱く、一度作った土地では二年はジャガイモをつくることができないという。

また、これ以外にも酸度が酸性に傾けば病気になり、アルカリ性に傾いても、やはり病気になる。

だが、そんなデメリットを凌ぐほどの収穫量が期待できるのがジャガイモなのだ。

俺はペッテル村長に向かって言葉を続けた。

「収穫量はいわずもがな、種芋の数さえ用意できれば、ジャガイモは麦などよりはるかに勝る。保存こそ麦に劣るが、気を付ければ半年は優にもつ。

今後は麦、ジャガイモを活用した輪作へと移行させていく。俺はこのジャガイモを使って人を呼び込み、村をジャガイモの一大産地として発展させるつもりだ」

夢、というわけではない。

国の状況を考えれば、十分に可能なことだ。それだけの貧困がこの国にはある。

一方、村長は俺の言葉に茫然としていた。

突拍子もない話である。ジャガイモの価値を知っても、俺の話す言葉には現実味がわかないのだろう。

だが、気づけば村長はうっすらと涙を浮かべていた。

それはなぜか。

これまで村にいる間、色々と事情は聞いている。

若い者は南を目指す。

決して上向くことがない村の生活に嫌気がさして、都会に夢を見るのだ。

しかし、商人からの話を聞けば、都会の生活の苦しさは明らかだった。

王都へ去った者たちからの連絡は一つとしてない。

便りの無いのは良い便り、なんていう言葉はこの大陸にも存在するが、これは貴族に限った言葉であるといえよう。

一般に連絡がない時は、連絡を送れないほどに貧しいか、死んでしまったかでしかない。

この大陸は戸籍管理すら曖昧な発展途上の世界。俺が元いた世界とは違うのだ。

だから、村長の涙の意味が俺にはよくわかった。

「泣いている暇はないぞ。来春の種付けまでに今ある空き家を整備してもらう。さらにこの近くに新たな村を作るつもりだ」

こうして俺の領地計画はまた一つ、歯車を回したのである。